004.No.1ホスト
ヒナは長い前髪と黒縁眼鏡で顔を隠していて、どんな顔かよくわからない。
森の中で一緒に寝たときは温かくて安心するようないい匂いだった。
だが、ここへきてからは全く匂いも温かさも感じない。
「まぁ、がんばるよ」
「おい、待てアレク、話はまだ」
引き留める国王を無視し、ひらひらと手を振りながらアレクサンドロは控室を退室した。
まずはどのくらいの魔力を保有しているか。
治癒はどのくらい使えるのか。
結界を張れるほどの力はあるのか。
確認したいことはたくさんある。
「客室の方がよいのでは?」
「いや、一緒でいい。逃げられても困るし、聖女だとバレれば他国に狙われる」
「ですが、年頃の男女が同じ部屋というのは」
「いっそ既成事実でも作れば国のために働くだろうか?」
好みではないが国のためなら抱くのは構わないと言うアレクサンドロにユリウスは溜息をついた。
「それは最終手段でお願いします」
彼女の気持ちも考えてください。というユリウスに、アレクサンドロは冗談だと笑った。
食事は一緒に食べたが、その他の時間アレクサンドロはほとんど部屋にいなかった。
ヒナはのんびりとソファーで読書をしていたが、話し相手もおらず、スマホもなく退屈だった。
それよりも問題はこの筋肉痛。
たくさん歩いたせいで、足の裏も太腿も、そしてなぜか腰まで痛い。
「あ、あの、アレク様。私、リビングのソファーで寝ますので」
夜には別の部屋に案内してもらえると思っていたヒナはアレクサンドロの「そろそろ寝ようか」の言葉に驚いた。
「今朝まで一緒に寝ていたのに?」
「狼族だなんて知らなかったし、そのっ」
真っ赤になりながら手を前でブンブン振るヒナ。
アレクサンドロはくすっと笑うと狼の姿になった。
ブルブルと身体を振り、服を脱ぐ。
ベッドに上がると、枕の横で伏せをした。
この姿なら良いのだろうということだろうか?
でももう狼ではない姿を知ってしまったのでイケメンの隣でなんて眠れない!
ムリ!
ムリムリムリ!
部屋が欲しいなんて言わないので、せめてソファーで。
ソファーがダメなら床でも構わない。
どうやって説得しようか考えるはずだったが、狼の姿のアレクサンドロはとても温かく、すぐに布団がポカポカに。
「……寝るか? この状況で」
狼から人の姿に戻ったアレクサンドロは苦笑した。
警戒心がなさすぎるだろう。
ベッドに横になってから30分も経たずに規則正しい息使いが聞こえはじめたのだ。
男として全く意識されていないということ。
この俺が?
寝顔は幼い。
アレクサンドロはヒナの前髪を退けた。
顔のバランスは悪くなさそうだが、なぜいつも目を隠しているのか。
傷を隠しているというわけでもなさそうだ。
前髪が長く、普段目はほとんど見えない。
黒縁の眼鏡も似合っていない。
髪はいつも後ろでひとつに縛っていて色気もない。
スタイルも普通。
だが、ケガをして足の上で寝たときは温かくていい気分だった。
「……聖女……か」
明日からさっそく魔力操作の練習を始める。
治癒が使えることは間違いないが、知りたいのはどのくらいの魔力を保留しているのか、結界を張るほどの能力があるのか、だ。
アレクサンドロは窓の外の半月を眺めながら眠りについた。
◇
翌朝、銀髪イケメンから手の甲にキスされたヒナは固まった。
「今日から魔力操作を教えるランディです。よろしく、ヒナ姫」
ここにはイケメンしかいないんですか!
やっぱりホストクラブですか!
写真に人気No.1と書かれていそうなランディは大人の色気がダダ漏れだ。
ランディは銀髪なので狼になった時には銀色の毛かもしれない。
「よろしく、お願いします」
やっと返事ができたヒナの手をランディはギュッと握った。
「では演習室へ行こうか」
右手同士はつないだまま、ランディの左手がヒナの腰にそっと添えられる。
腰に手!
そんなのドラマだけじゃないの?
なんかすごく良い匂いがするし!
人生初の状況にヒナは真っ赤になった。
「無理はさせないでくださいね」
ユリウスがランディに声をかけると、ランディは目を細めて微笑む。
「いってきます」
ヒナがアレクサンドロとユリウスに挨拶すると、アレクサンドロはいってらっしゃいと手を振った。
仕事部屋だから入らないでと言われた部屋は校長先生の部屋みたいだった。
執務机にテーブルとソファー、横にはサイドボード。
広くて綺麗な赤い絨毯の廊下にも驚いた。
花や絵が飾られた明るいアレクサンドロの家は、追い出された暗くて冷たいお城とは全然違う。
アレク様ってやっぱりお坊ちゃん……?
「……何を考えているの?」
ランディのグレーの眼があまりにも近く、ヒナは心臓が飛び出るほど驚いた。
「す、すみません。部屋から出たのが初めてだったので、新鮮で」
部屋も豪華だけれど、廊下もすごいなって。
ヒナが素直な感想を伝えると、ランディは声を上げて笑う。
廊下の突き当たりを左に曲がり、少し歩くとすぐにまた曲がる。
煌びやかな廊下が、白くて広い廊下に変わったところで、ランディは握っていたヒナの右手を離し、茶色の大きな扉を開けた。
「はい、ここが演習場」
「……広い」
小学校の体育館の半分くらいはありそう。
高い天井をポカーンと見上げるヒナをランディはくすくすと笑った。
「基礎からって聞いているけれど、それでいいのかな?」
「はい。魔力が何かもわからなくて」
「この手を見て」
ランディはヒナと向かい合うと、右手の手のひらをヒナに見せた。
普通の手なのに、うっすらと手の周りに光が見える。
「何か見える?」
「……手の周りに光っぽいものが」
「うん、それが魔力ね」
ヒナは自分の両手を見た。
でも何もない普通の手だ。
もしかして魔力がない?
ランディは演習室にあぐらをかくと、ヒナに膝の上に座るように手で合図した。
「えぇっ?」
いやいや、ありえないでしょう。
どんなラブラブカップルですか。
「ほら、早く。小さい子はみんなこうやって魔力を覚えるんだよ」
もちろん嘘だが。
ランディはニッコリ微笑み、ヒナを呼ぶ。
ヒナは真っ赤になりながら、渋々ランディの足の上に座った。
「お、重いですよね? すみません」
膝の上に乗りながら、後ろからランディに両手を掴まれたヒナの身体は一気に熱くなった。
膝上バックハグは犯罪でしょう!
No.1ホストのテクニックですか!
「この手を見ていて」
耳元もダメですー!
もう無理、無理、倒れる。
「右手から腕を通って左手に何か温かい物が通るイメージね」
せっかく教えてくれているのに、それどころではない。
イケメンに免疫がなさすぎて辛い。
心臓が飛び出る。
ムリです。
もう無理です。
ごめんなさい。
「……です」
「うん?」
「イケメンすぎて無理ですー!」
優しく支えられていた手を振りほどき、両手で顔を隠した瞬間、ヒナの中から魔力が吹き荒れた。
「……は?」
座っている場所から円を描くように吹き荒れる魔力にランディは目を見開く。
こんな膨大な魔力は見たことがない。
「ごめんなさい、ごめんなさい、免疫がなくて無理です!」
顔を隠したまま首を振るヒナの魔力がどんどん上がっていく。
演習室の壁と天井がビリビリと揺れ、吹き飛びそうに。
これ以上はマズい。
「あぁ、ごめん。嫌だった?」
ランディはそっとヒナの頭を撫で、違う方法を考えるねと優しく話しかける。
「立ち上がる?」
ランディが尋ねるとヒナは顔を隠したまま、うんうんと頷いた。
ヒナの腰をサポートし立ち上がらせると、ホッとしたのか魔力が止まる。
「……ごめんなさい。その、は、恥ずかしくて」
「急で驚いたね。ごめんね、ゆっくり頑張っていこう」
ランディがグレーの眼で優しく微笑むと、ヒナは「はい」と頷いた。
今日はここまでにし、ヒナをアレクサンドロの執務室に送り届けたランディは、すぐに演習室に戻った。
録画を終了し、初めから再生する。
そこには全く魔力を感じない状態から一気に吹き荒れた様子が映っていた。
確かに聖女かもしれない。
無意識であれだけ出るということは、本来の力を引き出せば相当だ。
国全体に結界を張るほどの魔力も彼女ならイケる気がする。
魔力は甘くて優しい光。
温かく包み込まれるような魔力だった。
まだ幼く、色気があるわけでもないが、照れて顔を真っ赤にした姿は少し可愛いと思った。
聖女と聞き、実は絶世の美女を期待していたが、男に慣れていない子を自分好みに育てるのも悪くない。
素顔は見えなかった。
あの変な眼鏡は似合っていないので無い方がいい。
前髪は目が見えないほど長く、後ろ髪もダサく縛っているが、下ろせばそれなりになるのではないだろうか。
腰も抱いてみたが細かった。
か弱そうで小柄。
男物の服ではなく、ワンピースでも着せてみれば良いのに。
国王陛下にはこの国に引き留める事ができるのなら手段は問わないと言われたが、本気で口説いてみるか?
聖女を国に引き留めたら褒賞を与えると宰相は言った。
褒賞の内容はどのくらい治癒が使えるか次第だと言っていたが、この魔力なら結界までいけるかもしれない。
「まずは仲良くならないとな」
ランディは口の端を上げると、映像を持ち演習室を後にした。




