039.公爵
「背筋は伸ばしたままよ」
ユリウスの妻エリスに、女性のお辞儀方法を教わるヒナは意外に難しいことに驚いた。
片足を斜め後ろに引くと急にバランスが取りにくくなり、ドレスを着たときは大変。
膝を軽く曲げるときも曲げすぎてはダメ、曲げなさすぎてもダメだ。
「今日は時間がないから最低限だけ。背筋さえ伸ばしていればいいわ」
「はい、エリスお姉様」
今日は公爵に会う日だ。
朝から紫のドレスに着替え、挨拶の仕方を教わっている。
本当なら国王陛下とお会いした時に教わらなくてはいけなかったのではないだろうか?
あの時は普通に日本のお辞儀をしてしまった。
変な子だと思っただろうな。
「ドレスはね、見ていて」
手をこの向きにした方が綺麗に見えるとエリスが実践して教えてくれる。
ほんの少し角度が違うだけなのに綺麗さが違う。
「そうそう、その向きよ」
エリスに合格点をもらえた頃、ユリウスがヒナを呼びに来た。
ちゃんと令嬢の扉の方からだ。
ヒナはカーテンを閉めると、ユリウスに「今日はいません」と小声で伝えた。
土曜日にオオカミ達が捕まえた2羽はあの後どうなっただろうか?
「ヒナ、ご挨拶」
「お迎えありがとうございます」
エリスの合図でヒナが習ったばかりの淑女の礼をすると、ユリウスは驚いて目を見開いた。
「こんな短時間で」
「私の教え方が良いのよ」
くすくす笑うエリスに見送られながらユリウスに連れられ応接室へ向かう。
「今日は父と、コヴァック公爵、ロウエル公爵に会います」
「はい」
赤い絨毯の廊下をユリウスと進む。
行ってはいけない大きな扉をまたくぐってしまった。
国王陛下とお菓子を食べた部屋を通り過ぎ、右に曲がって次は左へ。
これは迷子決定だ。
「ここです」
ユリウスがノックをすると中から義父である宰相の声が聞こえた。
ユリウスは扉を開け、ヒナに入るように視線を向ける。
えっ?
お兄様は一緒に入らないのですか?
驚いたヒナの表情で言いたいことを察したのだろう。
ユリウスは困った顔で微笑んだ。
「失礼します」
ゆっくりと扉の前へ行き、習ったばかりの淑女の礼をする。
緊張しすぎて足が震えるが、何とか礼をして部屋に入った。
部屋の中には義父の宰相。
ランディと同じ銀髪だがガタイの良いおじさまと、ディーンと同じ茶髪の真面目そうなおじさまがソファーに座っている。
ランディやディーンの年齢から考えればどちらも50歳くらいだろうか?
全然見えないけれど。
宰相である義父を入れてイケオジが3人!
恐るべし狼族。
「ヒナと申します」
宰相の隣で名前を伝えながら礼をすると、宰相が頷いてくれた。
ヒナはゆっくりソファーに座る。
「こちらがコヴァック公爵。ディーンの父。そしてロウエル公爵はランディの父だ。質問があればその都度遠慮なく聞いてもらって構わない」
「はい。よろしくお願いします」
宰相に2人を紹介されたヒナは微笑んだ。
「話の前に、他にも紹介したい者がいる」
宰相が手を叩くと、ユリウスが扉を開ける姿が見えた。
鳥籠をワゴンに乗せた黒服のおじさんが入室する。
鳥籠の中には3羽の鳥。
白と黒と黄色。
大きさもバラバラだ。
鳥を見たヒナは驚いて目を見開いた。
その様子をコヴァック公爵とロウエル公爵は観察する。
「彼らは私の『鳥』だ。この3羽は近くを通っても捕まえないでおくれ」
「わかりました」
コヴァック公爵の言葉にヒナは頷いた。
すぐに黒服のおじさんは鳥籠のワゴンを引き、退室する。
ユリウスの手でパタンと静かに扉は閉められた。
「どうして驚いた?」
宰相の質問にヒナの目が泳ぐ。
チラッと宰相の顔を確認すると、ヒナは「鳥族だったからです」と答えた。
「すごいな」
一体どこで見分けているのか。
鳥族は普通の鳥になってしまえば見分けがつかないのに。
ロウエル公爵はアゴに手をあてながらヒナを見つめた。
「彼らに見覚えは?」
「黒い鳥だけ」
他の2羽は見た事がない鳥だった。
黒い鳥はユリウスとエリスと行ったカフェの前で捕まえた『鳥』だと思うとヒナが言うと、全員が驚いた顔をした。
「そこまでわかるのか」
おもしろいとコヴァック公爵が笑う。
「あの、裏切る……というか、帰ってこない時はないのでしょうか?」
「もちろんある。2重スパイは多いだろうね。情報は聞くが、こちらは教えない。必要以上に探ってくるようなら、まぁ、帰れなくなるだけかな」
ディーンの父、コヴァック公爵は柔らかい雰囲気だが、発言は恐怖だ。
帰れなくなるとは、命がなくなるということだろう。
2重スパイだろうが、こちらが欲しい情報さえくれるのならばお金は払うという感じだろうか。
「お父様申し訳ありません。南広場で緑の鳥2羽に治癒を見られてしまったのです」
チェロヴェ国が探している黒髪眼鏡の人物が聖女、外出時の変装した令嬢の姿だったのに治癒を見られてしまったとヒナは宰相に謝罪した。
「捕まえてくれたおかげで情報は漏れていないから大丈夫だ」
宰相が答えると、ヒナはホッと胸を撫で下ろした。
せっかくヒナとヒワという2人を準備してもらったのに、自分が台無しにするところだった。
「2羽は……」
このあとどうなりますか?
ヒナは聞きそうになり慌てて口をつぐんだ。
必要以上に知ってしまった場合は「帰れなくなる」のだった。
「……怖いかい?」
ランディと同じグレーの眼で微笑むロウエル公爵。
ヒナは正直に「少し」と答えた。
ランディが夢中な娘。
物珍しいだけかと思ったが、聡明なのは間違いない。
「帰れなくなる」を「命がない」と正しく変換したようだ。
ロウエル公爵はヒナの様子をもう少し観察する事に決めた。
「……他に気づいた事は?」
「黒い服の男性が人だった事くらいしか……」
正解が高級な鳥籠とか改良型ワゴンだったらお手上げだ。
ヒナが困ったように笑うと、宰相は満足そうに頷いた。
「鳥族以外もわかるのか。熊族や豹族も?」
興味深いとコヴァック公爵が茶色の眼を細める。
「熊族は会ったことがないのでわからないですが、土曜日にランディとお昼を食べたお店の店員さんが1人豹族だったと思います」
狼族ではないのは間違いないと思うとヒナが答えると3人は驚いた顔をした。
「店の名前は?」
「……イン……インパ……?」
しまった。
ちゃんと店の名前を覚えていない。
「インパストーレ?」
ランディの父、ロウエル公爵が店の名前を教えてくれたのでヒナはそこです! と微笑んだ。
「ナイトリーに確認しよう」
土曜だねとコヴァック公爵は手帳にサラサラとメモをする。
街の重鎮ナイトリー公爵は従業員も把握しているようだ。
すごいな。
そんなことまで管理しているなんて。
本当に街で困ったら助けてもらえそうだ。
「ところでランディとは2人で街に?」
「はっ、はいっ」
インパストーレに連れて行くなんて結構本気だねとロウエル公爵が笑う。
「うちのディーンとは行ってくれないのかな?」
「今週の土曜に本屋へ行く約束をしています」
コヴァック公爵の突然の質問に焦ったヒナの目が泳ぐ。
「おっと、それはアレク様が拗ねそうだ」
宰相が呟くと3人の大人達は確かに! と声を上げて笑った。




