036.彼女
緑の『鳥』がバサッと羽根を広げた。
治癒を目撃し『聖女』だと認定したのだろう。
あの『鳥』を報告に行かせてはいけない。
ヒナは支えてくれているランディにしがみついた。
「羽根を広げた緑の鳥と、もう1匹、芝生にいる緑の鳥が鳥族です。お願い行かせないで」
少し震えながら相談するヒナ。
治癒を自分の目で見て驚いたのだろう。
ランディはヒナを優しく抱きしめた。
「大丈夫だ」
肩も腰もしっかりと抱えてくれるランディから甘くフルーティないい香りがする。
「P2C」
プチィツァ2羽捕まえろ。
ランディはオオカミに指示を出す。
「グァウゥ」
オオカミ達は返事をすると油断していた2羽の鳥に襲い掛かった。
慌てて飛んだ鳥は空中で。
芝生の上の鳥は逃げ遅れ、あっさりオオカミに捕まる。
2羽の緑の鳥はしばらくもがいたが、牙に抑えられすぐに大人しくなった。
「よし、えらいぞ」
オオカミ達の頭を撫でるランディ。
緑の鳥は普通のトリのフリなのだろうか。
このまま解放してもらえると思っているのだろうか。
鳥族に戻る気配は全くなかった。
服がないので、鳥族に戻りたくても戻れないだけかもしれないが。
状況判断がうまくできずに自分からしがみついたが、抱きしめられていることにようやく気付いたヒナの顔がボンと赤くなった。
「わ、わ、わ、私っ、ごめんなさい、抱き、抱きっ」
ワタワタと慌てるヒナ。
ランディはくすくす笑いながらヒナをゆっくりと解放した。
「残念。もっと抱きしめていたかった」
グレーの眼で微笑むランディ。
魂が抜けそうなヒナは真っ赤な顔を隠し、その場にしゃがみこんだ。
「あぁー! もう、なかなか戻ってこないと思ったらランディかぁ」
日向ではオレンジにも見える明るい茶色のふわふわ髪にオレンジ眼のリッキーが芝生の向こうから走ってくる。
今日のオオカミの世話係は彼のようだ。
オオカミの中にしゃがみ込む水色のワンピースのご令嬢を見つけるとリッキーはニヤッと笑った。
ランディの彼女?
リッキーの好奇心が刺激される。
緑の鳥を咥えたオオカミ2匹はリッキーに自信満々に鳥を見せた。
褒めてほしそうに尻尾を全力で振っている。
「うわぁ。ダメだよ広場のトリを捕まえたら!」
食べられないからねと言い聞かせるリッキー。
「綺麗な鳥だろう? コヴァック公爵に贈ってくれ」
ランディが言うと、リッキーは驚いた顔をした。
コヴァック公爵は情報戦の中心人物。
これはただのトリではなく、鳥族という事だ。
「わかった~。じゃぁ、カゴに入れるまでがんばって咥えてて」
リッキーはオオカミの頭をグリグリ撫でながら、水色の服の令嬢を気にする。
オオカミ達に擦り寄られているが嫌がる様子もなく、こんなに多くのオオカミに囲まれても平気なようだ。
さすがランディの彼女?
どんな子か見たい。
細くて小さそう。
仕立ての良い服なのでどこかのご令嬢は間違いない。
ヒナを気にしてるリッキーに、ランディは早く戻れと苦笑する。
「えぇー、紹介くらいしてよ~」
「ダメだ」
「ケチー!」
いいから早く行けと追い返すランディ。
リッキーは渋々オオカミ達を連れて芝生を戻っていく。
リッキーが離れた事を確認したランディはヒナに手を差し伸べ、ゆっくりと立たせた。
「バレていないと思うけれどね」
「気づいていなさそうですね」
2人でくすくす笑う。
離れたところから振り返ったリッキーは楽しそうなランディと彼女に驚いた。
「え? あれ、マジ?」
あの雰囲気、どう見たって本命の彼女だろ?
令嬢の背は小さい。
店の妖艶なお姉さんや、普段ランディに纏わりついている令嬢とは違う。
一晩限りのお相手という時間でもないし、そんな相手には見えない。
ランディに彼女がいるなんて知らなかった。
みんなに知らせよう!
リッキーはニヤニヤしながらオオカミ達を連れて集合場所へと戻っていった。
「今日はありがとうございました」
部屋まで送ってもらったヒナはランディから荷物を受け取り微笑んだ。
手帳とペン、小さな花瓶、そしてバンダナだ。
バンダナはランディと色違い。
ベッドの横に置いている小物の下に敷こうと選んでいたら買ってくれた。
「……大丈夫でしょうか? バレていないでしょうか?」
「あの場にいたのは2羽だけだろう? 大丈夫だよ」
あの広場にいた鳥族は2羽。
オオカミ達が両方捕まえてくれた。
黒髪眼鏡の聖女と、この部屋に住んでいる令嬢は別人。
黒髪眼鏡の聖女はどこに住んでいるかわからないが王宮内で働いている。
ヒナが街へ出かける時は令嬢の姿で安全に。
そう考えてくれた義父の計画を壊してしまうところだった。
「また行こうね。おやすみ」
「おやすみなさい」
ランディはヒナの手の甲に口づけを落とすと爽やかに帰って行く。
イケメンは去り際も爽やかだった。
色の変わる紅茶も昼食も夕飯もランディにご馳走になってしまった。
シャワーを浴び、寝間着に着替えて眼鏡をすると、アレクサンドロの部屋との境目にもふもふの尻尾が見える。
「……アレク?」
当然のようにヒナの部屋に入り、ヒナのベッドを占領する狼のアレクサンドロ。
ベッドの横に置かれた手帳とペン、花瓶、バンダナに気がつくと、フンッと鼻息を飛ばした。
ヒナはベッドの上に座り、アレクサンドロの耳の後ろから首をマッサージする。
「色が変わる紅茶って飲んだ事ありますか?」
青から紫、ピンクに変わってキレイでしたと報告するヒナ。
「お世話した事がある子供のオオカミが南広場で仕事をしていて」
首の後ろから背中もマッサージしながら今日の出来事を報告していたが、途中でヒナの手がピタッと止まった。
「グァウ」
どうかしたのか?
狼の姿でアレクサンドロが尋ねるがヒナには言葉が通じない。
動かなくなったヒナをグレーの眼で見つめ続けた。
「……夕飯は柔らかいステーキを食べたんです」
でも大きくて半分ランディに食べてもらったと笑うヒナ。
アレクサンドロは起き上がるとヒナにピッタリくっついた。
話が飛んだが、その間は話せないのか?
一体何があったんだ?
ランディとの外出は楽しかったか?
俺と一緒よりも。
聞きたいけれど聞きたくなくて狼の姿で会うことにした。
この姿なら聞くことができないからだ。
ヒナは行儀良く座るアレクサンドロに抱きついた。
もふもふが気持ちいい。
ヒナが擦り寄るとグゥとアレクサンドロの喉が鳴った。
ヒナは眼鏡を外し、ベッドに横になる。
アレクサンドロは何も聞くことなくベッドに伏せをして側にいてくれた。
治癒が使えてしまった。
治る瞬間を見てしまった。
自分で見ても信じられないし、奇跡のようなチカラだと思う。
どうしよう。
聖女は3人。
この大陸には国が5つ。
争奪戦になるに決まっている。
キョウカさんとメイちゃんはたぶんチェロヴェ国の王子達が守っているし、チェロヴェ国は結界で守られているので人族以外は戦える姿で入る事ができない。
奪い合える場所にいるのは自分だけだ。
だから国王陛下はアレクサンドロと婚約して手を出せなくしようとしたのだ。
ランディもディーンも手が出せない相手だから3人から選べと。
国王陛下の善意を全く理解せずに断ったのに、こんな安全な所に部屋まで作ってもらってしまった。
「……どうしよう」
小さな声でヒナが呟く。
どうしよう?
ランディとの外出が楽しかったからランディと婚約でもするのか?
アレクサンドロはグレーの眼を揺らしながらヒナの側にいる事しかできなかった。




