025.1人暮らし
婚約者候補は3人。
国王陛下の息子、アレクサンドロ・ヴォルク王太子殿下。
まだ少々落ち着きはないが政務の勉強中。
我が国で情報戦を最も得意とするコヴァック公爵家の次男、ディーン・コヴァック。
次男だが彼の能力は高く真面目で優秀。
我が国の防衛戦術に長けているロウエル公爵の次男、ランディ・ロウエル。
彼も次男だが状況判断、戦況の把握は一族内でも評価が高い。
宰相が3人を紹介するが、ヒナは現実感もなくただぼんやりと説明を聞いた。
つまり3人があんなに優しくしてくれていたのは国王命令で、聖女かもしれない私をこの国に引き留めるためにいろいろ教えてくれていて、親切にしてくれて、この先もこの国に居させるために好きでもない自分と政略結婚させられる被害者というわけだ。
あぁ、やっぱりそうだ。
イケメンが優しいなんておかしいと思った。
アレクサンドロも、ランディも、ディーンも、ただ命令に従っていただけだった。
「私……、婚約はしません」
ヒナは俯きながら答えた。
答えに驚いた全員がヒナを見る。
隣にいるアレクサンドロはヒナの顔を覗き込もうと思ったが、ヒナは俯いていて全く表情は見えなかった。
「この国にはいます。行くところもないので、この国にいさせてください。でも婚約はしません」
ヒナはアレクサンドロと繋いでいた手をそっと離した。
「ヒナ、どうして」
再び手を繋ごうとするアレクサンドロからヒナは離れる。
アレクサンドロはヒナの正面に回り込み、両手を掴むとヒナの前に跪いた。
下からヒナの顔を見上げると、泣きそうな顔のヒナが見える。
「公園で求婚したのに」
困った顔でアレクサンドロがヒナに言うと、ヒナは首を横に振った。
求婚したと初めて知ったランディとディーンが驚き顔を見合わせる。
「好きなのに」
ヒナは首を横に振り続ける。
「俺が嫌い?」
泣きながら首を横に振るヒナから涙が落ちた。
「どうやらお前たちの魅力が足りないようだな」
国王陛下は溜息をつきながら宰相を見た。
「そのようです。では一旦婚姻の件は保留で」
まずはこの国にいてくれるという言葉だけで十分でしょうと宰相は国王陛下に返事をする。
国王陛下にアレクサンドロ、ランディ、ディーンは追い出され、広い謁見の間には国王陛下、宰相、ヒナ、そして奥に居たユリウスの4人だけになった。
ユリウスはヒナを謁見の間の控室へ案内する。
ヒナをソファーに座らせると、薔薇の香りがする紅茶を淹れてくれた。
国王陛下はもふもふの上着を脱ぎ、宰相へ手渡す。
1人掛けのソファーに座ると、国王陛下の紅茶は宰相が淹れ、テーブルへと置いた。
「アレクは求婚したと言っていたが、好みではないか?」
まだ落ち着きもないし、頼りないからなぁと国王陛下は紅茶を飲みながら溜息をついた。
国王というよりもアレクの父という立場での発言のようにヒナには聞こえた。
「あぁ、この部屋では好きに言いたいことを言えばいい。本当の気持ちを教えてくれ」
国王が棚を指差すと、宰相が棚からお菓子を取り出す。
どうやら国王陛下は甘いものがお好きなようだ。
「この店のクッキーはな、あぁ、商店街の店なんだが、先代の方がうまかった」
2代目に変わったら材料が変わったのだろうなと言いながらもパクっと一口で頬張る。
ほら食べろと薦められ、ヒナはクッキーを1枚頂いた。
サクサククッキーだ。
甘い味。
ここへ来てから食べたお菓子は街のパンケーキだけ。
クッキーは初めてだ。
「甘い……です」
「少し甘すぎだ」
国王は3枚目のクッキーを口に放り込むと、ニヤッと笑った。
「聖女殿」
「ヒナです。ヒナと呼んでください」
宰相にヒナと呼んでほしいと頼むと、宰相は頷いた。
「では、ヒナ。まずは私の自己紹介を。私はユリウスの父、マイカル・イーストウッド。この国の宰相をしている。そしてこちらはアレクサンドロ王太子殿下の父である国王陛下です」
「ヒナ・ワタナベです。何もわからない私のために、住むところも食べる物も着る物もすべて準備していただき、本当にありがとうございます」
ヒナが深々と頭を下げると、国王も宰相も驚いた顔をした。
年齢は20だとランディから聞いたが、受け答えはかなりしっかりしている。
これではアレクサンドロでは頼りないかもしれない。
「正直な気持ちを教えてほしい。婚約がイヤなのはあの3人が好みではないからだろうか?」
条件を言ってくれれば探してくるという宰相にヒナは首を横に振った。
「3人とも優しくてカッコいいです」
カッコよすぎて困りますと言うヒナに国王も宰相もホッとした。
どうやら人選は間違っていなかったようだ。
「ではなぜなのか理由を聞いても?」
ヒナは目を伏せ、何も答えない。
国王と宰相は顔を見合わせた。
「何か望みがあれば」
できるだけ叶えようと言ってくれた宰相に、ヒナは自立したいと答えた。
街の外れの小さな部屋でいいので自炊しながら自分の給料で生活したいと言うと全員が驚いた顔をした。
さすがにそれは警護が大変なので少し考える時間がほしいと宰相は答える。
そうだよね。
さっき他国に狙われていると言われたばかりなのに、一人で生活したいだなんて誘拐してくださいと言っているようなものだ。
「アレクの隣の部屋は書庫だったか?」
「はい。広さは12畳ほどです」
国王の質問にユリウスが答えると国王は宰相をチラッと見た。
「とりあえず、アレクの隣の部屋で『1人暮らしをする』で手を打たないか?」
バス・トイレ・キッチン付き。
家具は現在のベッドとクローゼット、その他は自由に街で買って構わない。
食材や日用品は前日の何時までに食堂かカフェで注文すれば買っておく。
支払いは給料から天引き。
侍女は部屋には入らないので掃除も洗濯も自分で行う。
国王が適当に条件を言うと、ユリウスは慌ててメモを取った。
「あぁ、それに部屋には友人もオトコも自由に招き入れて構わない」
ヒナはとんでもないと首をブンブン横に振った。
「それでどうだ?」
国王がニカッと笑うと、ヒナは嬉しそうな顔をした。
「ただし、街へ買い物に行くときは、3人のうち誰かを連れていくこと」
それだけが条件だと国王は言った。
「その他の困りごとはユリウスに。ヒナはイーストウッド家。兄に頼るのは普通だろう」
宰相が言うとヒナは首を傾げた。
「兄……ですか? 親戚のお兄さんではなく?」
「ヒナはうちの養女。ユリウスは義兄だ」
初めて知る事実にヒナは驚いて目を見開いた。
今日一日の情報量が多すぎてもう倒れそうだ。
「とりあえず今日は客室を準備しよう。あの3人とは顔を合わせたくないだろう」
2ヶ月もあったのに口説き落とせないような魅力のない男達は反省すればいいと笑う国王に、宰相は溜息をつきながら客室の手配に向かった。




