020.ウワサ
アレクサンドロは意識のないヒナの頬を優しく撫でた。
ヒナのシングルベッドではなく、自分のキングサイズのベッドに寝かせ、バレッタとヘアピンはサイドボードに置いた。
結婚しようと言ったらムリだと言われた。
どうして?
他に好きな男がいるのか?
ランディか?
それともディーンか?
俺の知らない男か?
魔力が身体を通り抜けたがあれは何だったのだろうか?
わからないことが多い。
聖女とはこういうものなのだろうか?
チェロヴェ国の聖女もこうなのか?
夜になっても目覚めないヒナ。
ランディを呼んだが魔力が薄いのでおそらく魔力切れだと言った。
ディーンは街の人からの問い合わせに追われているそうだ。
「ヒナ」
名前を呼んでも反応はない。
アレクサンドロはヒナの手を握りながら眠りについた。
ヒナが目覚めたのは2日後の朝だった。
「えぇっ? 2日?」
普通に目覚めたヒナは知らない間に2日も経っていることに驚いていた。
街に行ったことも覚えているし、貝殻のヘアピンも蝶のバレッタも、パンケーキを食べた事もフルーツジュースを飲んだことも、公園へ行ったこともすべて覚えていた。
街は楽しかったが、急に結婚と言われ意味が分からなくて気づいたら2日経っていたとヒナはユリウスに説明した。
魔術を使ったという自覚は全く無いようだ。
「ごめんね、アレク」
「待ってヒナ、それはどっちのゴメン?」
倒れてゴメンなのか、結婚できませんのゴメンなのか。
「ど、どっちって何と何?」
焦ったヒナが質問するが、アレクサンドロはじっとヒナを見るだけだ。
「えっと、デ、デートの途中で、倒れて、ごめんね」
デートで赤くなるヒナ。
あぁ、よかった。
結婚できませんではなかった。
ホッとしたアレクサンドロは「また行こう」と微笑んだ。
街には2つのウワサが広まった。
1つ目は王太子に意中の相手が! というウワサ。
相手は誰だ、どこの令嬢だ、いつ結婚するのかと、街の重鎮ナイトリーに問い合わせがあったが、ナイトリーは知らないと肩をすくめた。
2つ目は中央公園に行くと怪我や病気が治るというウワサ。
どんな病気も治ると噂になり中央公園には人々が殺到した。
あまりきれいではなかった池は綺麗な水になっており、魚がよく見える。
花もたくさん咲き、こんな綺麗な公園だったならもっと来ればよかったと街の人々は思った。
◇
「怪我が治る?」
ウワサはすぐに周辺国、鳥族のプチィツァ国、熊族のミドヴェ国、豹族のレパード国にも。
「ヴォルフ国の王都、中央公園へ行くと怪我も病気も治るそうです」
実際に骨折が治った果物屋で話を聞いたと豹族の男性はレパード国で報告した。
「身体を何かが通ったような気がしたら治ったと」
「何かが通る?」
意味がわからないとレパード国王は首を傾げる。
「もう少し探ってこい」
「わかりました」
豹族の男性は頭を下げると再びヴォルフ国へと向かった。
◇
「ヴォルフ国の王都中央公園……」
プチィツァ国も数人の鳥族を現地へ行かせる事にした。
侵入は簡単だ。
鳥になってしまえば本物のトリか鳥族かわからない。
まずは情報収集から。
鳥族達はヴォルフ国の王都中央公園を目指して飛んで行った。
◇
「チェロヴェ国の聖人がヴォルフ国にいる可能性が高いな」
ミドヴェ国王は熊族の男性の報告を聞き、情報がつながったと口の端を上げた。
チェロヴェ国が1人の人物を探しているという噂を聞いてからずっと探らせていた情報。
男なのか女なのか、情報が錯綜している。
先日様子を探りに行ったが運悪く武官と衝突し、ヴォルフ国の王都へ侵入するのは失敗した。
熊族は匂いがきつく、オオカミとは相性が悪いのだ。
「好条件を出しミドヴェ国へ誘え」
「はい」
「金でも王族と結婚でも構わない」
「わかりました」
熊族の男性は一礼すると人族チェロヴェ国の協力者の元へ向かった。
◇
「ヴォルフ国?」
チェロヴェ国の第1王子クロードは熊族から情報を得たという貴族の報告を聞き驚いた。
「王都の中央公園付近の店は怪我や病気が治ったそうです」
治癒能力は珍しい。
偶然という可能性は低いだろう。
「ここに連れて来たらお前を大臣にする」
それにお前の娘とすぐに結婚してもいいという第1王子クロード。
「ありがとうございます」
貴族は深々と頭を下げると第1王子クロードに微笑んだ。
「まさかヴォルフ国とは」
チェロヴェ国の第2王子ハロルドは溜息をついた。
国内にいてほしいと思っていたがやはり国外だった。
治癒がすでに使えるという事は、メイもキョウカも聖女ではなかったという事だ。
「容姿は? 男の姿か? 女の姿か?」
「わかりません」
「どこに住んでいる?」
「わかりません」
一体どういう事だ?
普通怪我を治してもらったら相手の容姿や服装くらい覚えているだろう?
「もう少し調査を」
「わかりました」
第1王子クロードにも報告した貴族は第2王子ハロルドにも報告し、このあとは宰相へ。
これで誰が聖女を見つけても自分の地位は安全。
もし熊族が手に入れたとしても、自分を悪いようには扱わないだろう。
貴族は口の端を上げると宰相の元へと歩いて行った。




