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喪女なのに狼さんたちに溺愛されています  作者: 和泉


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015.満月

「ランディ様? ディーン様?」

 時計は夜の八時半。

 変な時間の来訪者にヒナは首を傾げた。

 もうシャワーも浴び、ルームウエアに着替えてしまったが、この姿は失礼ではないだろうか?


「何しに来た」

 アレクサンドロが不機嫌な顔で二人を見る。

 ランディはニッコリ笑うと手に持っていたワインを上にあげた。


「今日は満月。一緒に飲まないかい?」

 ランディの横で「おつまみもあります」とディーンが微笑む。


「帰れ」

「まぁまあ、そう言うなよ、アレク」

 結局二人は強引にリビングに準備を始める。

 ランディはテーブルにワイングラスを並べながら、ヒナに「飲める?」と聞いた。

 

「えっと、ほとんど飲んだ事はないですけど年齢的には飲めます」

 ヒナは20歳。

 法律上は飲める。


「飲まない? 飲めない?」

 ディーンの質問にヒナは「飲む機会がない」と答えた。

 

 バイトがあるので友達と飲みに行くわけでもない、大学のサークルにも入っていない。

 お酒を買って家でわざわざ飲むこともしない。

 飲んだのは高校の同窓会の一度だけだ。


「無理しなくて良いからね。飲めなかったら紅茶を淹れるよ」

 ランディがワインを注ぎながら微笑む。

 ヒナは小さく頷いた。


「じゃ、ちょっと遅くなったけど、ヒナ姫。この国へようこそ」

 ようこそ?

 私の歓迎会……?

 ヒナの目が揺れる。


「良いワインですね」

 ディーンがグラスを揺らしながらワインの色を確認する。


「サントス産か。当たり年だな」

 アレクサンドロはワインボトルのラベルを見ながら頷いた。


 良いワイン?

 当たり年?

 ワインは飲んだ事がないのでわからない。

 一口ワインを飲んでみたが、良いワインがどういうものなのか全くわからなかった。


「ねぇ、ヒナ姫。武官で働かないかい?」

「働きたいです!」

「ヒナ嬢、文官にも来てもらえませんか?」

「いいんですか?」

 ランディとディーンの申し出にヒナは目を輝かせた。


「月曜と木曜に武官、火曜と金曜に文官で働いてほしいのだけれど、働き過ぎかな? 10時から15時、お昼休憩は12時から1時間」

「女性をそんなに働かせるのは申し訳ないのですが」

 週4日、1日4時間が働き過ぎ?

 もっと働きたいくらいだ。


「働きたいです! お願いします」

 がんばりますと嬉しそうに笑うヒナをアレクサンドロは不満そうな顔で見つめた。


 上機嫌なヒナはワインをもう一口、二口と飲む。


「やっぱり泣き上戸か」

「予想通りでしたね」

 ランディとディーンは泣きながら空っぽのグラスを持つヒナを見つめた。

 飲んだのは最初のワイン一杯だけ。


「そのグラスをくれませんか?」

 優しく頼むディーンにヒナは泣きながら首を横に振った。


 普段自分の気持ちを言えない子は泣き上戸になりやすい。

 ヒナもやっぱりそうだった。

 普段、いろいろ我慢しているのだろう。


「ヒナ、あぶないからグラスはここに置こう?」

 アレクサンドロが言ってもヒナはイヤイヤと首を振った。


「ここに置かないのなら、眼鏡を取るよ」

 笑いながらランディが脅してもヒナはグラスをギュッと持ったままだった。


「そんなに大事?」

 じゃ、眼鏡は没収だねと笑うランディに、ヒナはあっさりと眼鏡を取らせた。


「眼鏡よりワイングラスかよ。ヒナ、前髪も上げよう。見にくいだろ?」

 アレクサンドロがヒナのおでこに手を当てても、ヒナはグラスを大事に持ったままだった。

 抵抗するわけでもなく、逆に協力的だ。


「何か止めるものあるか?」

 アレクサンドロが尋ねると、ディーンは本を止める紐しかないと手渡した。

 前髪を横に流し、くるくると耳の上で止めようとしたがうまくつけられない。


「これでいいか」

 アレクサンドロはヒナの後ろ髪を縛っているゴムを勝手に取ると、そのゴムで前髪を縛った。


 グラスを大事に抱え、泣き濡れた大きな黒い眼で見つめてくるヒナにアレクサンドロの心臓が高鳴る。

 満月にコレはマズイだろう。


 普段、長い前髪と黒縁眼鏡で隠されているヒナの目は、大きな黒い眼。

 以前ドレスを着た時に見たきりだ。

 やっぱり可愛い。

 潤んだ目も反則だ。

 満月はただでさえいつもよりも気分が高まるのに、こんな表情を見せられたら押し倒したくなるに決まっている。


「コレは私のなの」

 大事にグラスを持ち、あざとく見上げるヒナにアレクサンドロは「可愛いすぎる」と思わず呟いた。


 アレクサンドロ、ランディ、ディーンの三人は顔を見合わせた。

 前髪なし、眼鏡なし、潤んだ眼。

 可愛すぎるだろう。


「可愛いね」

 ランディが困ったなと微笑む。

 ディーンはランディに同意すると下がってもいない眼鏡の鼻当てをグイッと上げた。


 しかも普段全く感じない魔力がヒナから出ている気がする。

 暖かくて優しい魔力だ。


「ヒナ姫は」

「ヒナって呼んでくれない」

 シクシク泣き始めるヒナ。


 なんだこの可愛い生き物は。

 ランディは手で顔を押さえた。


「あー、ヒナは今いくつ?」

 ランディが尋ねるとヒナは大粒の涙をボロボロと落とした。


 やはり女性に年齢は聞いてはいけなかったか?

 言いたくなかったら言わなくていいよとランディが気まずそうに微笑む。


「20です。……京香さんみたいに色気はないし、芽郁ちゃんみたいに可愛くないし、だから一人だけ外にポイって」

 雨の中、酷すぎるとヒナは泣く。


 キョウカ? メイ?


「騎士が腕をギュッて、剣もギラギラで、怖くて、扉からドンって突き飛ばされて、寒くて、疲れて、倒れて」

 声を上げて泣き始めたヒナを隣に座っていたアレクサンドロは抱き寄せた。


 背中を撫でながら大丈夫だと囁く。


「チェロヴェ国の話?」

「……だろうな」

 ディーンとランディは泣き喚くヒナを見つめた。


 騎士に腕を掴まれ、雨が降る城の外に突き飛ばされたと聞いていたが、女性にそんな事をするなんて信じられなかった。

 大袈裟に話しているのではないかと心のどこかで疑っていたが、酔った状態で泣きながら話すヒナの言葉は全て本当だろう。


「キョウカとメイがチェロヴェ国の二人の聖女?」

「セイジョって何? 知らない」

 ディーンが尋ねると、ヒナは泣きながら首を横に振った。


「どうしたらいいの? 知らない世界に一人でどうやって生きていったらいいの?」

 いらないなら呼ばないでよとヒナはグラスをギュッと握りしめた。


「……ヒナ」

 アレクサンドロがヒナの名前を呼ぶと、ヒナは泣きながら顔を上げる。


「何で優しくするの? 騙したって何にも持ってないよ」

 悲しそうな顔で見るヒナ。


「騙してないよ。ヒナと一緒に居たいだけだ」

 アレクサンドロはヒナの頬を両手で包みながら見つめる。

 普段は目を合わせてくれないヒナと目が合い、アレクサンドロは微笑んだ。


「嘘! イケメンが私に声をかけるはずないもん」

 騙されないんだからとヒナが立ち上がると、手からグラスが滑り落ちる。

グラスはテーブルの角に当たり、ガシャと音を立てて割れた。


「ヒナ!」

 割れた破片がヒナの足に。

 室内履きのお陰で足のつま先側は布に守られていたが、ヒナの足の甲にはガラスの破片が降り注いだ。


「大丈夫か?」

 ランディがタオルを使って破片を足から退ける。

 アレクサンドロはヒナが動かないように身体を支えた。


 ヒナは放心状態。

 泣くわけでもなく、慌てるわけでもなく、ただそこに立ち尽くした。

 

「消毒薬をもらってきます」

 ディーンが立ち上がると、ヒナはゆっくり足に手を伸ばした。


「ヒナ、触ったらダメだよ。まだ破片があるかもしれない」

 止めるランディの言うことは聞かず、ヒナは足の甲をそっと撫でる。


「……痛いのヤダ」

 消える傷。

 三人は目を見開いた。


 傷がない。

 血の跡はあるが、切り傷がない。


 ディーンはテーブルの上の濡れたタオルをランディに手渡した。

 ヒナの足を濡れたタオルで拭くと、傷のない綺麗な足になる。

 足の横のタオルには割れたグラスの破片。

 割れた事は間違いない。


「治癒か。触っただけで?」

 アレクサンドロがヒナを浮かせ、ランディが室内履きを脱がせる。

 ランディはヒナの足をもう一度濡れたタオルで拭き、ガラスの破片がついていないことを確認した。

 アレクサンドロはヒナを抱き上げ、隣の部屋のベッドまで運ぶ。


「危ないからここにいよう」

 ベッドに座らせ、頭を撫でるとヒナは素直に頷いた。


「大丈夫。すぐ片付けるから」

 アレクサンドロが微笑むと、急にヒナはベッドへ倒れ込む。


「ヒナ?」

 すやすやと眠るヒナ。

 散々泣いて、治癒を使って疲れて眠ったようだ。


「マジか」

 アレクサンドロは苦笑すると、はぁと溜息をついた。

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