011.庭園
泣きそうな顔で目が揺れているヒナは焦点が合っていない。
ユリウスは周りの様子をうかがう。
外へ出る扉、階段、騎士。
何がキッカケだろうか?
廊下の騎士には反応しなかった。
王宮、騎士がお辞儀。
ヒナが言った言葉はこの二つ。
「騎士団長、騎士を全員下がらせてください」
ユリウスのお願いで騎士団長以外の騎士は一旦見えない所へ。
「騎士団長も下がってもらえますか?」
団長も階段下の見えない所へ下がった。
「街はやめて庭園にしよう。いいだろ、ユリウス」
「はい。大丈夫です」
アレクサンドロのエスコートで階段をゆっくり降りながら、不安そうに周りの様子をうかがうヒナ。
「ヒナ、俺と庭園を散歩だ」
アレクサンドロは人の姿から狼の姿に。
ヒナの足に擦り寄るとグレーの眼でヒナを見つめた。
尻尾を振り、行くぞと鼻を上げる。
馬車には乗らずに扉を左へ。
姿を見せずに護衛してほしいと騎士団長に頼み、ユリウスはアレクサンドロの服を拾うと二人を追いかけた。
「グァウ」
狼の姿のアレクサンドロの言葉はわからない。
だが「ついて来い」と言われている気がする。
何度も振り返りながらアレクサンドロがヒナの数歩前を進んでいく。
まるで二人で森を歩いた時のようだ。
あの時のアレクサンドロは子犬のように小さい姿だったけれど。
庭園の入り口には白い薔薇の花。
アレクサンドロは薔薇の前を素通りし、奥へと進んだ。
大きな木の下の芝生で、狼のアレクサンドロはお座りをしてヒナを見上げた。
「ドレスが汚れるから座れないよ?」
急いで追いかけて来たユリウスが指示を出し、侍女たちが敷物を運ぶ。
狼のアレクサンドロでも届きそうな小さなテーブルに紅茶とお菓子も準備され、まるで本物の食べ物を使ったおままごとのようになった。
「ありがとうアレク様」
不安な気持ちを察して狼になってくれたのだろう。
チェロヴェ国から追い出された後に出会った狼の姿に。
アレクサンドロのグレーの眼は木陰では黒っぽく見えた。
だが優しい眼は変わらない。
アレクサンドロはヒナに擦り寄ると顔を上げた。
「!」
ペロッと舐められる口。
犬に舐められたような感じだが、アレクサンドロの元の姿を考えるとこれはキスに含まれる?
舌舐めずりする姿は狼なのに、人の姿のアレクサンドロを思い出す。
ヒナは手で口を押さえながら真っ赤な顔で俯いた。
気にせずスリスリ身体を寄せるアレクサンドロ。
会話があるわけでもなく、ただ隣にいるだけ。
それだけなのにヒナはとても嬉しかった。
ひざの上に頭を乗せるアレクサンドロの首をもふもふ触り、背中を撫でる。
嫌がらずに触らせてくれるアレクサンドロにヒナはありがとうと微笑んだ。
「騎士選びは保留ですね」
木陰の二人を遠目に見ながらユリウスは溜息をついた。
「騎士は選ばなくてもいいだろ。必要なら俺が行く」
武官の自分でも問題ないだろとランディも木陰の二人を眺めながらユリウスに告げる。
「案内が必要なら私でいいでしょう?」
ディーンも自分で良いのではないかと名乗り出た。
「アレクだってこれ以上ライバルを増やしたくないはずだ」
「そうですね……」
本人に自覚はなかったが、もともとそんな雰囲気はあった。
部屋から出さず、自分のベッドまで使わせるなど普通ではない。
何度も客室を薦めたが聞き入れられなかった。
逃げないようにと言っていたが、実はただ側に置いておきたかっただけだ。
自覚をしてもらおうと、アレクサンドロが好きそうな令嬢に仕上げるように侍女へ命令した。
眼鏡なし、前髪は横へ。
目が見えるようにし、化粧は薄く。
ドレスは薄めの色で、もし紫を嫌がったら水色かクリーム色にする予定だった。
耳元でイヤリングが揺れるのも好きだ。
だが、ネックレスは小さく控え目が好きだ。
アレクサンドロの好みはちゃんと押さえている。
思った以上にストライクゾーンだったようで、執着する姿に驚いたが。
「アレクが本気でも、俺も口説いて良いんだよな?」
「私も参戦します」
「この国に留まって頂く事がそもそもの目的なので、構いませんが……」
あまりみんなで争うとヒナが驚かないかと心配するユリウスに、ランディとディーンは大丈夫だと笑った。
「まずは目を見て微笑んでもらえるように頑張るさ」
「そうですね。あの黒い大きな目に見つめられたいです」
お互いフェアに戦うために、ヒナに教える曜日と時間を決めることにした。
ランディは月曜と木曜の午前。
ディーンは火曜と金曜の午前。
「これで良いか? ユリウス」
「はい、構いません」
「アレクと一緒に寝るのが心配だ」
「でも全然意識されていませんでしたよね?」
溜息をつくランディと、思い出して笑うディーン。
「それについては解決済みです」
バスルームの奥の部屋にシングルベッドを置き、ヒナの部屋を今日作ったとユリウスは二人に報告した。
本当は街へ行っている間に作る予定だったが、庭園にいる三時間でもなんとか間に合った。
「そこは」
「えぇ、本来は妃殿下になる方のための部屋です」
ランディが察した通り、未来のお妃のための部屋だが、現在は空き部屋。
一緒のベッドでいつまでも寝るよりは良いだろうと国王陛下に許可をもらった。
「不貞腐れそうだ」
「そうですね」
ランディとディーンが笑うとユリウスは頑張って説得しますと微笑んだ。
アレクサンドロはその日寝るまでずっと狼の姿でいてくれた。
お昼ご飯は庭園でサンドイッチを食べ、散歩したり噴水の横で休憩したり。
二人でのんびりと庭園で過ごした。
部屋に戻ったらシャワーを浴び、いつものルームウエアに。
眼鏡に長い前髪の見慣れた自分が鏡に映った。
髪を乾かし、いつものようにひとつで縛る。
ソファーで本を読む間もアレクサンドロは狼の姿のまま隣にいてくれた。
夕飯も、寝る時も。
ずっと側に。
「アレク様、ありがとう」
ベッドに寝転びながらヒナがお礼を言うと、狼のアレクサンドロは顔をヒナに近づけた。
ふんふんと鼻で前髪を退けられると、眼鏡がないヒナの目は丸見えだ。
「わっ」
慌ててヒナは前髪を押さえる。
フンッと鼻を鳴らすとアレクサンドロはヒナの口を舐めた。
キッ、キス!
恥ずかしくなったヒナは真っ赤になりながら布団に隠れる。
頭に擦り寄るアレクサンドロは暖かい。
ヒナはゆっくりと目を閉じた。
布団に隠れたまま規則正しい息をするヒナ。
アレクサンドロは人の姿に戻ると布団を退け、寝顔を見つめた。
『騎士がお辞儀』と呟いていた。
廊下で会った騎士には反応しなかったのに。
『誰でもいい。惚れさせてこの国のために働かせる』
以前、自分が言った言葉のせいでランディとディーンをヒナに近づけてしまった。
誰でも良くない。
俺に惚れろ。
実は美人だったからって急に好きだと言う男は最低か?
それでも恋に落ちてしまった場合はどうしたらいい?
アレクサンドロは三日月を眺めながら、どうしたらヒナが自分を好きになってくれるのだろうかと思いを巡らせた。
今日も手を繋いでいるのはなぜ?
目が覚めたヒナは今朝も繋がれている手に驚いた。
以前、倒れてからずっとだ。
昨日は剣を持った騎士が怖くて街へ行けなかったが、アレクサンドロが狼の姿でずっと慰めてくれた。
森で出会った時のようにずっと狼でいてくれたのは、大丈夫だよという意味だろう。
でも、上半身裸のイケメンが横で寝ているのは目のやり場に困る。
暗いグレーと黒の混ざった髪。
整った顔。
背も高いけれど、180センチくらいだろうか。
どこからどう見てもイケメンだよね。
どうして喪女の自分が一緒に寝ているのだろう。
世界七不思議のひとつに入れたいくらいだ。
早くこの世界の事を覚えて働かなくては。
恩人だと言ってくれるけれど、いつまでもここに甘えていてはダメだと思う。
ヒナは前髪を直すと、眼鏡を取ろうと手を伸ばした。
グッと引かれる手。
「おはようございます、アレク様」
起こしてしまいましたか? とヒナが尋ねると、グレーの綺麗な眼がゆっくりと開いた。
「おはよう、ヒナ。今日はもう不安じゃない?」
「昨日はごめんなさい」
あぁ、やっぱり昨日はずっと気にして狼の姿でいてくれたんだ。
優しいなぁ。
大丈夫ですとヒナは微笑んだ。
「何がイヤだった?」
「……剣……を持った人」
「騎士?」
確かに騎士団長を含め、昨日扉の前にいた騎士は剣を持っていた。
王宮内の騎士は剣を持ち歩かない。
外からの侵入を防ぐ位置にいる騎士だけが帯剣を許されている。
「剣を持っていない騎士は平気?」
アレクサンドロの質問に、たぶん大丈夫だとヒナは頷いた。
「前、お城から追い出されて」
二人の中年の騎士に左右の腕を掴まれ、別の二人の騎士がギラギラ光る銀色の剣を顔の前に突き立てて、一人の騎士が後ろから、たぶん剣だと思う物で背中を押してきたのだとヒナはアレクサンドロに説明した。
「ちょっと、思い出しちゃって」
泣きそうな顔になるヒナ。
前髪があるので泣きそうなのはバレないと思っていたが、アレクサンドロにはあっさりとバレてしまったようだ。
アレクサンドロはつないでいた手を離すと、ヒナを抱き寄せた。
「ごめん。配慮が足りなかった」
アレクサンドロの腕の上にヒナの頭が乗り、腕枕のような抱きしめられているような不思議な体勢になる。
初めての体験にヒナの身体は強張った。
泣きそうだった涙は一気に引っ込む。
この状況の方がアリエナイ!
これはどうしたらいいの?
心臓が飛び出そう。
身体中も熱い。
アレクサンドロは上半身が裸。
つまり、裸のイケメンにベッドの上で抱きしめられているのだ。
ムリ! ムリムリ!
何この状況!
ヒナから甘い魔力が溢れだす。
魔力に気づいたアレクサンドロはますます強くヒナを引き寄せた。
「ア、ア、アレク様、あの、その、大丈夫なので、そのっ」
ワタワタと慌てるヒナ。
「もう少しこのままでいさせて」
耳元で囁かれるアレクサンドロの要望にヒナの魂が抜ける。
スリスリと顔を寄せられ、アレクサンドロに前髪を器用に退けられていく。
前髪を戻したいのにアレクサンドロに抱きしめられ、手がおでこに届かない。
ワタワタするヒナのおでこにアレクサンドロは口づけをした。
「眼鏡はない方が可愛いよ。前髪も」
いやいや、可愛くはないです!
ちゃんとわかってます、鏡は見たことがあります!
言われ慣れていない『可愛い』の単語にますます身体が熱くなる。
ヒナの甘い魔力も強くなった。
「……ヒナ」
耳元で囁くように呼ばれた名前に心臓が跳ねる。
異世界スゴイ。
あり得なさ過ぎて、どこか冷静な自分が悲しい。
「ひゃっ」
耳をペロッと舐められたヒナは思わず変な声を出した。
舌なめずりするアレクサンドロの色気がスゴイ。
どうしたらいい?
どうするのが正解?
焦ったヒナからはますます甘い魔力が出る。
キスでもされそうな雰囲気の中、ガチャっと扉が開いた。
ベッドの上には上半身裸のアレクサンドロに抱きしめられているヒナ。
頭を押さえられ、口づけしそうな顔の角度。
「……お邪魔して申し訳ありません」
ユリウスはパタンと扉を閉めた。




