100.エピローグ
「まだ働くの?」
ヒナの前髪を横にずらしながら、アレクサンドロは溜息をついた。
チェロヴェ国からもらった慰謝料の半額をイワライに渡したが、あまりの高額にイワライが受取りを拒否。
お金の価値が全くわからないので、結局すべて宰相である養父にお願いすることにした。
「ナイトリー公爵にお願いして、クッキー屋を街に作ってもらえることになったんだよ」
もちろん出店にかかる初期費用はチェロヴェ国の慰謝料で支払いだ。
キッチンも販売のためのカウンターやその他必要な物も全て。
「月に1回、第1土曜日しか開かないけれど」
販売も含め、問い合わせや各種対応はイワライの父マートンがしてくれるそうだ。
「武官も文官も行っているし、俺との時間が減る」
ヒナを独り占めしたいのにと不貞腐れるアレクサンドロをヒナは笑った。
「あまり独占欲が強いと逃げられますよ?」
「そうなのか?」
ユリウスの言葉にアレクサンドロが焦る。
「逃げたくなったら俺に飛び込んでおいで」
「私のところでもいいですよ」
ランディとディーンが笑いながら言うと、ヒナは申し訳なさそうな顔で微笑んだ。
結局、吊り橋効果は継続中。
まだ正式に婚約はしていないが、婚約者候補は継続になった。
すぐに婚約しないのは、なぜか宰相である養父が「ヒナは嫁に行かせない」と言っているらしい。
コヴァック公爵とロウエル公爵も「アレク様にヒナはもったいない」と言っているとユリウスがこっそり教えてくれた。
「眼鏡のひーくんとはイチャイチャしても構わないだろう?」
「そうですね、ひーくんとヒナは別人ですからね」
ランディとディーンがアレクサンドロを揶揄うと、ダメに決まっているだろうとアレクサンドロは抗議する。
そして冒頭。
まだ働くの? につながるのだ。
四国が友好国になったおかげで、国境にあったゲートは撤廃となった。
今では通行記録も手続きもなしに自由に各国を移動できる。
ただ、いくら平和になったからといっても、他国の王子がふらふらと街で食べ歩きをしているのはどうかと思う。
まだユリウスと護衛はつくがアレクサンドロも以前より気軽に街へ行けるようになった。
南広場の芝生の上で寝転がるのはまだ出来ていないけれど。
人族は他国で悪事を働いてもチェロヴェに逃げ込めば罰を受ける事がなかったが、もう結界がないので悪人が減ったそうだ。
四国のどこも友好国になってくれないので、チェロヴェ国王は焦っているらしい。
別に四国が攻めていくことはないのだが、毎日不安だろう。
「あ、ひーくん、お店の色だけどさ」
イワライはまた茶髪に戻り、違和感がなくなった。
ユリウスの妹ヒナと、眼鏡のひーくんが同一人物だと知ったあとも、別人として接するようにコヴァック公爵に指示されたそうだ。
「わ! かわいい!」
クッキー屋の色はオレンジ。
チェックの看板に、狼のシルエットのマークだ。
「この狼、アレクだからね」
こっそりモデルを告げられたヒナは真っ赤になった。
確かに身体のバランスが狼のアレクサンドロのような気がする。
そんなことまで配慮してくれなくていいのに。
「おい、イワライ。ヒナに何を言った? 口説くなよ」
俺のだとヒナを抱えるアレクサンドロに、ユリウスはくっつきすぎですと注意した。
1ヶ月後にはクッキー屋がオープン。
アレクサンドロを含む四国の王子が、眼鏡の喪女に花を贈ったので店の周辺はプチパニックに。
「なんでお前達まで花を贈るんだ」
アレクサンドロが抗議すると、「まだ『候補』でしょ」とフィリップが笑う。
「まだチャンスあるよね」
「グーで殴れる令嬢なんて最高!」
レイナードとナットがヒナに花を差し出すとアレクサンドロは唸った。
あの日、ヒナの甘い魔力を嗅いでしまった獣人達は、ヒナの虜になった。
特に狼族。
ロウエル一族は分家も含め全員メロメロだ。
魔力が高い者ほどヒナに夢中になるようだとコヴァック公爵は分析した。
甘やかして可愛がって何でもしてあげたいとロウエル公爵が言うと、ロウエル一族全員が同意したのには驚いた。
豹族と熊族もヒナを可愛がりたいと言ったが鳥族と人族には影響がなかった。
どうやら狼族が一番魔力が高いらしい。
「大きいの10個頂戴」
「フィル、買い占めはダメ。1人1個」
ディーンのアドバイスで、オオカミ全身の大サイズ、肉球の小サイズという2種類のクッキーを準備し、小サイズは平民でも購入できる価格にした。
本当に怪我や病気で困っている人にクッキーが届くように購入は1人1個。
どうしてもお金が払えない人はナイトリー公爵に相談すれば無料で手に入れることができるようにした。
もちろん支払いはチェロヴェの慰謝料からだ。
すぐにヒナの店は『怪我や病気が治るオオカミクッキーの店』だと評判に。
「早く婚約者になりたい」
「頑張ってください」
楽しそうに働くヒナを見ながらアレクサンドロが呟くと、ユリウスはクスッと笑った。
「冷たいぞユリウス」
「父だけでなくロウエル公爵とコヴァック公爵もヒナは嫁に出さん! と言っていますからね」
大変ですね。と笑うユリウス。
「王太子なのに」
はぁ。とアレクサンドロが溜息をつくと、ヒナが上から覗き込んだ。
「どうしたの? アレク」
「んー。ヒナが好きだなって思っただけ」
サラッと言われた言葉にヒナが真っ赤になる。
「わっ、ダメだ、ヒナ」
アレクサンドロの静止は間に合わず、ヒナの甘い魔力が半径5m程の範囲を駆け抜けた。
南広場から一目散に走ってくるオオカミ達。
お座りしてキラキラの目でヒナを見る。
クッキーを買おうと並んでいた人も、ただの通行人もヒナに釘付けになった。
「気をつけないとダメですよ、ヒナ」
心を閉ざさなくなったのは良いが、最近のヒナはちょっとした感情の変化で魔力が溢れてしまう。
ユリウスが額に手を当て溜息をつくと、ヒナはごめんなさいと謝った。
「今すぐ結婚しよう」
みんながヒナを狙っていると焦るアレクサンドロの言葉に再びヒナの魔力は暴発する。
「アレク様!」
いい加減にしてくださいと怒るユリウス。
しゅんと耳が垂れていそうなアレクサンドロにヒナは微笑んだ。
あの森でアレクサンドロに会えて良かった。
カッコよくて可愛くてふさふさな私の狼。
「アレク、好き」
「は? えっ?」
真っ赤な顔を押さえながら嬉しそうに笑うアレクサンドロ。
ユリウスは幸せそうな二人を見て微笑んだ。
二人の子供は狼族。
混血はやはり父親の種族を受け継ぐようだ。
ヒナの治癒能力を受け継ぐことはなかったが、平和になったヴォルク国と周辺国にもう聖女はいらない。
おおかみさんは聖女がお好き。
狼もオオカミもみんな聖女が好きだ。
聖女もおおかみが好き。
でも聖女が一番好きなのは黒と濃いグレーのメッシュの狼。
幸せな二人に憧れて異類婚が流行ったのは文官だけが知る秘密。
そして二人の子供が周辺国の姫と結婚するのはまだまだ先のお話。
END
いいね・ブックマーク・感想・評価ありがとうございます。
無事に完結できたのは読者の応援のおかげです。
本当にありがとうございます!
実は連載当時はランディにしようと思っていました(笑)
でもイケオジ3人が活躍し過ぎて目立たなくて!(ごめんランディ)
アレクと結婚しても、ランディもディーンもイケオジ3人もヒナを可愛がるだろうと思い、結局アレクとカップルに。
最後まで読んで頂き、本当に本当にありがとうございます!




