010.侍女は大変
「これ、着ないとダメですか?」
ヒナは綺麗なラベンダー色のドレス指差した。
周りには侍女が三人。
初めて来た日にバスルームまで案内してくれた三人だ。
「お気に召さなければ別の色のドレスを……」
「あ、いいえ、そうではなくて、普段の服ではダメですか?」
「今日はユリウス様のご親戚ということですので、ご令嬢の装いをと言われております」
申し訳ありませんと侍女が謝る。
これ、着なかったら侍女さん達が怒られちゃうのかな?
絶対に似合わないのに。
ヒナが悩んでいると、侍女たちは困った顔をした。
あー、そうだよね。
困るよね。
「……じゃぁ、お願いします」
ヒナが渋々答えると、侍女たちはホッとした表情を見せた。
でもすぐに後悔した。
ギュウギュウのコルセット、くすぐったい靴下。
どうしたらよいかわからないガーターベルト。
あぁ、無理だよ。
絶対に似合わない。
ウェディングドレスですか? と言いたくなるほどの豪華なラベンダー色のドレスは、濃い色の上に総レース。
すごく高いのではないだろうか?
「髪型も変えさせてください」
上だけ編み込みにされ、ドレスとお揃いのリボンで止められた。
「前髪を切ってもいいですか?」
「できれば、切らないでほしくて……」
困った顔で微笑むと、侍女はわかりましたと答えた。
眼鏡が取られてしまい、前髪をくるくるし、ピンで止められてしまう。
見えすぎてしまう視界にヒナは戸惑った。
「あの、前髪を降ろしていたらダメですか?」
「今日はユリウス様の親戚なので、上げてほしいと言われていまして……」
「では眼鏡を……」
「申し訳ありません。今日は眼鏡もやめるようにと」
メイクもされ、イヤリングとネックレスまで。
最後に鏡で確認してくださいと言われたヒナは遠慮した。
残念な自分の姿は見たくない。
「見なくて大丈夫です、ありがとうございます」
ヒナが微笑むと侍女たちはホッとした表情を見せた。
文句を言うご令嬢が多いのかな?
元が残念だと、どれだけメイクをしても可愛くならないよね。
メイクをしたことはあるがコスメのお店に飾ってある写真のような美しい顔になれたことは一度もない。
雑誌の真似をしても綺麗にできたことはないし、似合わない色の方が多かった。
自分でメイクをするよりは侍女さん達の方が上手なのは間違いない。
素材ばかりはどうにもならないので、あきらめてもらうしかないけれど。
「お美しいです」
「本当に綺麗です」
「アレクサンドロ様とユリウス様が驚かれますね」
お世辞までありがとうございます!
侍女って大変だなぁ。
「ありがとうございます」
ヒナが微笑むと、侍女たちも嬉しそうに微笑んだ。
「お支度整いました」
侍女が開けてくれた扉からヒナはリビングへ。
「……ヒナ?」
別人のように美しくなったヒナにアレクサンドロは目を見開いた。
「ユリウス様、ドレスありがとうございます」
「とてもよくお似合いです」
ユリウス様まで、お世辞ありがとうございます!
ドレスを着た令嬢は褒めるのがルールなのかもしれない。
記念写真を撮ってくれる写真館とかも、とにかく褒めるよね。
成人式の写真も、綺麗です、かわいいですってすごかったし。
きっとそんな感じなのだろう。
アレクサンドロはヒナの右手をゆっくりと持ち上げると、手の甲に口づけた。
「キレイだ、ヒナ」
「あ、ありがとうございます、アレク様」
前髪がないのでアレクサンドロの綺麗なグレーの眼まで見えすぎて困る。
ギュッと手を握られ、どうして良いかわからないヒナはとりあえず微笑んだ。
握られた手はそのままエスコートの手になり、ソファーまで案内される。
ご令嬢扱い!
さすがユリウス様の親戚設定!
まだ誰も見ていないのに、アレクサンドロも今日の設定を守っている事にヒナは感心した。
「ユリウス、騎士団はダメだ。ヒナを見せるな」
そうですよね。
こんな残念な令嬢、イケメンのユリウス様の親戚だなんて図々しいですよね。
はっきり言わなくてもわかります。
自覚しています。
「ですが、街は護衛が必要なので……」
「街は俺が行く。護衛は第一騎士団長でいいだろう」
「アレク様が街へ行く方が困ります」
ユリウスがそれは困ると言うと、アレクサンドロは眉間にシワを寄せた。
「心配ならお前も来い」
「そういう話ではなく……」
アレクサンドロに睨まれたユリウスは盛大な溜息をついたあと、わかりましたと答えた。
「一時間後に迎えに来ます」
ユリウスは急いで準備に向かう。
「デートしよう。ヒナ」
「デ、デ、デート?」
デートって何をしたらいいの?
人生で一度もデートの経験がないけれど、大丈夫だろうか?
アレクサンドロはヒナの右手を持ち上げ、指に口づける。
一本ずつ何ヶ所も口づけすると、手のひらの方まで口づけを始めた。
「あ、あの、アレク様っ」
イメージ的にはベロベロ舐めてくる犬のようだが、イケメンのアレクサンドロにされるとかなり恥ずかしい。
真っ赤なヒナが手を引っ込めようとすると、アレクサンドロの熱を帯びたグレーの眼がヒナの顔を覗き込んだ。
『好みではないが国のためなら抱くのは構わない』
以前ユリウスに言った言葉は撤回だ。
好みの女だ。今すぐ抱きたい。
首に噛みついて、抱いて、番になって一生連れ添いたい。
「ヒナ……」
いつもよりも色気がありすぎる声で呼ばれたヒナの身体がビクッと揺れた。
右手はしっかりと恋人繋ぎをされ、引っ込められない。
さらにつないだ手の匂いを嗅がれているようだ。
どうしたらよいかわからず固まったヒナを助けるかのようなタイミングで扉がノックされた。
「アレク、街へ行くって……っと、失礼」
扉を開けたランディは驚いて扉を閉めた。
まさかアレクの部屋にご令嬢がいるとは思わなかった。
しかもまるで口説いているかのような雰囲気だ。
「どうしました?」
扉を閉めたランディにディーンが首を傾げる。
「あー、今はマズいかな。ご令嬢が来ているみたいだ」
「ヒナ嬢が部屋にいるのに?」
ディーンの素朴な疑問で、ようやくランディはおかしいと気づいた。
ヒナがいるのに他の女性とソファーでイチャイチャできるわけがない。
ランディは慌てて扉を開けた。
扉が開いて、閉まって、開いたという不思議な状況にヒナが首を傾げる。
「ランディ様? どうされたのですか?」
「ヒナ姫?」
別人のようになったヒナの姿にランディが目を見開いた。
眼鏡なし、前髪もあげている。
メイクもしたのだろう。血色の良い肌。
耳に揺れるイヤリングも似合っている。
黒髪に似合う薄紫のドレスは清楚な令嬢を思わせ、首元の小さなネックレスも主張しすぎず良い。
「ヒナ嬢だったのですか?」
ランディの後ろから部屋の中を覗き込んだディーンも驚いて目を見開いた。
ランディは部屋に入りソファーの前で跪くと、アレクサンドロと繋いでいないヒナの左手を手に取った。
「ヒナ姫。とてもお美しいです」
ランディが手の甲に口づけを落とし、優しく微笑む。
ランディ様まで、お世辞を!
ドレスを着た令嬢はやっぱり褒めるのがルールなんだ!
男性は大変だ。
「ランディ、私にもご挨拶させてください」
ディーンのお願いでランディは渋々ヒナの手を離し、一歩下がると今度はそこにディーンが跪く。
「ヒナ嬢、とてもキレイです」
ヒナの左手を取り、甲に口づけ、熱のこもった視線でディーンがヒナを見つめる。
ディーン様までお世話を言ってくれるなんて。
恐るべしドレス!
すごいな。そういうのがマナーなんだろうな。
こういう常識も教えてもらわないと。
「ありがとうございます。ランディ様、ディーン様」
ヒナが二人に微笑むと、アレクサンドロの手がギュッとキツくなった。
「ランディ、ディーン。先程お伝えした通り今日はアレク様が行くそうなので予定変更で。アレク様、準備が整いました」
「行ってらっしゃい、ヒナ姫」
長い前髪と眼鏡で隠れていた目は大きな黒い眼だった。
相変わらず目はなかなか合わせてもらえないけれど。
ピンクじゃない、水色でもない、赤や青の原色でもない。
薄い紫という絶妙なカラーのドレスが神秘的な雰囲気をアップさせている。
姿勢も悪くない。
どこから見ても深窓の令嬢だ。
この見た目に『聖女』の魔力。
どの国も欲しがるだろう。
ますますチェロヴェ国がヒナを追い出した理由がわからない。
ランディが出かけて行くヒナに手を振ると、ヒナは小さく会釈をした。
アレクサンドロに手を握られながら綺麗な廊下を進む。
歩きにくいヒールを気遣ってゆっくり歩いてくれているのだろう。
この速度ならずっと手を繋いでいなくても、迷子にならなずにアレクサンドロについて行けるのにな。
ランディやディーンと歩いた廊下とは逆方向。
壁の装飾はどんどん綺麗になっていく。
「すごい」
ステンドグラスから光が降り注ぐ渡り廊下はとても綺麗だった。
「ヒナ、街は何が見たい?」
「普通の店? 街並みが見たい」
どんな店があって、働けそうな店があるか知りたい。
「じゃ、大通りだな」
「あ! あとギルド? 身分証明が作れるってディーン様が」
ヒナがギルドと言うとユリウスは困った顔をした。
「今日は私の親戚設定なのでギルドは難しく」
「あ、今度で大丈夫です」
豪華すぎる階段の降りた先は開いた大きな扉。
アレクサンドロを見た階段下の騎士が一斉にお辞儀をした光景に驚いたヒナは足を止めた。
「ヒナ? どうした?」
「……ここは、王宮?」
もしかしてここは森を出たときに見えたお城なのだろうか?
「そうだよ?」
「……どうして騎士がお辞儀?」
ヒナの手は小さくカタカタと震えだす。
王子っぽい人が京香さんと芽郁ちゃんに手を差し伸べた時にはお辞儀をしていた騎士たちに腕を掴まれ、雨が降る城の外へ追い出された。
大柄で中年の騎士たちに。
五人に取り囲まれ、剣を突き付けられて。
どんなに歩いても家も、雨宿りする木もなかった草原。
倒れても誰も助けてくれなかった。
また騎士がお辞儀をしている。
今から腕を掴まれて、ここから追い出されるのかもしれない。
クラッとヒナの身体がふらついた。
「ヒナ!」
慌ててアレクサンドロが腰を支える。
「どうした? 大丈夫か?」
急に顔色が悪くなり身体が震え出したヒナを見たアレクサンドロとユリウスは驚いた。




