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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

蟻地獄と呼ばれる街

作者: 酢だこさん

この物語はフィクションです。

 時は2024年10月某日。

 名前を出せば10人中13人は知っていそうな、関東の某有名IT系企業に勤める俺は、上司との熾烈なトークバトルの末、遂に社会人の特権である有給休暇をある程度まとまって勝ち取ることに成功し、ルンルン気分で帰路についていた。

 そりゃあそうだろう。なにせ周りの連中が働いたり学校に行ったりする中、明日から俺だけが連休であるのだから。気分が高まるのも無理のない話だ。

 帰路をスキップで行く俺を、変態不審者を見るような目で見つめてきた女子高生グループがいようが知ったことではない。何やらこちらにスマホを向けていたり、突然通話し始めていたりするようだがそれもどうでもいいことだ。仮にあれが万が一本当にポリスメンへの通報だったとしても無駄なことだ。それで俺が捕まる可能性は限りなく0だ。

 その理由は至ってシンプルで、俺は今回の連休で実家に帰省しようと考えているからだ。今日の仕事はもう終わっており、今日この時からこちらは実家に帰る所だ。国家権力保持者がたとえ俺の家の前に張り込んでいたとしても、俺はそこには帰らない。俺が今日から帰るのはここから100kmほど離れたかつてのマイホームだ。

 いるかもわからない警察を華麗にかわし、スマートなパス的なアプリでササッとチケットを取得。速やかに新幹線へ乗り込む。たったこれだけで、奴らの包囲網をかわせるのだから楽なものだ。いや、別に俺は犯罪者というわけではないが。



 新幹線に乗り込んでから2時間ほど。新幹線を降りた俺は、あれから何度か私鉄への乗り換えを挟んだ末に実家がある最寄り駅へとたどり着いていた。時刻は20時半といったところか。ここまで来てしまえば実家までは徒歩で10分とかからない。1年ぶりのこの土地の空気をめいっぱいに吸い込み、深呼吸。田舎町ゆえか、空気が心なしかうまい気がした。

 俺の肺の空気清浄を済ませたところで、俺は家への道を歩き始めた。右を向けばなぜつぶれないのか未だにわからない小汚いスーパー。左には、20年前から変わらずそこにあり続ける水田。俺がこの地を飛び出す前から何も変わっていないこの景色に安心を覚える。田舎町あるあるなのか、向こうから歩いてきたおばあちゃんが、俺に向かって「こんばんは。」と挨拶を仕掛けてきた。この女、無論俺とはまったくかかわりのない赤の他人のオバチャンだ。だが、この手の町にはとかく、こういうタイプの人間が多いのだ。知らない相手にも気安く挨拶をしかけてくる異性(50代以上に限る)がわりとこの町には多いこと多いこと。俺がイケメンなので仕方ないのかもしれないが、もし間違って惚れちまったらどうしてくれる。

 こう考えているのは、何も俺がナルシストだからではない。家までの10分しかない間に、6人くらいとすれ違っては挨拶を交わされてきているからだ。いくらなんでも人とすれ違いすぎる。この田舎町で、この時間にここまで多くの人間とすれ違うことはこれまでなかった。なにせ、日が沈むころ(この時期なら17時くらいか)にはほぼ全員が家に引きこもるような生活スタイルの町なのだから。時代が進むにつれて、俺が知らないだけでこの町にも遅くまで営業しているタイプの店が出来ており、彼女らはそこに向かっているのかとも考えたが、帰りの電車の車窓から外を見ている限り、そういうたぐいの建物は見つけられなかった。

 ならば彼女らは何のためにこんな時間にこんな場所で出歩いている? 祭りでもあったか?

いや、この時期には行われていないはずだ。ならば他には何が考えられる...? 

 ぐるぐる回る思考。さりとてこれだ!という答えはまったく出てこない。家に着いたら母親にでも聞いてみるかと思い、とりあえず気にしないで前だけ見据えて真っすぐ帰ることにした。

 自分とすれ違った人間が全員、俺の方をじっと見つめ続けていたことには気づかないまま。



「帰ったぞー。」

 1年ぶりに我が家の玄関を開ける。我が家は、外観は特に何も変わっていなかった。俺がいない間に俺の部屋の秘蔵フィギュアが捨てられていないかドキドキしていたが、特にそんなことはなかった。

 手洗いうがいを済ませ、リビングにて母と邂逅。1年会わないだけでは特に言及できるほどの変化はお互いに見られない。「あんたまた腹出てきた?」「うるさい、そっちは白髪が増えたな。」というジャブを交わしあい、母と共に晩餐をいただく。社会の歯車としてよろしくやってると、俺の日常を報告しながら、母も近況を俺に語る。

 そのほとんどが俺にとっては、いや全人類にとっては取るに足らない些細な話だったのでここでは詳細は省く。だが、1つだけ気になる話があった。

 それは、「おたこう様」と呼ばれるモノの話だ。なんでも、【「おたこう様」と呼ばれるご神体のようなものを家に飾り、毎日拝むようになってから、体が軽くなったり運気が上昇し始めた。】のだそうで、【だからあんたもここにいる間は「おたこう様」を拝むようにしなさい。】と、あろうことか母は俺に信仰の自由をはく奪するようなことをのたまいやがった。日本国憲法の敗北だ。

 無論、うちの母は普段はこんなことを言うタイプではない。むしろ無神論者だ。理系的な思考で物事を判断するタイプなのだ。そんな人間がおスピリチュアルな思考に走るようになってしまっている。これではいつ「幸せになるドリンク(1本100万円)を家を抵当に借金して100本買ったから飲みなさい。すぐに!」とか言い出してもおかしくないかもしれない。

 結構本気で「おたこう様」を信じているようだったので、「正気か?」と冗談めかして突っ込んだら急に能面のような無表情になって「おたこう様」とやらの素晴らしさについて語りだし、果ては【なんてことを言うの!「おたこう様」を信じないなんて!この罰当たり! もしもよそ様でそんなことを言ってごらん! あんたはもうおしまいだよ!】などとほざきだし、俺を殺人犯を見るような目でにらみつけてきたので、割と真面目にやばいところまで来ているのかもしれない。もしあのとき俺が、「ごめんごめん、俺が悪かった。」と引き下がっていなければ、下手したら今夜俺が寝ている間に刺されていたかもしれない。

 こうなってくると、次に頼るべきは姉だ。【スピリチュアル的なものを信じるくらいならば●越君を崇拝する】がモットーの姉ならば、「おたこう様」信仰に溺れる母を俺と同じように否定してくれるはずだ。まずは数の利を得るのだ。

 食事を終えて母と距離を置くことにした俺は、ひとまず2階の自分の部屋へ退避。母は1階でテレビを見ているので、しばらく2階には上がってこないだろう。俺はおとなしく、この時間になってもまだ働いている哀れな公務員の帰還を待つ。

 日課のソシャゲを消化しながら待つこと1時間。22時半を回ったあたりで、ようやく姉が帰ってくる。ごはんは既に食べていたようで、姉は母と一緒にテレビを見始めるようだった。そこで俺はさっそく姉に接触。母に会話を聞かれるとまずいので、そっと手招きで俺の部屋に呼びつける。


「何?」

 1年ぶりに会う弟さまに向かって、これが第一声である。なんとも素敵なご挨拶だ。親の顔が見てみたいね。

「リビングに置いてあるアレ、見た?」

俺はすかさず本題に入る。アレとは当然、「おたこう様」である。

それはぱっと見では「タコのような生き物のぬいぐるみ」としか言いようのないものだった。タコがモチーフだから「たこう」ということだろうか。なんとも安直である。

「アレって「おたこう様」のこと?」

どうやら、姉もアレの存在については聞かされているようだ。ならば話が早い。

「そう、それそれ。母がめちゃくちゃ今ハマってるっぽいんだけどあれって」

やばいよね。と続けようとしたが、出来なかった。

「あんたも拝んどきなよ!あれ本当にすごいから!」

......どうやら姉もあっち側だったらしい。



どうやら俺がこの場所を離れている間に、事態はとてもまずい状況に陥ってしまったようだった。

現在の状況を整理する。

俺の家族は父、母、姉、俺の4人構成。このうち、父と俺は関東の方に普段は下宿しているので実家にはめったにおらず、母と姉だけが実家で暮らしている。その隙を何者かにつかれ、母と姉は「おたこう様」信仰に侵されてしまっている状態だ。洗脳、と言う言葉がふさわしいソレはかなり強く、少しでも「おたこう様」を否定しようものなら殺しも厭わない、というような態度を見せ、キレ散らかしてくる。

こうなっては対話での洗脳解除は不可能に近いだろう。専門家による補助が必要だ。

しかし、我が家がこんな状態では、とてもゆっくりできたものではない。一旦関東に戻り、父親と対策を練ってから二人で再びこの地に戻る必要がありそうだ。

 そう感じた俺はとりあえず今日はもう布団に横になることにした。横になりはしたが、当然眠りはしない。これはあくまで寝てるポーズなだけである。明日の朝こっそり家を抜け出して、始発に乗ってこんな場所からはおさらばするのだ。


 大抵こういう状況では寝落ちしてしまうのがお約束の展開だが、出来る社会人である俺はそんなへまは当然しない。スマホがあれば寝落ちしないことは難しくないのだ。現代の闇である。

 ともあれ、今はそれがありがたい。眠らなければなんだって良いのだ。ブルーライト万歳。

 始発の時間は既に確認済みなので、程よい時間になったところで俺の部屋についているベランダへの窓を開ける。最低限の荷物を持ち、ベランダから配管を伝って外に出る。俺の実家は玄関の開く音が大きいので、バレずに逃走しようと思うなら玄関から出るわけにはいかないのだ。絵面は空き巣そのものだが、やっていることはむしろ逆である。パイプを伝っているところを思いっきりお隣さんが窓から見ていたが、そんなことはどうでもいい。お隣さんとは家族ぐるみの長い付き合いなので、俺を不審者と間違うことはないだろう。

 

 さて、とりあえず外に出ることには成功した。あとはこのまま駅を目指すだけなのだが、ここで思わぬタイムロスが発生してしまう。お隣さんの家の前を通りすぎるときに、運悪くお隣さんが玄関から出てきてしまったのだ。そして当然俺に会話を仕掛けてくる。田舎町あるあるの、永久に終わらない井戸端会議の始まりだ。この状況でのソレはあまりに痛い。

 そういうわけで、多少強引な形になってしまったが、なんとか会話を切ることに成功。急いでいるから、と捨て台詞を吐いて、少し足早に先を急ぐ。が、なんと、お隣さんもこちらに合わせて歩みを進めてきやがった。そして俺の行く手を遮るようにして立ち、会話を続けようとしてくる。これは明らかに不自然だ。さらに...

「......!」


何年も聞きなれたその音を、俺が間違えるはずがなかった。今、間違いなく俺の家の玄関があく音がしやがった!

 まだ日も登ってすぐなこの時間に、家族が外に出る理由はないのだ。なにかよっぽどな事情でもない限りは。それは例えば、不穏分子を捕まえに来るとき、とか...

 ここに来て、お隣さんもグルだと俺は確信。申し訳ないとか思う余裕はなく、お隣さんを突き飛ばし、駅までダッシュする。

 だが、田舎町の住人の団結力は凄まじいものがある、と言うのが相場だ。

次から次へと目に見える家のドアが開く開く。住民総出で俺を逃がさないとでも言うつもりか。

 俺には、彼らの目が明らかに正気を失っているようにみえた。すべての道の先に住民がスタンバっており、じりじりと俺の方に近づいてきやがる。先ほどのように強行突破できればよかったが、各進行方向に最低3人はいる。確実に突破できる保証はない。

 道の中に突破口は存在しない。ならば...道以外から突破するしかない。

 俺は、素早く塀をよじ登ると近くにあった民家の敷地に侵入。素早く走り抜け、俺が今いた地点とは反対側の通りに出る。表通りを走れば連中に見つかる可能性が高いので、小学生の時に遊んだ記憶を頼りに、野良猫しか通らなそうな細道(若干人の家の庭も含んでいたかもしれない)を縦横無尽に走り、遠回りを駆使して駅を目指す。

 俺が無事に脱出できるかは、神のみぞ知る。


この物語はフィクションです。フィクションだよ?

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