目玉焼き
俺は10tトラックの運転手をしている。ある時から右目の具合が悪いことに気づき始めた。視界にあるものがブレ、焦点がどこであっても合いづらい。近年よくうわさで聞くスマホの使い過ぎによるスマホ失明や眼球変形というやつで目に不具合が起こったのかと思いつつ1年程放置していたのだが、悪化して視界が霞がかり、昼は太陽が異様に眩しく夜は対向車のライトが長く後を引くようにもなった。
これは仕事に差し障ると病院で検査してもらうと白内障と診断された。会社は過積載や長時間労働が当たり前のブラックな運送業。手術をして治療する時間が欲しいと社長に提案してみたものの「知らん知らん。繁忙期なんやから休ませられん。何とかせー!」と怒鳴られる。
このままだともうすぐある免許更新を通らないのではないか…?片目だとどうなんだ?更新の際の視力検査が両目での検査か片目ずつの検査であったか憶えていない。
仕事であるトラックの運送の仕事は続けているのだが、とても感覚が狂う。ほぼ左目のみで見ていることになるので世界が平面的である。いや、そんな一言では片付けられない程の違和感。右目でも濁った景色が見えているが恐らく脳内で採用されていないのだ。それが相まって夢の中にいるような、、、ゲームの中の世界にいるような感覚になる。ただトラックの運転で運転席から見る外の景色は割と平面的で違和感があっても支障が無いように感じていた。
この会社がヤバい事は重々分かっている。朝に会社から伝えられる事項は警察の速度取り締まりと過積載の検問のある地域。そこを避けろ…と。下道であっても時速70~80km程は出している。法定速度を守っていては社長に怒られるので時速で言うと20~30kmオーバーすることは日常になっており、その基準で仕事が回るようになっていた。
その日も朝に繁華街を通るので気を付けなければならない。そしてこれから先、白内障による免許更新の煩わしさや手術の有無、この会社をもし辞めたらこれからどうしていくか…をぼんやりと考えていた。左折するために幅の広い左車線に移り、直線でアクセルをあける。
…だがそこは車道ではなかった
気が付くと前方に小学生が100人程固まって座っている。
ドドドドドドドガガガガッガガガガァァァゴリゴリゴリガガガァッ!!!!
「きゃぁぁぁ!!!」「わぁぁぁぁ!!!!」「痛い痛い痛い痛い!!!」「お母さ~~ん!!!」「うわぁぁぁ!!!」「何考えとんじゃー!!!おい!お前ーー!!!」「おえぇぇぇっっっ!!!」「あっ!!あっ!!あーーーっ!!!」
時速70km程で既定の重量の2倍強を積んでいるトラックが小学生の集団に突っ込んだ。
なぜ認識ができなかったのだろうか?ああ。これはきっと夢なんだ。事故直前の記憶を思い返す。こんな時間にこんな場所で小学生が100人程固まっている訳が無い。そして今、至る所で悲鳴と怒号。フロントガラス側の前に沢山の動かない小学生と血溜まり、トラックのタイヤの下に何かが挟まっているのか傾いている。車体の下に向かって泣き叫ぶ小学生と先生、駆けつけてきた近所の人達。運転席のドアを開けろと鬼の形相でドアを叩き続ける先生達やサラリーマン。前方、左右、サイドミラーに映る後方、どこを見ても右目では濁り、左目では狂気で満たされていた。
やはり違和感しかない。その証拠に俺は今、火に捲かれているのだが何も感じない。車外の叫び声も心持ち音が小さくなっていくように感じる。視界が赤い炎に包まれ正常な左目の視界も濁っていく。まもなく目が覚めるのだろう。
病院の集中治療室で目を覚ます。事故の衝撃と火傷で3カ月も昏睡状態だったようだ。
…夢では無かったのか。現実逃避をしていたが、濁っていたのは眼では無く脳の方だったのだろう。世間はずっと事故の話題で持ちきりだったようだ。ブラックな我が社は、俺も知らなかったような悪行が次々と世間に晒されていてすでに倒産していた。そして俺も世間から大悪党と評されていて、裁判で死刑判決を受けるだろう。2050年の現在。子供の価値は大人や老人の比ではない。大切に育む存在として国策としての少子化対策が世界中で取り組まれている。出生率もやや上向いてきた矢先の事故。世界の関係の無い国からも俺への殺害予告が数万件も届く有様である。
警察病院で白内障の治療を終えて俺の視界は両目ではっきりと捉えられるようになった。世間からは死刑囚を治療するなど税金の無駄だ!両目を抉り出せ!と怒りの声が上がっているようだ。
数年後
俺は毒殺、絞殺、電気の3つが選べるそうなので電気を選んだ。バグだらけの脳を、そして眼をしっかり焼くためだ
ガチャ
ガチャ
ガチャ
ドゴォォォォン!
バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリババリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ………………