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僕のシュール・ナンセンス・SF・異世界小説作品集

妻が一日に一年ぶん若返って行く

作者: Q輔

【ある朝】


「きみ、最近、若返っていない?」


 食卓の向かいに正座をして味噌汁をすすっている妻の顔をまじまじと見て、僕はそう言った。


「どういうつもり? 朝食中に女房にお世辞を言ったところで、おかずの一品も増えやしないわよ」


 フンと鼻で笑い、妻は、アジの開きの身を、箸先でつまんでいる。お世辞じゃない。お互い21歳で結婚をして早十年。今年で30歳になった妻に、いまさらお世辞なんか言わない。


「化粧品を替えたか? 僕に内緒でエステに通っているとか? いやマジで、本当に綺麗になっている。おい、ナオ。ママ、日増しに若返っていると思わないかい?」


 今年9 歳になる一人娘のナオに、僕は、同意を求めた。


「う~ん、どうかなあ。ナオは、いつもと変わらないように思うけど?」


 ご飯にのりたまふりかけをかけながら、よそ事でも考えているのか、娘は気のない返事をした。



【次の日。朝】


「本当だ。昨日はあまり気が付かなかったけれど、こうしてよく見たら、パパの言う通り、ママ、若くなっているみたい」


 バターをたっぷり塗ったトーストを頬張り、娘のナオが、妻の顔を見て言った。


「あら嬉しい。でもナオちゃん。そうやってママからお小遣いをせびったって、残念でした、一円も出ませんからね~だ」


 僕の時とは大違い。愛娘に褒められると、妻もまんざらではないようだ。



【次の日。朝】


「きみ、やっぱり変だよ。日ごと夜ごと着々と若返っている」


 寝起きの妻の昨日とはあきらかに違う肌の張りを見て、僕は恐ろしくなった。


「……ナオも怖くなってきた。ねえ、ママ。明日病院に行って診てもらったら?」


 娘が青ざめている。


「なんなのよ、二人とも、人をバケモノでも見るように。最近たまたまお肌の調子が良いだけだと思うよ。も~、分かったわよ。ねえ、あなた、明日病院へ連れて行って」



【次の日。午後】


 僕は、仕事を休んで妻を近所の町医者に診せた。しかし、そこでは原因を分かりかねるとのことで、大きな病院へ紹介状を書いてくれた。それを持って僕たちはその日のうちに大きな病院に出向き、妻は長時間に及ぶ様々な検査を受けた。やがて深刻な面持ちで医者がこう言った。


「検査結果をお伝えします。奥様の細胞は、ものすごい速さで若返っています」


「ええ! どういうこと? なんで? どうして?」


「落ち着いて下さい、ご主人。そう矢継ぎ早に質問をされても、当院も原因は分かりません」


「ねえ、先生。ものすごい速さって? 私、どれぐらいのスピードで若返っているの?」


「一日につき、およそ一年」


「一日に一年!」


「凄まじい若返りかたです。ちなみに、奥様の現在の細胞年齢は、24歳」


「ろろろ、6歳も若返っているの。ということは、私、6日前に発病したってことね」


「もっと早く妻の異変に気が付いていれば……」


「いや、気か付いたところで、その原因が分からないのですから、現代の医学では手の施しようがない。とにかく経過観察を続けましょう。現段階では、それしかすべはありません」



【次の日。妻、23歳。夜】


「は~、疲れた。検査の長いこと長いこと。嫌になっちゃうよう」


 風呂上りの妻が僕に言う。妻は、昨日の病院へ行って、様々な検査を受けて来た。連日仕事を休むわけにはいかない僕は、妻に付き添うことが出来なかった。


 風呂上りの23歳の妻。かわいい。たまんねえ。僕はこの深刻な状況を忘れ、娘が寝ているのを確認のうえ、妻をベッドに誘い愛を営んだ。



【次の日。妻、22歳。夜】 


 今晩も妻と愛を営む。

 


【次の日。妻、21歳。夜】


 性懲りもなく妻と愛を営む。



【次の日。妻、20歳。夜】


 二十歳かあ……年齢的に、さすがにヤバいかなあ……いいや、ヤバいことなどあるものか。だって彼女は僕の妻だぞ。妻を愛して何が悪い。背徳感をひしひしと感じながら、妻と愛を営む。


 

【次の日。妻、19歳。夜】


「ねえ、きみ。今日から別々の部屋で寝よっか」


「あら、どうしたの? 昨日まであんなにお盛んだったのに」


 19歳の妻が小悪魔っぽく笑いながら、冷蔵庫から缶ビールを取り出し飲もうとしている。僕は慌てて妻を制す。


「おい、お酒は二十歳までだぞ!」



【次の日。妻、18歳。朝】


「おはよう。そして、成人おめでとう!」


「おはよう。あ、そっか。2022年の改正法で、今は18歳からが成人だっけ。いや~ん、嬉し恥ずかし、今日から大人の仲間入り~」


 正確には、きみは明日から未成年。



【次の日。妻、17歳。夜】


 ああ、とうとう妻が未成年になってしまった。歯を磨こうと脱衣場に入ったら、風呂上りの妻が、体を拭いていた。僕を見た妻が、反射的にタオルで恥部を隠す。……なんだよその態度。なんか、すごくショックなんですけど。夫婦なのにっ!



【次の日。妻、16歳。夕方】


 会社から帰ったら、妻の髪の毛が金髪になっていた。ど派手なメイクをして、部屋でハードロックを聴いて踊り狂っている。その横で、娘のナオが、ママの豹変ぶりに唖然としている。


「ただいま~。あの~、ママ~、ご飯まだかな~? 僕もナオも腹ペコですよ~」


「るっせ! カップラーメンでも食ってろ!」



【次の日。妻、15歳。朝】


 妻が、完全に家事をしなくなった。そんでもって、なぜか僕をガン無視するようになった。僕に言いたいことは、娘を通して伝えてくるという徹底ぶりだ。え、僕、きみに何か悪いことした? え、これって、反抗期ってやつ? 妻の態度が日増しに悪くなってきている。明日は14歳。明日が怖い。



【次の日。妻、14歳。朝】


「くそジジイ!」

 


【次の日。妻、13歳。朝】


 妻が部屋から出て来ない。思春期。引き籠り。難しい年頃。妻なりに色々悩んでいるのだ。親として、もとい、夫として、そっと見守ってやろう。



【次の日。妻、12歳。朝】


「あなた~。おはよ~」


 昨日までの不遜な態度はどこへ? 妻が朝一番で僕に飛びついてハグをしてきた。なるほど、思春期より前の年齢に突入したわけだ。妻の胸が、パジャマ越しでも、ペッタンコになっているのが分かる。



【次の日。妻、11歳。朝】


「私、とうとう生理が無くなったみたい。あそこの毛もどんどん薄くなっている」


 妻が僕の前で恥じらいもなくパンツをビローンと伸ばし、中を覗き込んでいる。これは、要するに妻が11歳で初潮を迎えたということを意味している。



【次の日。妻、10歳。夜】


「ねえ、あなた。どうして私は生まれたの? どうして私は私なの? どうして私は誰かじゃないの? 私ってなに?」


 な~んか、小難しいことを言い始めたぞ。十歳の壁。自我の目覚め。



【次の日。妻、9歳。夜】


 妻が、娘と同じ歳になった。二人で仲良くテレビゲームをして遊んでいる。さすがは親子。瓜二つ。まるで双子。



【次の日。妻、8歳。夕方】


 仕事から帰ると、妻が、娘に泣かされていた。


「え~ん、え~ん、あなた~。ナオがね、ナオがひどいんだよ~」


「違うよ! ナオは悪くないよ! ママがゲームを独占するから叱っただけだよ!」


「こら、ナオ。理由はどうあれ、ママは、お前より小さいのだぞ。もう、お前のほうがお姉ちゃんなのだぞ。小さい子を泣かせてはダメじゃないか」



【次の日。妻、7歳。朝】


 家事をしなくなって久しい妻が、娘が昔遊んでいたオモチャを引っ張り出して、ママゴトをして遊んでいる。



【次の日。妻、6歳。夜】


 今日も病院の時間以外は、一日中ママゴトをして遊んでいた。


「うふふ。ママは、おママゴトに夢中ね」


 娘のナオが、母親の頭を撫でながら言う。すると妻は満面の笑みで僕を見て――


「うん、あたち、将来は素敵なお嫁さんになるのが夢なの!」



【次の日。妻、5歳。朝】


 妻が赤ちゃんの人形で遊びはじめた。


「うふふ。ママは、お人形さん遊びに夢中ね」


 娘のナオが、母親の頭を撫でながら言う。すると妻は満面の笑みで娘を見て――


「うん、あたち、将来は元気な赤ちゃんを産むのが夢なの!」



【次の日。妻、4歳。朝】


 朝起きたら、妻がオネショをしていた。小便布団をベランダに干す。育児の大変さを知る。



【次の日。妻、3歳。朝】


 今日もオネショをしていた。妻にオムツをする。育児は地獄。夜も眠れない。



【次の日。妻、2歳。朝】


「ほ~ら、たかい、たか~い!」


「きゃきゃきゃきゃ」


 娘が、母親をあやしている。


「ナオ、ちゅき。あなた、ちゅき」


 妻がカタコトでしか話さなくなった。


「お~、よしよし、そ~かそ~か、僕もきみのことが大好きだよ」


 寝不足の目をこすり、僕は、妻を抱っこする。


「あなた、ありがと。あなた、ありがと。あなた、ありがと」


 妻が繰り返し言う。娘が目に涙を浮かべている。妻の顔に落ちた自分の涙をそっとぬぐう。



【次の日。妻、1歳。午前】


 妻が病院のベッドの上で這い這いをしている。娘が哺乳瓶をくわえさせると、チュチュチュとかわいらしい音を立て、乳児用ミルクを飲んでいる。


「ご主人、誠に申し訳ありません。毎日検査をして、細胞の若返りの原因を調べましたが、結局究明できませんでした」


「先生、妻は明日0歳です。妻は、妻は、いったいどうなってしまうのでしょう?」


「う~ん、この流れで行けば、恐らくお母様の子宮に帰るのではないでしょうか?」


「でも、妻の母親は、三年前に病気で亡くなっています」


「う~ん、では、天国にいるお母様のお腹の中へ行かれるのでは?」


 医者の心無い言葉に、僕は目の前が真っ暗になった――



【三日後】


――目が覚めると、同じ病室のベッドに横たわっていた。


「先生! パパが、パパが、目を覚ましたああ!」


 娘のナオが金切り声をあげて医者を呼ぶ。医者がシ~ッと指一本を口元に立てながら病室に入って来る。


「おお、よかった。ご主人、あなたは、三日三晩ここで眠っていたのですよ。心身共に無理が祟ったのですね」


 医者が僕の枕元に来て囁きかける。そうか、ショックで倒れて、僕は三日も寝込んでしまっていたのか……三日も……てか、妻は!


「先生、僕の妻は!」


 すると医者は笑みを浮かべ、ゆっくりと窓際を指差した。僕は目を疑った。僕の隣のベッドで、新生児の妻がスヤスヤと眠っている。


「ご安心ください。奥様の細胞は、0歳まで若返ったのですがね、それ以降、急激な若返りはピタリと止まり、老化を再開しています。現代医学では到底解明出来ません。医療にたずさわるものとしてこの発言は大変不本意だが、私には、今回の一件は、神のいたずらとしか思えません」


 僕はベッドから身を起こし、妻のあどけない寝顔を覗き込む。よかった。本当によかった。つまり、妻の細胞は三日前から一日に一年ぶんの速さで老化をはじめ、三十日かけて元の30歳に戻って行くということなのだな。あれ、でもおかしいな。三日過ぎているにしては、妻の成長が遅すぎるような……。


「ご主人。落ち着いて聞いて下さい。奥様の細胞の老化は再開をしましたが、一日に一年ぶんの速さで老化をしているわけではないのです」


「え、言っていることがよく分からない。どどど、どういうことですか?」


「奥様が元の年齢に戻るためには、通常の人間と同じように、三十年の歳月を要するということです」


 ああ、また目の前が真っ暗になってきた。しかし、この時、娘のナオが迷いのない力強い声で言った。


「育てようよ、パパ。私もお手伝いするからさ。一緒に頑張ってママを育てよう」


「あのなあ、ナオ。子育てというのはそんなに甘いものではないのだよ」


「いいもん、パパが嫌なら、私一人でも、ママを育て上げてみせるもん。だって、この赤ちゃん、今はオムツなんかしちゃっているけど、それでも私のママだから。私を産んでくれた、世界でたった一人のママだから」


 情けない。娘に教えられてどうする。何を怖気づいているのだ、僕は。そうだ。ナオの言う通りだ。妻は世界でたった一人、僕が愛する女性。安心しておくれ。僕がきみを立派な大人にしてみせるからね。


 よく考えたら、早回しだったけれど、逆回しだったけれど、僕はきみの子育てを一度は経験しているのだ。過去の経験を活かせば、子育てなんて慣れたものさ。4歳までオネショ。11歳で初潮。14歳で怒涛の反抗期……。


「ねえ、見て、パパ。目を覚ましたママが、こちらを見て笑っているよ。へ~、こんなに小さい赤ちゃんでも笑うんだね」


「うっそ、マジ?」


 僕は娘と一緒に、妻の顔を覗き込む。


 わ。本当だ。僕たちの天使が、エンジェル越えの笑顔で。

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] ハッピーエンド? で良かった [一言] ブラックジャックの『ちぢむ!』が頭をよぎってどうなることかと……
[一言] 上手く説明出来ませんが……この独特な書き方がクセになります。面白かったです✨️
[良い点] 発想がユニークです。 面白いです [気になる点] 単なる若返りではなく、何か哲学というかバッグボーンがあれば より深みが増すと思います。 [一言] 俺が書きたかった。 面白い!!
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