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シャリヤのうそつき  作者: 南田萌菜(ナンディ・モイーナ)
アマルナ
9/10

 大切な服


 建物の角からアマルナとジンジがひょっこりと顔をのぞかせる。


「こうして、いずれ勇者として称えられるシューリアは悪魔の治める魔帝国を滅ぼさんと、女神ウマルの加護を受け旅立つのであった!」


 ヤンは大げさな身振り手振り、大げさな口調で観衆の前で話をしていた。

 どうも超神秘的な力を持つ者の英雄譚を披露しているようだ。


 観衆の最前列では子供たちが目を輝かせ、

「かっこいい!」「すごい!」「それからー?」

などと声をあげている。


「今日はだいぶ長くなったからね。続きは明日ー!」

 そう言ってポーチから布を出し目の前に広げる。


 観衆からは「えー」「なんだよー」「ひきのばしー」などとヤジが飛び交うも、多数のコインが投げられる。

「ちゃんと明日もやれよー」などと大声をあげながら、その話の面白さに、そして子供の笑顔に満足の父親たちが。

 観衆の後ろのほうで話よりもヤンを見ていた若い女たちが。

 そしてその両方の心持の母親たちが喜んでコインを投げた。

 訳知り顔でうんうん頷く小賢しそうな者もいる。

 

 投げられた額はヤンの興奮で台無しになった昨日の猿回しの倍以上ある。


 外れたコインを布の上に拾い上げ、その角を持ちまとめると、それがずっしりとかなりの重みがあることが遠目にもわかる。


 観衆に手を振りその場を離れようとするヤン。そこに直接コインを渡しに来る女や、花を一輪手渡す少女もいる。

 すんごい爽やかな笑顔でそれらを受け取り何やら一言二言口をきいてやる。


 ご満悦のヤンだ。


 建物の角からニヤニヤとその様子を見るアマルナとジンジに気づきギョッとした。


「そっかー、勇者シューリアは女神ウマルの加護を得て悪の帝国を亡ぼすのかー」

 目を細めたニヤニヤ顔のままアマルナはヤンの顔を見上げる。

 ジンジもキャッキャッとからかっているようだ。


「英雄譚には定型がありますので、それを少しいじって披露しただけです」

 ヤンは少し照れたように、拗ねたように、口を尖らせた。


「それにしても大盛況だったな。ああゆうこともできるんだな、器用な奴め」

「そうですね、今日は大盛況でした。場所が良かったのもあるかもしれません。昨日は繁華街の中心でやったが、今日はすこしはずれたところでやった」


「猿回しなら猿回しだけ。噺をするなら噺だけ。テーマを絞ってやるのが大事なのかもな」

 アマルナは暗に余計なこと、つまり川底歩きはするなと伝えたつもりだった。


「そうか、つまり踊りを見せるときは踊りだけをせねばならないのか!盲点でした…。さすがアマルナ様。しかしわたくし、踊りは実はレパートリーが少なく…、何か斬新で奇抜なものを考えるには時間が必要です…」

 神の言葉に感じ入りながらも悔しそうなヤン。


 アマルナはあきれ顔で

「猿回しはどうやって覚えたんだ」

と尋ねる。

「あれも定型のようなものがあります。猿回し小屋がありましたので、ジンジと二人でその様子を眺め、それを真似ました。ジンジは賢く、物覚えもよいためそれらをすぐに覚えました。たまに失敗しますがジンジの機転と私がそれに合わせることでやってまいりました」


 笑顔を崩しアマルナが困った顔を見せる。

「踊りもさ、こう、もっと典型的なものでいいんじゃないか。見世物としての流行りもあるだろうし、バク転とか、そういうお前の運動能力を活かしたアクロバティックなやつとかいいんじゃないか」

「何をおっしゃいます。踊りはいつだって前衛的でなくてはなりません。しかしなるほど、そういったものと川底歩きを組み合わせ…、ふむ…、なるほどなるほど」


 意図としたところとは違う納得をするヤンにアマルナは諦めの笑顔を向ける。

「時間をかけよう。お前の踊りが世界を魅了する時代だってきっとあるぞ。ただ、それはすぐにはやってこない」

「え」

 ヤンは少し悲しそうにした。

「それが芸術というものだ」

 アマルナは力強くそしてしみじみと言い放った。

 その言葉にヤンは深く感じ入り、

「芸術…、なるほど」

こぶしを握り締め、

「やってみせます!いつか…、きっと…!」

女神にそう、宣言するのだった。


 女神は先ほどの観衆の、女たちの反応を思い出し、

「お前の場合変に踊ったりせずただじっと立ってるだけのほうが儲かるんじゃないか」

聞こえないように言った。


――――――――――――――――――――


 ヤンとアマルナは二人並んで歩いた。

 ジンジは楽しそうに二人の肩や頭の上をぴょんぴょんと行ったり来たりしている。

「宿に帰る前に飯にしますか。そうだアマルナ様。今日は何か、スープ以外のものをぜひ召し上がっていただけませんか」

 

 ヤンは昨日の飯屋でのことを思い出し、アマルナに言う。

「いや、別にいらない…」

 アマルナの困ったような顔により困った顔で対抗する。

「このヤン、本日の噺、会心の出来でありました。これもアマルナ様との出会いあってこそ。どうか、このわたくしめにアマルナ様へお食事を献ずる誉をお与えください」

 

「うーん、まあ、そんなに言うなら…」 

 そういう風に言われちゃうと弱い。

 アマルナは渋々ながらも笑顔をヤンに向けた。


 昨日の店には行きたくないなと、ヤンがきょろきょろと飯屋を探していると、

「あ」

と声を出しアマルナはヤンの後ろに隠れた。

「どうされました?」

 訝しがるヤンに答える。

「お前はこの町で、この都市で、有力者と言ったらどんなものを思い浮かべる?」

 ヤンはキョトンとする。

「なんでまたそんなこと気にされるんです?」

「人々の暮らしだ。神が気にするのは何も不思議なことではない。行政とか、そういうのも気にすんの!神だから!」

 アマルナはいたずらっぽいような、焦ったような笑みを向ける。


「そうですね。何といってもマーシール公。ここを収める貴族、というかマシュワル王の親族ですね。その下に評議会。都市評議会というのが大都市にはあります。ここにもあるでしょう」

「うんうん」

「それ以外だと区画領主がおります。力を持った大商人なんてのもいるでしょうし、位の高い軍人なんかも権力はあるでしょう」

「なるほどぉ、区画領主か大商人あたりかなぁ…」

 ヤンの後ろに隠れてアマルナはつぶやいた。


 身なりのいい男たちと薄汚れたよくない雰囲気の男たち、そして衛兵と思われる装備の者たちが何やら話しながらたむろしている。

 しっかりと区画整理された都市のまっすぐに伸びた道は遠くまで見渡すことができるため、そういった集団があちこちに点在し、何やら捜索している様子が、そして町全体の慌ただしい様子が見て取れる。


 アマルナはたらりと汗をかいた。

 できるだけ神様らしく振舞いたい。

 そして神様らしく扱ってくれているヤンに余計な騒ぎを起こしたとは思われたくない。


「なあヤン、せっかくだから今の宿は変えて、もっと別の、この都市の反対側とか行ってみないか」

 急な申し出にヤンは驚く。

「え、嫌ですよ。明日は同じ場所で噺の続きをやります。今日の反応が良かったですからね。明日は評判もあってもっと多くの客が来るでしょう」

 まあ、そうかと、アマルナはもごもごと喋る。

「いや、なかなか面白い所だと思ってさ。もっとこの都市のいろんなところ見てみたいなー。なんて…」

「それは構いませんが明日になってからでもいいでしょう」


 確かに、理由もなく思い付きでこんなわがままを言うようではなんだか神っぽくない。

「まだ日も高いしさ、それにお前も言ってくれたじゃないか、私をベッドで休ませたいって」

「まあ、確かに。野宿は抜けたがアマルナ様にお休みいただくにはふさわしくない宿ですな」

「ね」

 アマルナはニコニコと微笑みこぶしを握る。


「しかし都市の反対側となると高級街になるはず。確かに随分儲かりましたが、この辺りは比較的宿代も安く…。そうだ、この辺りで一番いい宿を探しましょう。それでどうです?」

「いやそれじゃ意味ないだろ」

「え?なんです?」

「違う違う、うふふ、何でもない」

 アマルナは慌ててお上品な笑みを作って見せる。

「ねえ、わかるでしょ。そういう所行ってみたい気持ち」

 なんかもう理由もへったくれもなくなってしまっているが、妙にしなを作ってしゃべるアマルナに、

「まあ、わからんではないですが」

と流され、男らしい、実に男らしい反応をするヤン。


「そっちの街に行ってさ、安い宿に泊まろ。一人用の、せまい、ベッドも一つでいいからさ」

 すんごいグネグネ体を密着させながらおねだりするアマルナ。どこが神っぽいか。


「ベッドが一つ…。そうですね!わたしは床で平気ですしね!」

 ヤンもヤンでしどろもどろだ。先ほど花を渡した少女に向けた笑顔はどこか。


「もう…、わたしがヤンにそんなことさせるわけないでしょ」


 腕にギュッと抱き着きおっぱいべたづけ。大きな目を細め、上目遣いにヤンを見つめるアマルナ。


「すぐに向かいましょうアマルナ様。そもそもわたしは大道芸人じゃないんだ。拠点を変えながら行動するのは基本ですしね」


 大変にキリッとした顔でヤンは言い放った。

「そうよ、それがいいわ」

 アマルナはしばらく妙にヤンにくっついて変な喋り方を続けた。

 そしてヤンもヤンでしばらく言いなりになっていた。


――――――――――――――――――――


「そうだ、儲かったと言えば。アマルナ様、新しい服を買いましょう。その服もさすがに汚い。女神にそのように汚れた姿のままでいられるのは私としてもさすがに心苦しい」


 変な演技をしていたアマルナの表情が一瞬固まる。


「高級品とは言えませんがどうでしょう」

 アマルナはゆっくりとヤンのほうを向く。

「この服はどうする」

 じっと見つめるアマルナをヤンはじっと見つめ返す。


「どうとは?汚れております。私が洗いますが。アマルナ様がお望みなら本職の者にさせますが。そうですね、そのほうがいい。せっかくクエッタにもらったんだ。プロの丁寧な仕事に任せるべきですね」

 アマルナは大きな目をぱちぱちさせた。


「どうかされましたか。そうか!サンダル!いや、靴を買いましょう!靴を履いてないせいで昨日の飯屋でもいらぬ誤解をされたんだ」

 アマルナはヤンの言葉と態度にクスッと笑った。

 先ほどまでの作り物の気持ち悪い笑みではない、本物の笑みだった。


「靴はね、履かないの。こう地母神、大地の女神だから。履けないわけじゃないんだけど、わかる?」

「なるほど。ご自身のその神としてのイメージ、人々がどう見るか。それを大切にされているのですね」

「まあそんな感じ」

 アマルナはもじもじと照れながら答え、そして続けた。

「それとね、この服なんだけどね、千年ぶりの…。せっかくクエッタからもらったものだからそのまま使いたい…。クエッタの暮らしの証、汚れとかも含めて大事にしたい…って言ったら変かな?」


 ちゃんとした、本物の上目遣いでヤンを見る。めっちゃかわいい。

「…神の言葉、その御意思を否定するつもりはございません。しかしその服を大事に、長く使うのであれば汚れは落とすべきですし、ほつれなども直していかなければなりません。汚れを落としてもクエッタがその服に刻んだ歴史は消えますまい」

「うん…」

「もしいつか、万が一にまた会うことがあれば、その服を奇麗に使っていたほうがクエッタも喜びましょう」

「そうか…、そうかも」

「放置とは破壊よりも維持に縁遠い言葉です」

「たしかに…」

 うつむいてシュンとするアマルナにヤンはハッとする。

「申し訳ございません!このように意見するつもりはなかったのです!」

 慌てて片膝をつきかしこまるヤン。そしてそれに慌てるアマルナ。

「違うんだ!お前の言うとおりだ!わたしは昔からそういうのが苦手で、それでいろいろ失敗しちゃうから!だからお前の言うとおりにするよ。うん、そうする。だからさ、えっとね」

「?」

「この服自分で洗ってもいい?」

「アマルナ様自ら?お望みなら別にかまいませんが」

「石鹸買っていい?」

「もちろん」

「洗い方教えてくれる?」

「もちろん」

「そっか」


 アマルナはにっこりと少女のように笑った。

「じゃあ新しい服は買わなくていいね。もったいないしね」

「え、ダメですよ。その服を洗って、乾かしている間どうするんですか!おっぱい丸出しじゃないですか!」

「べつにいいよ」

「周りの者が良くありません!先に服!せめて肌着を買います!」

「わかった…。でもそう言う割にお前けっこうわたしのおっぱい見てたよね」

 ニヤニヤとからかったつもりだった。しかし、

「そりゃ見ますよ!当たり前でしょ!」

血走った眼で、ヤンの返事は怒号に近いものだった。ジンジが驚き威嚇する。

 アマルナもビクッと体を震わせ、

「ご、ごめんなさい!」

と体をすくめた。

「まったく…」

 と、言葉を吐き捨てながら歩を進めるヤン。その背中と横顔には、頼れる男の渋みと哀愁があった。


 都市のちょうど反対側。とまではいかないものの、日が落ちる前にずいぶん離れた区画に宿をとることができた。


 お値段は比較的お安く、ベッドも二つありましたが、ヤンはなぜだか肩を落としました。

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