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シャリヤのうそつき  作者: 南田萌菜(ナンディ・モイーナ)
アマルナ
7/10

 マーシール入城

 ジンジが華麗に宙を舞った。

 くるんと空中で回ってヤンの右手に着地した。

 着地の瞬間、ジンジの両足を手のひらで覆うように包み、ジンジがバランスをとりやすいように息を合わせ、そしてショックを吸収するように腕を運ぶことでなされる妙技だ。


 猿回しのフィニッシュとしては完璧だ。客も喜んでおり小銭を投げる準備をしている。


 しかし何を思ったかヤンはジンジを傍らに置き、スッと立ち上がる。

 その場でくるんと踵で回り、自慢げに得意の川底歩きを見せた。


 前に歩いているようで後ろに進むその不思議な挙動に、人々は困惑している。

「えなにそれ」「つまりえっと」「小銭はまだ投げないほうがいいですか」

 

 ありえない、画期的な挙動なのだ。困惑こそ望むところ。ただし、ヤンの望んだ困惑ではない。

 これまでヤジが飛ぶこともある芸だったが、正直ヤジよりつらい。

 ヤンも人々も無表情で互いを見つめあう。

 

 ジンジはヤンのポーチをまさぐる。

 そこから布を取り出し、ヤンの前に広げる。

 そしてその布と客を交互に眺め、「キッ、キッ」と控えめに声を出した。


「あ、いいんだ」

 人々から声が上がり、そしておずおずと小銭をその布の上に投げる。


 猿回しで終わるべきだった。川底歩きはするべきではなかった。

 それをやったがためにコインを投げる者は半減した。

 時折布を外れるコインが石畳に当たり心地よい音を鳴らすのだが、その音が少ない。

 しかし最後に猿がポーチから布を出し幕引きとなるファニーな展開に、そこに高度な笑いを見出した者もおり、彼らは多めのコイン布にそっと置き、あるいは高額のコインを投げたため、金額としては三割減ほどで済んだ。


「ご飯代ある?」

 ヤンは布の四角をつまみ金をまとめる。その布を興味津々に覗き込みながらアマルナは尋ねた。

「そうですね、結構あります。ただ、もうちょっと入ると思ったんですが」

 ヤンは口元には笑みを浮かべるも、眉間には皺を寄せる。


「最後のが余計だったかな」

 アマルナの言葉がヤンを刺す。

「なんだって誰も川底歩きの良さがわからないんだ。前に進んでいるようで後ろに進むなんて…こんなにすごいのに…」

 ヤンはより一層眉間の皺を深くし、往来を睨む。


 人の数が多い。町は栄え、数多くの商店が並び、それとは別に道に品物を並べるもの、行商人、ヤンのように見世物をする者がいる。

 人々の喧騒に混じり鳥や豚、ヤギの鳴き声が聞こえ、家畜の匂いに香辛料の香り、菓子売りでもいるのだろうか、甘い匂いもわずかにある。


「栄えてるね。首都?」

 アマルナは首を傾げる。

「第三の都市、マーシールです。今は巨大な帝国となったこの国も、もとはここにあった都市国家から始まったそうです。畜生、これだけ都会なら川底歩きにも理解が示されると思ったが…」

 表情を曇らせるヤン。

 アマルナの肩に乗ったジンジがそっとヤンの肩に手を置き慰める。その顔はなんだか勝ち誇っているようにも見える。


「わたしは好きだよ。川底歩き。ほら、こういうのはタイミングもあるからさ。画期的すぎるのかもしれない。やり続ければいつか…、あるいは百年後とかに人気出るかも…。千年後とか」

 アマルナのかける声に眉をひそめたままヤンと目が合う。

「ほら。あれだ!川底歩きっていう名前もいいと思うんだが。うん、すごくいいセンスだ!だけど名前を変えると人気出るかもよ。画期的な、未来的な動きだからさ、もっとこう、未来的でキャッチーな名前とかだと…」

 落ち込むヤンを慰めようと少し早口になる優しいアマルナ。しかしヤンはそれを無視して前を見た。

 困るアマルナ。嗤うジンジ。


「あそこがよくないですか。客が入っているが多すぎない。高級そうではないが小ぎれいにしてある。あのお店に入ってみましょう」

 ヤンはムスッとした顔で木造の飯屋を指さした。

  店の中では人々が談笑しながら食事を楽しんだり、一人で飯をかき込んだりしている。

 壁には数人がもたれかかり世間話をしている。あたりにはスパイシーな香りが漂う。


「そ、そうだな!お前お米食べたがってたろ!そうしよう!そうしよう!」

 はしゃぐふりをするアマルナ。肩の上ではジンジがキャッキャッと笑った。

 ヤンは気遣い顔のアマルナを見て少しおかしく思い、クスッと笑った。


 

――――――――――――――――――――



 軍人どもを追い払い、神への身の上話を終えたあと。

 しばらくは興奮状態の続いていたヤンだったが、間もなくすると冷静さを取り戻し、軍人たちと逆方向へと進んだ。


 村に戻れば街道を使い移動できるのだが、当然それは避けた。


 森へ入り、盗んだ鉈で道を開く。


 空は暗くなり始め、森の中にあっては余計に闇が行く手を阻む。

 それでもヤンは急ぎ、森の奥深くまで足を進め、日が昇り始めようという頃、ようやく仮眠をとった。


「彼らがすぐに追ってくるとは思えない、けっこうな痛手のはずだ。だが、逃げたように見せて…、なんてのは常套手段だ。これだけ深くまでくれば大丈夫だろう。すみませんが少し、休ませてもらいます」

 そういうとヤンは大きな木にもたれかかった。

「わかった。私は見張ってればいいんだな?」

 女神はなんだかうきうきしている。

「いえ、アマルナ様もお休みください。このような何もない所で申し訳ないのですが」

「よーし!みはるぞー」


 ヤンの話を聞かず、アマルナは国軍の小兵、サキの落とした短剣を構え、時々適当に振り回しながらあたりを警戒しているふりをした。


 楽しそうなその姿にヤンは少し不思議そうに微笑み、そして目をつぶった。


 警戒すべきは軍ばかりではない。夜行性の獣、特に虎なんかを恐れ、朝に眠ることとした。

 日が昇ってから、しかも野宿とあっては眠りも浅い。だからこそすぐに起きることもできる。

 体に負担のかかるやり方だが、しばらくはこのように過ごすしかない。

 眠っていても周囲の音が夢のように聞こえ続け、警戒を続けている。


 すぐ身近でごそごそと音が聞こえ、ヤンが慌てて起き上がると、アマルナがヤンの弓に弦を張ろうとしていた。

「いや、鳥がいたから…。獲ってあげようと思って…」

 ぎょろぎょろとした、驚いた瞳を向けるヤンにアマルナは少したじろぐ。

「弓…、お得意なんですか…」

「いや、やってみようと思って…」

「その弓にはあまり触らないでいただけますか」

「あ、はい。ごめんなさい」

 シュンとして弓を置くアマルナにヤンはごろんと背を向けた。

 また短剣を持ち見張りの真似事でもしてくれればいいのだが、そのままじっとしているアマルナが背中に感じられ、

「いや、触るだけならいいですよ。弦を張ったり、乱暴に扱わなければいいです」

ヤンはちらりと横目で女神を見た。

「わかった!」

 女神は天真爛漫に笑い、さっそく弓に施された細工を鼻歌交じりに指で愛でた。

 短剣は傍らに置き、見張りごっこはもうどうでもいいらしい。


 ヤンは寝返りを打ち、その短剣を手に取った。鞘のない抜身の短剣を持ち、アマルナの太ももを眺めながら再び眠りについた。


 このような移動と生活を数日続けると、森を切り開き地面を踏み固めた道に出た。

 街道。とは言えないようだが、それなりに立派な、それなりに往来のある道であろうことがわかる。


 ヤンの目的はこれだった。

 道に出たヤンはほくそ笑むと森に戻り、道から自分が視認できないくらいの距離を保ち、その道に沿って北に向かった。


 食事には困らなかった。


 ヤンは木の枝を削り矢を作った。

 矢羽根や矢じりをつけるのはもったいないし面倒くさい。なので先を太く、尖らせず、重心を持たせることで安定させた。刺さりはせず、衝撃を与えるだけのものだ。

 大きな獲物を獲ることはできないが、ヤンはこのような急ごしらえの粗末な矢でも上手に小鳥を捕まえた。


 釣りも重要な食糧調達の手段だった。

 鉄製の、それもかなり精密に作られたハリに絹糸を結び付ける。ある程度の長さで麻ひもに結び付け、何かの幼虫やミミズ、殻を砕いた貝などを餌にする。幼虫はジンジがもぐもぐしながら持ってきてくれます。

 仮眠に入る前にそれを川に三つ仕掛け、目が覚めると確認に行く。

 大小の差こそあれ、必ず一匹は釣れており、良いときには三つとも魚がついていた。


 獲れた獲物はその場ですべて食べた。味付けは岩塩のみ。

 匂いのするものを持ち歩きたくなかったし、服に匂いが移らないようにできるだけ煮て食べ、小さな鍋に入りきらない時だけ焼いて食べた。


 もちろんアマルナにも食べるよう勧めたが、

「汁だけくれ」

と言ってヤンが食い終えた鍋や椀の残り汁をすすった。


 わずかな野草の知識でヤンが採取した草花も適当にぶち込まれ、アマルナが口に入れて選別したキノコも入っており、一部の好事家なら金を払いそうな出来の鍋だった。


 ヤンが妙に陽気な日が一日だけあったが、まあ、そんなに気にすることではない。


 食事中は上着を川にさらし、木で叩いたり湯をかけたりもしたが、それでも返り血が完全に落ちることはなかった。


 ただ、叩いた木の色が移ったり、わざと土汚れをつけることでだいぶ目立たなくはなった。


 ヤンが目印としていた道はやがて大きな街道にぶつかった。

 しばらくはその街道とも距離をとり、森の中を北進したが、森が拓かれ田畑が目立ち始めるころ、都市が近くなったこともあり往来が激しくなるとその中に紛れた。

 

 さすがに都市の入り口にある城門は衛兵がいることもあり避け、途中から迂回して田畑を横切って夜中にマーシール入りを果たす。


 途中石垣を登るなどもせねばならず、

「このような入城申し訳ございません」

とアマルナに頭を下げるも、

「んーん!楽しそう!」

と喜んでいた。

「お先にどうぞ」

 と先にアマルナを登らせ、その後ろを上を眺めながらヤンが続いた。とても真面目な顔で眺めた。


 とらえた小鳥の中には羽の美しいものもおり、その羽を集めておいた。

 皮革を取り扱う問屋を見つけ、飾り羽などにどうかと売りつけ小銭を稼いだ。もともと持っていた金と合わせそこそこの額になった。


「こめぇ、米が食いたいですね。もう暗いが、開いてる店を探しましょう」

 目を輝かせるヤン。

「ふむ」

 と顎に手を置き、少し離れたところからアマルナがヤンを眺める。アマルナの肩の上でジンジがその真似をしている。

「ちなみに今夜はどうするんだ。どこかで野宿でもするのか?」

 ヤンはキョトンとする。

「いえ、宿をとります。夜警隊にでも目をつけられたら厄介です。情報がどこまで出回っているかもわかりませんし」

 ふんふんなるほどとアマルナが鼻を鳴らす。

「じゃあ宿をとってもう寝よう。宿屋の相場もわからんだろう。チェックインできる時にしといたほうがいいぞ」

「えでもこめ」

「別に腹が減って死ぬわけでもないだろう。今朝ウナギ食べたでしょ。ウナギ汁」

「こめぇ」

 食い下がるヤン。


「ねぇ、ヤン、ねよ」


 アマルナは手を膝に前かがみになり、上目遣いにヤンを見つめた。


「はい」


 これが神の力かと恐れおののく。

 ヤンの米への執着も、アマルナの力を前にあっさりとくじけるのだった。



――――――――――――――――――――



「それにしてもさすがはアマルナ様。宿をとって正解でした。そもそも私の考えが足りませんでした。半月もあなたに野宿をさせてしまったのだ。まずはあなたにしっかりとした…、とはいえ安宿ですが、しっかりと休んでいただく。そういった配慮が足りませんでした」

 ヤンはアマルナの顔を見ずにぼそぼそと喋る。

「わたしはもともと野宿みたいなもんだからな、別にそれは気にしてない…というか楽しかったんだが。ただ、飯より宿という格言があるからな」

 アマルナはニコニコと話す。

「聞かぬ言葉です。しかし神より承りし言葉、大切にいたします」

「飯はいざとなればお前には、…これや、…これもあるわけだし」

 アマルナは弓を引いたり釣り竿を合わせる真似をした。

 とても楽しそうに話すアマルナの顔を見て、ヤンのへそ曲げ顔もほころんだ。


「しっかりと休むべきはお前だよ。兵隊さんと獣におびえながらの行軍だ。なかなかに険しい顔、正直お前が獣のような顔だったからな。手配書などなくとも兵士でもすれ違えば声をかけられたかもしれんぞ」

 アマルナは微笑む。

「確かに。自分の顔は見えませんので。アマルナ様の御采配のおかげで今私はこうして米を食えてる。休んでいなければあのように客も集まらなかったかもしれません」


 ヤンはレンゲで塩味の効いた焼き飯を口に運ぶ。そしてスパイスの効いたスープに浸かった鳥のもも肉を掴みかぶりついた。

「鶏だ。柔らかい。森の小鳥とは違いますな」

 鶏もも肉を焼き飯の上に置き、そのスープが染み込んだ米を口に運ぶ。


 アマルナはバナナをむいて指で小分けにしてジンジに与える。ジンジは小さな両手でその小さなバナナのかけらを掴み食べている。

 その様子を愛おしく見つめながら指先でジンジの頭を撫でる。

 それから目線をヤンに向け「おいしい?」と優しく微笑んだ。


「ええ、まあ。おいしいですが…。アマルナ様は何もたのまれないのですか」

「たのんだじゃん、バナナ」

「いや、それはそうなんですが…」

 ヤンはレンゲを置きアマルナを真正面から見つめる。

 アマルナも大きい目を丸くしてキョトンと見つめ、

「そうだな、汁だけくれ!」

と笑い、鶏もも肉のなくなった皿を奪いズズズとすすった。


 周囲の目線がこちらに向く。あまりの行儀の悪さにひんしゅくを買ったかと思いヤンは恥ずかしく思う。

 しかしひそひそと聞こえてくる会話からすると、どうも妹に何も食わせず汁だけ飲ませる兄という風に映っているらしい。


「あーおいしい。ヤン、いつもおいしい汁をありがとうね」

 にっこりと、美しい微笑みをヤンに向けるアマルナ。

「おい聞いたか」「いつもだってよ」「まじかよ」

 ヤンは口だけで笑顔を作ってアマルナに返した。

 ジンジはおいしいバナナにご満悦で、キャッキャッと声をあげた。

「猿には食わすんだな」「猿以下ってことか」「奴隷か」

 

 長い森暮らしで米に飢えていたヤンだったが、急いで残りの焼き飯をかき込む間、あまり味を感じることができなかった。


 焼き飯をかき込むヤンを見て、アマルナはとても嬉しそうに微笑んだ。

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