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シャリヤのうそつき  作者: 南田萌菜(ナンディ・モイーナ)
ヤンの本当
4/10

 女神探訪

 それから村には10日間滞在した。

 その間の滞在費は一切取られることなく、食事も少し豪華になった。


 ヤンは見事な細工の施された弓を持っており、腕も確かだ。

 日に数羽鳥を射止め、それを村に提供した。一度猪の子を提供した時には大層歓迎された。

 また、釣りの腕も達者だったため、暇なときには魚を釣りそれを夕飯に加えてもらった。


 猿回しを二度見せ子供たちを喜ばせた。

 川底歩きはもう一度見せたがやはり不評だった。


 クエッタは話に聞いた通りトイレ掃除や雑用に、自身の畑の手入れにと忙しなく働いている。

 不作のため貧しくなっている人々の中でより慎ましい生活を送っているようだったが、もともとそうなのか、それとも祠へ行くという大仕事をなしたためか、村人からの扱いはヤンが思っていたよりも悪いものではなかった。


 仕事の合間にはヤンの様子を見に来ては挨拶をしたり手を振ったり、あるいはただ眺めたりしていた。

 もじゃもじゃの髪を指の間に掴みながら見つめた。


 祠については、石柱が一本折れており、新しく石工にこさえさせ、それを設置するまで自身が行う。それまで滞在すると報告した。

 あるいはそれで天候が良くなるかもと。


 ヤンとクエッタは口裏を合わせ、それ以外を詳細に語ることはしなかった。


 ただ洞窟があり、その中には思っていたよりも立派な祠があり、そこに異常は見られなかった。暗くてはっきりとはわからなかった。

 ただそれだけを伝えた。


 当然女についても話していない。

 祠に住み着く邪教徒がいるぞ。なんて地方官にでも伝えれば何か褒美でもあるかもしれない。

 しかし次に行ったとき必ずあの女がいるとは限らないし、いたとしてもなんとなく、彼女の暮らしをそのままにしておきたかった。

 

 偽物の女神を思い出す時、ヤンは必ず鼻で笑った。

 しかし同時に、慈しみに似た感情が伴った。


 石工の仕事は早く、もう磨きに入っている。

 悪神への恐れがそうさせたか。

 寸法はヤンの目分量だ。

 少し長めに作って埋めて調整できるようにした。

 幅は実物よりも細いかもしれない。でもまあ問題はないだろう。


 設置の際にはヤンとクエッタの他、石柱を運ばせるため男があと二名か三名必要となる。

 それはヤンが選ぶ。村の中で特に悪神を恐れている信心深いものを選ぶ算段だ。

 そして祠について何か尋ねられた時、わざとあまり語りたがらない演技をすることで、今後も人々が祠を恐れるように仕向けた。


 それが終わればこの村を離れるつもりだった。

 しかしもう少しここにとどまってもいいかなと思った。


 どこへ行っても悪天候で経済状況は悪い。

 この村の人々も不作不作と嘆いてはいるが、それでもここは他の地域よりはましなほうで、しかも村人たちはヤンを受け入れ始めている。

 

 器用さを生かし何か仕事をしてもいい。

 一生村を出ず、浅学のものが多い。教師などするのはどうか。

 祠に行ったものとして司祭のようなことはできないか。

 自分も家と畑をもらえないか頼んでみようか。

 慎ましく、クエッタみたいに暮らそうか。


「ヤン様、あの…」

 自身の髪を掴みながらクエッタは話しかけた。

 ヤンは縁台で片膝を立て、それをぼんやり眺めながらいろいろなことを考えていた。


「村長はいるか」


 馬に乗った男たちが現れた。

 声の主は小ぎれいな身なりをした肥えた男だった。

 しかし、その後ろの十名は明らかに兵士であった。



――――――――――――――――――――


 

 小ぎれい小太りの声に年老いた村人が駆け寄る。

 ヤンを祠に行かせた老人だ。

 ヤンはいまだにこの老人が苦手だった。

「サリル様、この度は一体どうされました」


 馬上の小太りにへりくだり、ご機嫌を取るように話しかけながらも、老人は剣呑な表情を見せる。


「それはこちらのセリフだ。突然東方騎士団の方が来られて近隣の村を案内するように言われたのだ。お前たち何かやったのか」

 小太りは汗をかいている。いつもかいている汗とは質が違うようだ。


 官職に就く兵士は公務として地方領主のもとや村々へと出向くことがある。その際には当然武装もするし護衛をつけて行動する。しかし基本は軽装だし、護衛の兵士も数名だ。

 

 ヤンは改めて兵士を見る。

 騎兵3名に歩兵7名。

 兜、籠手は鉄製だがそれ以外は厚手の革製。胸甲、背甲はそこに鉄の札を編んだ作りとなっている。

 バイタルダメージになる部分、負傷しやすい部分をしっかりと守りながらも可能な限り軽量で、機動力と防御力を兼ね備えた装備。国軍の一般的な装備だ。


 騎兵のうち一名は兜の面積が大きく羽飾りがあり、籠手にも赤の差し色があることから指揮官であることがわかる、他2名は歩兵と装備がかわらず、歩兵と騎兵の間に位の差はないように見える。

 

 この村は鬱蒼とした森の中にある。騎兵は歩兵よりも高い戦闘力を持つが、それが発揮されるのは平原でのこと。


 ただの巡回ではない。

 数が多いし、歩兵が多い。戦闘、しかも森での戦闘を考慮した編成。


 ヤンは立ち上がりクエッタの肩に手を置き、他の村人に紛れて観察した。「一体何事だろうねえ」と隣のおばさんと話し、努めてただの村人のようにふるまったが、肩を掴むその手には力が入り、クエッタを緊張させた。


「村の代表格とお見受けする。先ごろ、何か異変などなかったか」

 指揮官が馬上より声をかける。丁寧な口調ではあるが威圧感がある。


「異変。そうですね。不作が続いており村の生活は苦しくなっております」

 老人がへりくだった笑顔で手もみをしながら答える。

「それは知っている。全土のことだからな。それ以外、この半月ほどで何か問題はなかったか」


 指揮官の態度は決して尊大なものではなかった。しかし、事務的で、感情を感じさせない口調に老人は少しイラっとする。

 見た目もまた、いかにも事務方一筋の官職と言った風貌。


 どこぞ貴族のボンボンに官職があてがわれたのだろうとヤンは考えた。


「異変と言えば不作以外にはございませんな。作物はとれんのに税は変わらぬままだ。我々にとってこれ以上の問題はございません」

 昂る感情を押し殺し損ねた口調。それを武装した兵士に向けていることに、村人の中から心配の声が漏れる。


 兜に隠れた指揮官の目が見開かれたように見えた。隣の騎兵と目を合わせ、

「サリル」

と小太りを見た。

 小太りの目が泳いでいる。


 目を合わせた若い精悍な兵士が手綱を操り馬が前に出る。

「王陛下は国のほぼ全域に減税策を敷いておられる。灌漑の行き届いた王都周辺以外は…特に凶作の地には約半分へと税を減らしている。この辺りは比較的被害が少ないが二割ほどは減っているはずだ。人夫の駆り出しもかなり減らしている」

 若い兵士の口調と態度には威圧感があるものの、そこには真摯さが見て取れた。


 しかし老人は周囲の村人と目を見合わせ、取り囲む村人もざわつく。

「何を言っている!去年はタラスティの邸宅の壁塗りとその周辺の整地に行かされたぞ!ちょっと色があせただけの壁だ!しかも誰の家かも知らん!」

 村人たちは大声を上げた。

 

 指揮官は再び小太りを見た。

「そ、それは知りません!あなた方が人を集めよとおっしゃったのではありませんか!」

 ほほや首、腕のたるみを震わせながら唾を飛ばす。

「何?騎士団か?知ってるか?」

 指揮官は他の兵士に尋ねるが兵士たちは眉間にしわを寄せるだけだ。


 ため息をつき、先ほど見開いた目を今度は細め、

「今あった話はこちらで調査する。人夫役についてはどうしても必要な時がある。主に水路と道だ。耕作地、都市計画などあれば整地のために招集をかけることもある。ただ、計画は厳選している。タラスティについてはそんな計画はないはずだ。少なくとも私は知らない。税についても調査する。不備があれば当然返納される。それが不手際によるものであればそれで解決となる。不手際ならな」

指揮官は淡々と語った。

 小太り真顔。


 指揮官は再びため息をつく。

「単刀直入に言おう。この辺りに儀礼施設があるはずだ。かなり古いものだ。それについて何か知っているものがあれば教えてほしい。あるいはそこで何かあったか知る者はいないか」

 指揮官の言葉や小太りの態度でおおよそのことを察した村人も多かった。

 先ほどまで苛立ちを覚えていた無機質な態度も一転、誠実ゆえの武骨さ。信頼感を伴って指揮官を見る目が変わる。


「はい…、西に古い祠があります。悪神が祀られているため近づいてはならぬと言われております」

 老人が先ほどまでの態度を詫びるように恭しく答える。

「では誰もそこへは行っていないな。何か盗賊の噂とか、怪しい人物を見たとか、そういった情報はないか」

 村人たちを見渡し大声を上げる指揮官に、ああ、その話かと人々の思考が集束する。


「それが我々、ここ数年の天候の異変をその悪神様の祟りではないかと思い、旅のお方に調査を依頼したのです」

 老人の言葉に指揮官は感心したように目を丸くする。

「そうか、悪神の祠など、よく行ったものだな。できれば話を聞きたい。それはどなたか」


 指揮官の言葉に人々はきょろきょろとあたりを見渡す。

「さっきまでここに居たんだけどねえ」

 おばさんが呑気な声を出した。



―――――――――――――――――――――



 ヤンは走った。

 話題が小物領主や地方官の不正から祠の話に変わったあたり。そして村人の兵士たちに対する感情が変わったあたり。

 兵士の関心が自分に向くであろうことを察した瞬間から、ヤンは高い背丈を隠すようにしゃがみ、宿としていた家に入り手際よく荷物をまとめ、裏口から逃げた。


「どうして逃げるんです?」

 息を荒げながらクエッタが尋ねる。

 手には鉈を持ち、森を切り開きながらヤンを先導する。鉈は家を出るときヤンが盗んだものです。


 ヤンはクエッタの問いにしばし考えて答えた。

「国の兵士。しかもかなりまじめな部類のやつらだ。熱心なサウラ・マデラの信者だろう。悪神の祠、どうすると思う?」

 クエッタは納得したような、驚き、戦慄したような顔をする。

「助けるんですね」

 ヤンが力強く微笑むと、クエッタはしばし考えた後、覚悟したかのように力強く頷いた。


 たった10日ほどで国軍、しかも国の南東方面を広く管轄する東方騎士団がやってくるなんておかしい。


 よほど重要な遺跡だったか。

 なぜ知られた。

 

 神を騙る不届きものの成敗。

 だとすればその情報はどこから洩れたか。

 クエッタを見る。

 クエッタが洩らしたとは思えない。村人にもそのようなそぶりは見られなかった。

  

 村は他にもある。どこかから知られてもおかしくはない。

 

 サウラ・マデラが、あるいは神官か何かが感づいたか。


 まさか本当に…。


 生い茂る木々の枝々を掴んでは離し、ジンジは飛び回って前に進む。

 それに続いてクエッタが蔦や足元の草を切りながら道を作り、ヤンはその後ろに続く。


 ヤンは眉と目元を醜く歪めながら二人の先にある森の景色、そしてその先にあるであろういまだ見えぬ洞窟を睨んでいた。

 口元は歪に笑っていた。

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