宗教っていうのはこんなに臭いのかい
見知らぬ天井、殺風景な部屋、私はベッドで寝かされていた。
向こうに扉がある、私は立ち上がり、扉をあける。
音が響く、静かな場所。
屋敷とはまた違う、木造の廊下、部屋は他にもあるけれど、皆一様に統一されている。
窓から見上げる外は、明るい色で満ちている。
人は居ない、私は寂寥感に襲われると共に、喪失感にも襲われる。
親、妹、恋人、友達、全部過去になった、私は何故彼らを残してこんな所に来てしまったのだろうか、考えるだけでも胸がひどく傷む。
涙を拭い、廊下を歩く。下に続く階段、降りて、また歩く、続く道にも人は居ない。
声が漏れて聞こえる
その部屋もやはり等しく統一されている。
「彼女とはどこで」
「関所の前で立ち止まっている所に出くわしまして、それで声をかけたんです、どこかの泥棒に大事なものをとられたとかで」
「泥棒ですか?」
タバコから煙が沸き立つ
「確か、ランドルが言っていましたね、『勝手に死んで勝手に生き返りやがった、ありゃ、たちが悪い聖女様だ』と」
ティーカップが微かに音を立てる
「あれは、とんだ代物でした、価値が付けられない」
「贔屓の客からですか?」
少し間を置き、先程の音がもう一度鳴った。
「いや、それよりも大物です」
「どんな品で?」
「彼女に聞いてみては?」
「素直に教えてくれるでしょうか?」
「あなたが誠意を見せれば」
床が軋む音が聞こえ、やがて靴の音が近づく。
「石の在りかが知りたいのでしょう?聞き耳をたてずとも、教えて差し上げますよ」
私は扉を開け、部屋の中に入る。
「気がづいておられたのですね」
「はい」
声の主はとても背が高い男だった。
優しげな瞳、灰色のYシャツに黒のオーバーオール、肩まである長く黒い後ろ髪、鋭く響く声は彼の美しさを引き立てる。
「私はリン・センダイ、カルカ・ルースの主人です」
「エリエット・スチュースカ、です」
私は足を少し引き、半歩下がった。
「少し緊張しているようですね」
「あなたの部下が私を殺した」
「生きているようで何よりです。命は大切にしなさい」
「あなた方はっ、私だけでなく、子供にまで」
「他人の命に気を配れるなんて、優しいお方ですね」
センダイはにこやかな笑みを浮かべる。
「どうして、どうしてですか。どうしてそんなに無情になれるんですか」
「無情、ですか」
彼は顎に手を当て、少し考えるように少し上に首を傾けた。
「私は自然の摂理に従っているだけですよ」
「自然の、摂理」
「あなたはこう言いたいんでしょう?人間は人間を殺してはならない」
「ええ」
「なぜ?」
「人間は元来争いを好む生き物です、思想、宗教、政治、あらゆる問題を抱え、日々人間は火種を蒔いている。
人が作った物で人が作った神の戯言で同族が殺し合う、醜く、愚かです。
ですがそんなものはただの詭弁です、使う物も崇める神も所詮は自分たちの為に都合よく解釈しているに過ぎない、法、道徳、それらは均一性を保ち、皆を美しいものへと誘導するでしょう。
しかし、現実は平等ではない、私は価値ある人間でしょうか、あなたの価値はいくらでしょうか、それらは皆、主観的に決定します。
カルカ・ルースは己の利益にのみ従い行動します、その人は非常に権力のある人です、その人があなたの命を私に譲ったのです、だから、ランドルはあなたを殺した。
少年が任せられたのはペドフィリアの方々の要望に応える仕事でした、時に、痛みをもって躾られ、時に痛みをもって愛されたのかもしれません、そんな日々に疲れたんでしょう、彼は逃げ出してしまいました、だからランドルが殺しました、痛みを怖がる子供に価値はありませんから。
人間の価値は平等ではありません、金で買えてしまう命もあれば、搾取されるだけの命もあります。
あなたの理想で彼らを、あなたを救う事は、残念ながら出来ません、律する事が出来るとすれば力のみでしょう、我々は力によって動き、力によって奪う、それが人間でもあります、理想は力に負け、力は正義となる、だから私達は人を殺すのです」
「そんなの、おかしい」
「おかしいと言われても、豚も牛も虫もあなたからの理不尽を受け入れているのですよ、何が違うというのですか?」
「私は」
「慣れた方がいい、その方が楽に生きられますよ」
その瞳はどこまでも暗く、闇を照らしていた。