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時計仕掛けのエンドロール  作者: みたらし団子
3/15

行儀正しくしたって結末は同じさ

窓から射し込んだ朝の光がまどろみの中から私を引き戻す。


半身を起こし、ゆったりとベットを下りる。


アタッシュケースを開けると、着替えを取り出し、一日の準備を始める。


歯磨きに、メイク、髪のセットも、もちろん着替えも、以前は女中がやってくれていた作業も、今ではすべて自分でやらなくてはならない。


準備が終わってからは、部屋の掃除を始める。


ここの主人は人相も態度も悪かったけれども、確かにいい宿だった。

窓もあり、しっかりと夕食も用意されていたし、ベットシーツも枕も毛布も清潔に保たれていた。

以前の生活と比べるとベットも硬いし、食事も豪華とは言い難いものだったけれども、それでも丁寧なもてなしだったと言える、満足な宿だった。


私は出かける前に一言「ありがとうございました」とお礼を伝え、宿を出た。


主人は


「はっ、礼なんて気ぃ回すんじゃねー、鬱陶しい。俺は料金に見合うもんを提供しただけだ、ほら、わかったなら早く行け」


と言ってはいたが、感謝されるのには慣れていないのか、頬を僅かに明らめ、照れを隠すように頭を掻いていたのを私は知っている。


財布は奪われたけれども、価値のあるものを城から持ち出して来たお陰であと数ヶ月は持つ、とは言うものの、質屋はこの街になく、彼に買い取ってもらわなければ、野宿コースだった、手伝いを引き受けてくれた件にしても、彼には感謝してもしきれない。


ただ財布に入っていた金貨もかなりの金額のするものなので、やはりそちらも見つけなければならない。


待ち合わせの場所は雨の日に立ち寄ったカフェ、私は待ち合わせ時間の30分前に到着した。


チリンと鈴の音をならし、私は店内に入った。

朝のカフェは老夫婦と子供が一人。

私はカウンター席に座り、マスターと顔を見合わせる。


「注文いいですか?」


「どうぞ」


「ホットケーキとブレンド珈琲」


「注文承りました。すぐご用意致します」


物腰柔らかな口調でそう言うと、マスターはミルを準備して、豆を牽く。


「先日も来てくださりましたね、当店はお気に召しましたか」


「はい、とても」


「ありがとうございます。気に入っていただけて、嬉しいです」


そう言ってマスターは朗らかに微笑む。


「一つ聞きたいのですけど、マスターは彼のことをご存知なのでしょうか?」


「彼、というと、マキナさんの事でしょうか?」


「ええ。マキナ・マキアさん」


「あの方はここのテナントの管理人ですよ」


「管理人?」


「ええ。彼は私に格安でここを貸し出して下さいまして、新規開店の際は準備も手伝ってもらいました」


「なるほど、そんな繋がりが…。と、言うことは彼もこのテナントに?」


「ええ。ここの2階に住んでおられます。お客様はどのようなお知り合いで?」


「財布を…盗まれてしまった財布を一緒に探して下さるみたいで、私はここの者ではないので正直土地勘のあるお方が手伝って下さるのは有り難いくて、それで、お言葉に甘えさせていただこうと思いまして」


「なるほど、それは災難ですね」


そう言って、マスターは顎に手を当て考え事の仕草を見せる。


「もしかして、お客様の財布を盗んでいったのは子供ではないですか?」


「ええ。そうです」


マスターは眉間にシワを寄せて、また深く考え込むように顎に手を当てる


「あまり良い報告ではないのですが、恐らくですがその者はこの通りの子供でしょう」


「この通り?」


「ええ。ここの小道を奥に行くと裏の通りに出られる道があるのですが、そこは、あまり治安が良いとは言えない場所でして、その、たまに子供が…」


そうマスターがなにかを言いずらそうにしている、言い出しづらい事なのだろうか。


「おはよう」


声が聞こえた方向に振り向く、マキア・マキナさんだ、どうやら階段から降りてきたようだ、この建物にすんでいるのは本当らしい。


「待たせました。遅くなってすみません」


「いえ、朝食の為に待ち合わせ時間より先に来ただけなので」


「そう。もう、食べ終わりました?」


「いえ、まだ」


「じゃあ、待ってる間に少し話をしましょう」


「話、ですか?」


「ええ、さっきマスターが話かけてたこの町の子供達について」


「はぁ…」


「子供が盗みを働く理由なんて、普通に考えて一つしか考えられない。それは分かっていますね?」


「貧困、ですね」


目の前に静かに珈琲とホットケーキが置かれる


「その通り、この世は公平には出来ていない、蜂蜜を舐める事ができるのは強者だけ、弱者は泥のような水をすすり、旨味を噛み締める。

大半は弱者である」


「そう、ですね」


「けれども、そこから這い上がって生きていくのが人間です、英雄も勇者も絶望の先にしか生まれない」


「それは、そうです」


「何かを掴むには何かが必要であり、多くの人間は生まれた時にそれを親から授けられる。

それは金であったり権力であったり美貌、単純に力でもいい、親が持っているモノ、それらはやがて武器となり、生き抜く力に変わる、なら、親がいない子供達はどうだろう、親は子供を出産後、子供をどこかの町に捨てる、捨てた子供は何も与えられず、空腹感を感じる、さて、生きるために子供はどうしますか?」


「盗みを働く?」


「そう。飢えを凌ぐ為に盗みを働く、それは普通だ。


で、君はそれを承知の上で今度は君が、奪う側に回ろうとしている、そうですね?」


「それは…」


この人は一体なにが言いたいのか、私にはその真意は汲み取れない。


「君にも事情があるのは察しは付く。おそらくバッグの中に、大切なモノでも入っていたんじゃないのかな?」


「っ…」


「詮索はしないよ、協力もする。ただ少し、子供達に対して危害を加えるような事はしないで欲しい」


「そんなものは当たり前のことです、あなたは私が子供相手に暴力を振るうような女にでも見えているんですか?」


「君の人間性は私には推し量れない、けれども、奪う行為に同意を求める事は難しいだろうからね、どうだい?約束してくれるかい?」


「言われるまでもなく、子供に乱暴な事は一切致しません」


「よろしい。では食事も済んだようですし、行きましょうか」


「ええ」


彼らは席を立つ、外の景色は曇天だ。

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