哀れな娘は何も知らずに一人
私は家臣の忠告も聞かず父が帰ってくるのを待っていたのです
父は王様と言うには覇気と知性に欠けていました。軍治を取り仕切っているのも、経済を取り仕切っているのもフリューゲル家に昔から遣える忠臣、メイス家の方々、父はただ王座に座り頷くだけ、そんな父を嘲笑ってか国民は父の事をメイスの人形と呼んでいました。
しかし、私にとって父はとても優しかった。
メイブリンの家具もエルフの国の宝石も冬の間にしか生息しない鳥も頼めばなんでも用意してくれましたし、何かにつけて良く頭を撫でてくれた。
そんな父が私は大好きだった。
メイス・ハイドは愛国者でした。
先代の急病により早くよりメイス家当主の座を引き継いだハイドは総務大臣として、国民が少しでも豊かに安らかに暮らせるように努力を惜しみませんでした。
そんな彼が国の状況に危機感を持つのは当たり前のことだったのかも知れません。
◇◇◇
いまにも雨が振りだしそうな天気に、街の店主達は閉店準備を進めている。
宿を探そうと訪れた街なのだけれども、そもそも小さな街なので、宿自体が少ない。
私は長旅で疲れた体を動かし、歩みを進める。
ふっと、後ろからやって来た少年が一人、私の背後に回る。気づいた時には遅かった。
(スリだ)
急いで逃げていく少年、私は追いかけようと足を動かすものの、追い付くことも出来ず、去っていく背中を見送ることしか出来ない。
「待って…」
呼ぶ声も虚しく、少年は路地裏に消えていく。
カラン
後ろから音がした気がした。
「何かお困りですか?」
すごく透明感のある声、私はその声の方向を振り向いた。
白髪の髪、細身の体、白い肌、中性的な顔立ち
神秘的なその雰囲気に、一目見ただけで目を奪われた。
「いえ、あの…さっき、財布取られちゃって…」
「なるほど……それでしたら、お力になれるかも知れない、一緒に探しましょう」
「お気を使わせてしまって申し訳ありません。私がしっかりしていれば取られずに済んだでしょうし、その、大丈夫ですよ」
「いいんです。どうせ暇してましたし」
空から落ちた滴が手の甲に当たった、彼も気がついたようだった
「ひとまず雨乞いでもいたしましょうか」
「あ、はい」
案内されたカフェは日射しから隠れるように石壁に沿ったテナントの一区画に点在しており、店にはお客が3人程、店主は白髭を生やした、いかにもマスターという出で立ちの壮年の男性だった。
私は少し店内を見渡す、モダンで暖かみのある室内だ、座席やテーブルもしっかりしたものを使っていて、店主のこだわりを感じる。
一人掛けのソファーを引き、腰を下ろした。
しかし、こうやって間近で見ると、その美しさに圧倒される、綺麗な白い肌、陶器のような美しい手、スラッとした優しい目、艶やかな白の髪、神々しさすら感じるその姿は、人々を惹き付けるにあまりある魅力だ。
「お客様、ご注文は如何なさいますか?」
マスターがいつの間にか注文を取りにやって来ていたことに気付き、急いでメニュー表を閲覧する。
メニュー表にはブレンドコーヒーとカフェモカにホットサンド、ホットケーキなど一般的なメニューが並んでいた。
「えと。ブレンドコーヒー1ツで」
「僕も同じのを一つ。あと、ホットサンドもお願いします」
「わかりました、直ぐにご用意致しますので、少々お待ちください」
マスターがカウンターの方へ帰っていく、向こうでは本を捲る音がする、他の客がカップを持ち上げる微かな音も、外の雨音もカウンターに戻ったマスターが豆を惹く音も香りも、全てがこの空間を彩っている。
私は対面で座る彼の方を向き直る。
彼は彼なのだろうか、彼女なのだろうか、そんなことは些末なことなのだが、気になるは気にはなる。
「あの、すいません、私、エリエット・スチュースカって言います。その、宜しくお願いします!」
何を宜しくなのだろう、一緒に探して下さるとは言ってくれたが、迷惑なのではないだろうか、そんな考えが頭を過る。
「はい、ご丁寧にどうもありがとう。僕はマキナ・マキア、この街でしがない時計屋をやってる身です。どうぞ、こちらこそよろしく」
差しのべられた手を握る。滑らかで美しい手、けど、何でだろう体温が感じられない?
「ところで、その旅行鞄を見る限り、ここら辺の人じゃないよね?観光とかで来たの?」
「まぁ、そんなところです」
「珍しいね、ここに観光に来る人は滅多にいないんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。この街は観光地というには寂れてるし、治安もあまり良いとは言えないからね」
「なるほど」
窓に打ち付ける雨が激しく音を立てる、どうやら本格的に降りだしてきたようだ。
「あの、ここらへんに宿とかって...」
「質素だけど、いい宿がある、後で案内しよう」
「ありがとうございます」
「明日には雨も止んでると思うし、とりあえず、財布は明日見つけようと思うんだけど、何か予定とかある?」
「いえ、ありません。それよりも本当にいいんですか?一緒に探してもらっちゃって」
「構わないよ。時計屋もたまには人と関わらなくてはならないしね」
その応えの意味はよくわからなかったが、私はとりあえず笑顔を浮かべ「ありがとうございます」と言った。