星空のディスタンス
スチュースカはフタゴコブラクダの上で手綱を握る。
細長く骨太の足が伸びやかなストロークを描き、左右に備える大きな蹄が平らに降り積もった砂粒を蹴り飛ばす、舞った砂が重力空間でさ迷い、やがて負けて落ちる。
白亜の太陽がストーキングしてくる、スチュースカは皮膚から伝わってくる警告に応える。
砂漠の色のショルダーバッグは何処までも続きそうな程広く、深い、最低限のモノ、必要な物、ミネラルが詰まったその革袋を取り出し、スチュースカは頭から被りたい衝動を狩りたてる。
口に含んだ水は甘い。
「マキア、干からびちまいそうだ」
空になった容器を見つめる
「貴重な水だ、大切に」
右手から左手へ、右隣には砂漠の馬、ヒトゴコブラクダの上の彼からは新しい革袋が届く
「ありがたいね」
蝋燭に灯った火は蝋燭が溶けきるまでは消えない
「熱くて煙草もろくに吸えそうにないよ」
スチュースカは右ポケットから煙草を取り出す、しばらく日光で燃えないかと待ってみたが一向に付きはしない、おとなしくジッポーを左ポケットから取り出し、先端に火を付ける。
「ヤーコンまで後どれくらいだい?」
煙草を咥え、息を吸う。
「3日かな」
スチュースカは肺に溜まったニコチンを吐き出すと歌を口ずさむ
「オペラかい?」
「耳に残る君の歌声」
しばらく彼女の歌声に聞き入る
「ハイビスカスに劇場があるだろ?」
「あるね」
「そこで楽器を弾こう、人集めてさ、あんたがドラムで私がギター、ベースは…どこかで拾おう」
「曲は何にする?」
「シーサイド・ランデヴー、気取った奴らを全員のみ込むんだ」
「いいね、面白そうだ」
再び彼女は唄う、今度はグッド・カンパニー、気分がなるべく落ちないように
寒さを覚える夜、徐々に空が藍色にコントラストを変え始めた
ラクダから身を降ろし、親友に労いの手を置く。
「ここで朝を待とう」
「わかった。調理は任せるよ、私はベッドを持ってくる」
「了解、取りかかろう」
マキアの背中に手を振り、砂漠を歩く。
産毛を携えた植物が夜の風とダンスを踊る、黒く丸い虫が足跡を残す。
たとえ茎の奥で花が咲いても広大な砂漠は直ぐに拐ってしまうだろう。
水やりを済ませたスチュースカは枝葉を切り分け、手作りのベッドの完成を急ぐ。
夜の砂漠は知らないが、雪の景色は見慣れている、ベッドを抱え夜道を歩く、砂の上は寝心地は良いが冷えからは守ってくれない
ポトフの甘い匂いが夜空を漂う、高く上がる煙に誘われ戻ると直ぐにグレーのダウンを羽織る、首には故郷の分厚いベターウルフの毛皮を巻き付け、冬のバザールで売っていたインディアン柄の手袋も付ける、万全の準備、あとは腹が減る。
「肉とは豪勢だね」
「特別に譲ってもらったんだ。黒豚のソーセージ、奴隷用にじゃない、スターク用さ」
「うまく、せしめてきたわけだ」
「さぁね」
トマトの酸味とコンソメスープの香りが混ざりあい嗅覚を刺激する。
「さて、もういい?」
「まだ」
バッグの中から黒パンが数個、食卓に加わった。
「美味しいよ、ありがとう」
硬いパンはスープを良く吸う。
「お嬢様の口にも合うのかい?」
「バカね、美味しいって言ってるでしょ?」
少し首を傾げる
「食べないの?」
「食材は全て一人分だ、僕は必要ない」
「一緒に食卓を囲うだけでしょ?」
「消化器官があるだけで本来僕は栄養を取る必要はないんだ」
「あんたの親は心を設計しなかったんだね」
「心は必要だと?」
「星を見上げてみなよ、心があれば綺麗に見える」
「気体が燃えてるだけだ」
「けれども不思議と人間はその光に惹き付けられる、あなたは俯瞰でしか見えてないからそんな感想がでる、果物の果汁と同じだよ、栄養は心なんだ」
「食べないと心は得られないと言いたいのかい?」
「そうかも。けど、単にあたしが一緒に食べたいだけかも」
「わかった。少し食べよう、君となら美味しさもわかるかもしれない」
二人は食卓を囲んだ、砂漠の星を見上げる、それはきらびやかに輝いていた。
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