マスターは営業を忘れない
寂れた風景は冷めたビールの味がする。
八百屋の商品棚の横で女はバッグの中で熟成した黄色をモグつく、背中には閉店の文字。
隣の白い肌を真夏の太陽が炙る、持たされたスーツケースが重そうだ。
「バナナの皮は最高にハイな気分になれるって噂知ってる?」
「何だって?」
「だからさ、薬を決めるより気持ちいいんじゃないかって話さ」
「…モンキーになっちまったのかい?マスター」
「バカ、モンキーはああ見えて頭がいいのさ、面はしらないけど」
「それで、どこへ向かうのかな?」
「どこさね。いや、分かってるんだ、そう手紙を見よう」
鞄の一番大事な部分に触れ、そこにある葉巻を取り出す。
サイドポケットからはしわくちゃになった手紙が出てきた。
「イーストレッジにて待つ」
「そこは…遠いね」
「近くに町がある、コーンスターチ」
「8日はかかる」
「荷造りを済まそう、足りる?」
四次元ポケットから六角に刻まれたダイヤ、純金の指輪、他にもゴロゴロと出てきた。
「城が一晩借りられる、けど残念、ここにそんな物はない」
「困ったね、備蓄も後少しなんだ」
「スタークならなんとかなるかもしれない」
「誰?」
「問屋さ、奴隷商のね」
「貧相なものでも食べさせる気?」
「文句で腹は膨れないよ、少しは我慢を覚えてくれ、お嬢さん」
「黙れ、オタク」
◇◇◇
喫茶のカウンター、店内にはふくよかとは程遠い痩せきった見た目の老婆、排気口に糞が詰まった者共が今日の天気の話をしている、側に仕える子供は灰皿代わりらしい。
「マスター、珈琲くれない?とびきりハッピーなやつ」
「当店には酸味とコクのモカ、統一されたブラジル、上品な香りのマンデリなどがあり…」
「もういいよ。私に合うのはないの?」
「そうですね、キリマンジャロなどはいかがでしょう、きっと気に入ります」
「それにしよう」
カウンターから洗練された所作でカップが音を立てることなく運ばれてくる。
一口、どうも泥の味は分からない
「珈琲の味だ」
マスターは営業を忘れない。
「1人、子供が行方不明でして、お客様は何かご存知ありませんか?」
「死んだよ、雨に撃たれて」
「…………」
「大丈夫、きっと空で羽を生やして待っているから」
◇◇◇
石畳の上は吐瀉物一つ落ちていない。レンタルオフィスは南の位置にある、昔の名残から街は直通に整備されている、西から歩いて
数キロ、東の方向はいつも葉巻の煙が漂っている、かの有名なエリック・ケーンが建てた建造物も終末感が漂う、2階に上がって、赤色のカーペットを踏みしめると部屋が見えてくる、今にも折れてしまいそうな細身の身体、カラー剤に侵された黒髪は光沢を保ちランタンの光を反射している、男は新聞の文字を追うのを止め、丸机に眼鏡を、ついで目頭を押さえる、つり上がった瞳と薄く淡い唇、男は眠るようだ。
西から東に歩くのを止めて、南に戻る、真っ白なペイントが荒廃した風景に目立つ、アートセンターの中には一つのペンがある、ペンにはこう刻まれている『1994年、ボスニアは殺風景』
「惹かれてるのよ」
絵師が口を開いた。
「誰に?」
「石に」
「石ころに惹かれてるって?よしてよ」
「捨てたほうが、いい、じゃなきゃ死に急ぐよ」
「水晶体にでも映った?」
「そう、悪いものが見える」
「冗談にしてよ。これは私が持ってなくてはいけないもの」
「なら人形は棄ててはダメ」
「優しいあなたは好きよ。わかったわ」
天使と悪魔の像が蛇を美味しそうに頬張った。
◇◇◇
兎は豆が好きなのかウイスキーが好きなのか、分かるには店に通わなくてはならない、しかし店はこことは違うどこか、可憐なウェートレスが絆を育む街にある。
「どうして着いてくる事にしたの?」
「邪道に進むと蛇が出る、聞いてみる事にした、人形を作った理由を」
「物を作るのに楽をしたい以外の理由があるの?」
「人ではないのならその前提もなりたたない」
「そうね、魂を作るなんて芸当、人様には到底できそうにない」
「僕は、ただ知りたいんだ、自分を」
彼女の口はまだ閉じている。
「生きているだけで無意味な人生におさらばを、さ」
「私は逢いたい、大切な人に、まずはそれから」
二人は杯を交わす
「君を見殺しにしたこと、怒っているかい?」
「怒っている?一生恨む、あなたにはその力があったし、多分、子供を助ける力だってあった。
私は分からない、理不尽なこの町も、子供を大切に思う気持ちがあるのに見捨てる決意をしたあなたも」
「運命線が見えるよ、君のは見えなかった、だから殺した」
「やっぱりイカれてる」




