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「ほら、ここだよ」


 深夜四時半。

 ボロいアパートの一室。

 そのドアの前には、猫背の少年と一匹の野良猫がいた。


 もう父親は寝ているだろうか。

 僕はドアを少しだけ開けて、中の音を聞いた。


「……よし」


 父親の怒鳴り声も、母親の泣き声も聞こえない。


「ここで静かにしてて。何か食べ物持ってくるからね」

「おう。よろしく頼むぜ」


 僕はツナを外に残し、靴を脱いで玄関を上がった。


 玄関に母親の靴は無かった。

 他に男でもできたのか、最近は家に帰らない事が多い。


 ビールの缶が散らばった床を歩き、台所へと向かう。


 ベタッと、足の裏に何かがへばりついた。

 きっとこぼれた酒かツバか鼻血か、そんなところだろう。


 冷蔵庫に手が届いたその時、ガジャリと音がした。

 汚れた片足を気にしたせいでバランスを崩し、足元の缶を勢いよく蹴ってしまったのだ。


 まずい。


 ガラガラと音を立てて、台所の壁に立てかけるように積まれてあった缶の山が崩れた。

 すごい音だ。


「うー……んだよ」


 父親の声だ。

 僕は息を殺した。

 が、リビングで酔いつぶれていたであろう父親が台所の僕に気付くのには数秒もかからなかった。


「んあー? 帰ってたのかあ」

「た、ただいま……」


 めんどくさいことになった。

 父親はフラフラと立ち上がると、壁にもたれながら台所へとやってきた。


「おい、うるっせえんだよこっちは寝てるんだからよお」

「ごめんなさい」


 普段はお前が夜中に暴れるせいで、僕は寝られないのに。

 なんて言えるはずもなかった。


 父親は、わずかに開いた冷蔵庫に気付いた。


「ああ? お前、何勝手に食おうとしてんだよ? 俺が稼いだ金で買ってんだから、勝手に手えつけてんじゃねえよ!」


 肩を掴んでグイと引っ張られ、台所から引きずり出される。

 ごめんツナ。

 きみのごはんはもう用意できないみたいだ。


 台所からはじき出された僕は、何かにつまづいて倒れた。


「いったぁ……」


 手をついたので頭は守ったが、腰と背中のあたりを床に強打した。

 まあ殴られるのに比べれば大したことは無い。


 僕は倒れたままで、ふと玄関へ続く廊下を見た。

 真横になった視界に、一匹の猫の姿が映った。


「ツナ……?」


 僕はツナを外へ残し、玄関のドアを閉めたはずだ。

 それがなんでここに?


 ツナは僕の顔の前まで歩いてくると言った。


「よう、リーチ。遅いから見に来たぜ」


 僕は首を起こして父親の方を確認する。

 酔っているからか、ツナの声は聞こえていないようだ。


 僕は小声でツナに話しかけた。


「ど、どうやって入ったの?」

「お前と同じようにさ」


 そう言ってツナは笑ったように見えた。

 そして僕に向かって尋ねた。


「で、俺のメシは?」

「ごめん、そこの冷蔵庫に入ってるんだけど」


 その時、父親がこっちを見た。


「ああ? おいなんだよその汚ねえ猫は……早く捨ててこい! 殺すぞ!」


 焦点は合っていないが、目は据わっている。

 泥酔した人間特有のキレ方だ。


「ツナ、もう逃げて。ほんとに殺されちゃうよ」

()()()があるじゃねえか」


 ツナは僕を無視してそう呟くと、尻尾を勢いよくグルグルと回した。

 その瞬間、ツナの身体がブワリと膨らみ始めたのだ。


「えっ」


 僕は目を疑った。

 ツナはみるみるうちに大きくなり、僕と同じくらいの背の高さになった。


「ツ、ツナ……?」


 ツナは壁をやや破壊しながら台所に押し入ると、呆気に取られている父親を頭からパクリと飲み込んだ。

 ツナの顎が動く度に、ガリリ、ゴキッと骨の砕ける音が聞こえる。


 ツナは咀嚼を続けながら台所から出てくると、缶の山を蹴散らしながらリビングに入り、丸くなって座った。

 口の端から赤い液体がボタボタと垂れている。

 その姿はもはや猫ではない。

 巨大な人食い虎、いや、虎の妖怪のような何かだ。


「ようリーチ。要らねえんだろ、()()


 僕は無意識に頷いていた。


 台所に目をやると、赤黒い水たまりができている。

 そこに父親はいない。

 僕の死にたい理由が、ひとつ消えたのだ。


 リビングに視線を戻すと、ツナは元の大きさに戻っていた。

 普通の猫と変わりない姿で、ツナは言った。


「まだ足りねえなあ。俺のメシ、まだある?」

「……あるよ」

「どこにある?」

「学校」


 学校で僕をいじめていたヤツら。

 それを見て笑っていたヤツら。

 見て見ぬふりをした教師共。


 目にもの見せてやる。

 お前らみんな、猫のエサだ。

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