『戦闘スキルがない無能はいらない』と実家を追い出されましたが、『解体』&『収納』の二重スキルは冒険者としては有能でした
私――ミーシャ・ハルヴェルトが生まれたのは、騎士公爵家であり、男女にかかわらず『騎士』になる運命にあった。
けれど、十歳前後で覚醒する『スキル』を得た時、私はその運命から外れることになった。
「『解体』と『収納』……それが、お前のスキルだったと言うのか?」
私の報告を聞いた父、グレイ・ハルヴェルトの露骨に落胆した表情は今でもよく覚えている。
騎士として求められるスキルは、『剣術』や『魔法』に関わる、いわゆる『戦闘スキル』が主流であった。
もちろん、私が会得したスキルでも騎士になれないことはないが、それは前線で活躍する騎士ではなく、後方支援という立場にしかなれない。
それでも騎士になるものだと思っていた私が、十五歳になった日に、
「ミーシャ、当面の生活費は渡すから、お前は自由に生きなさい」
そんな言葉を言い渡された。
――グレイの言葉は、騎士になったとしても活躍できないだろう私に対して思いやるようにも思えるが、以前に『戦闘スキルがない無能など、やはりこの家には不要か』と書斎で話していたことを聞いてしまったことがある。
あの時は正直言って悲しかったけれど、確かに騎士として活躍できないだろう私は、無能と呼ばれても仕方ないのだ、と心のどこかでは受け入れていた。だから、
「分かりました、父上。今まで育てていただき、ありがとうございます」
私は涙をこらえ、父の言葉を受け入れる。
この日――ハルヴェルトの名を捨てて、私はミーシャという一人の人間として生きることになった。
ハルヴェルトの姓を、きっと名乗ってはほしくないだろうと、理解している。だって、その姓は騎士公爵家のものなのだから――多くの者は、きっとその名を聞いただけで、私のことを思い出すだろう。
私にあるのは、幼い頃から続けてきた剣術と、『解体』と『収納』という二重スキル。
実はスキルと二つ持つということ自体は珍しいらしく、だからこそ二つのスキルが『戦闘系』であったのなら、どれほど騎士に向いていたことだろうか。……こればかりは、考えたところで仕方ない。
当面の生活費は与えられたけれど、何か仕事をしなければ生きていくことはできない。
王都で仕事をするのは憚られたので、私は馬車で数日ほど離れたところにある、『ガリウェイ』という町に降り立った。
そこは冒険者も多く存在しているところで、培ってきた剣術を生かすならば、と辿り着いた結論であった。
正直不安で胸をいっぱいにしながら、私は冒険者ギルドの支部に入る。屈強な身体つきをした男の人に出くわし、目を丸くしながら、私はそそくさと受付の方へと向かった。
「こ、こんにちは」
「こんにちは。初めて見るお顔ですね」
受付の女性は笑顔で言う。
もしかして、ここに来る人の顔は全員覚えているのだろうか。
「あ、はい。えっと、冒険者になりたくて、来たんですが」
「希望者の方ですね。では、ここにお名前を記載ください」
促されるままに、簡素な紙切れに私は『ミーシャ』と名を書き込む。姓を書く欄は空白にして、受付の女性にサッと戻した。
「ミーシャさんですね。冒険者のお仕事についてはご存知ですか?」
「依頼を受けて、それをこなしていくんですよね?」
「簡単に言うと、そうですね。冒険者には『E』から『S』までランクがございまして、そのランクに応じた依頼を受けられるシステムになっております。この点については、ランク相応でなければ依頼を達成できない可能性が高いためですね」
依頼に応じたランクを受けられるシステムというのは、やはり理にかなっているのだろう。
Eランクの冒険者が、いきなりSランク相当の仕事を受けたとして、成功した試しがない、というところか。
私自身、いきなりそんな危険なことをするつもりはない。
「では、Eランクの冒険者になるために、試験を受けていただきますね」
「え、冒険者にも試験ってあるんですか?」
「それはもちろん。試験と言っても、低級の魔物を狩っていただき、その素材を納品していただくだけです。今回は、『フォレスト・ボア』の討伐と、素材の納品を試験とさせていただきますね」
「……分かりました」
「では、『フォレスト・ボア』は南の門を出て、左の方に見える『カラベタの森』に生息しています。森の入口付近にいますので、五匹分ほど狩ってきてください」
受付の女性の言葉に頷き、私は冒険者ギルドを後にした。――初めてのお仕事というか、お仕事を得るための第一歩。
まだ、私は冒険者としてのスタートラインにすら立っていない。剣術について身にはついているはずだが、実戦は初めてだ。
さすがに、緊張していないと言えば嘘になる。
けれど、決意新たに町を出て、私は言われた通りに『カラベタの森』を目指した。
道中にも魔物の姿はあったけれど、この町の近くには冒険者が多いこともあってか、危険な魔物は姿を見せない。
基本的には、そこらに生える植物を食すだけの害ものが多かった。
それでも、緊張感を持って私は森へと向かう。
言われた通り、森の入口付近には『フォレスト・ボア』がいた。
全身がそれこそ『森』のような毛に覆われていて、一見すると草木が動いているよう。
けれど、立派な牙が二本生えている――これを五匹、狩らなければならない。
「……よし」
私はまず、近くにいる小さな個体に目を付けた。向こうも私の姿に気付くと、すぐに警戒態勢に入る。
そして、こちらに向かって勢いよく駆けてきた。
「……っ」
恐怖で目を瞑りそうになるが、私は必死になった。冒険者入門の魔物すら倒せなかったら、私の剣術の訓練すら、全て無駄になってしまう。
魔物の動きをよく見て、冷静に対処した。
真っ直ぐ向かってくるだけの単調な動きで、私はそれに合わせてステップで回避すると、剣による一撃を加える。
「グゥ……ッ!」
「当たった……!」
喜んでいる場合ではない。すぐに振り返り、次の攻撃に備える。
傷は浅かったようだが、出血は十分で、『フォレスト・ボア』が怒っていることが肌に伝わってきた。
再び、勢いよく私に向かって駆けてくる――今度は、眉間に向かって一撃を放った。
「――ッ」
勢いのまま、『フォレスト・ボア』が倒れ伏す。
わずかに身体を震わせた後、そのまま動かなくなった。
「ふっ、ふっ――や、やった?」
息を整えながら、私は初めて魔物を殺した感触を手に覚えつつ、確認のために近づいた。
剣先で突くが、『フォレスト・ボア』に動きはなく、死んでいる。
「……やった!」
思わず、小さくガッツポーズをした。
「……そう言えば、素材を持って帰る必要があるみたいだけど、どれくらい必要なんだろう?」
量について聞いていなかったが、普通に持ち帰るとすれば、牙一本でもそこそこの大きさだ。――とはいえ、肉だけでは素材と言えるのか分からない。
「あ、私にはスキルがあるじゃん」
そこで気付く――『解体』と『収納』のスキル。
実のところ、『収納』のスキルは時々使っていたけれど、『解体』は使ったことがない。
特別使う機会がなかった、というところだが、『収納』のスキルがあれば、これくらいのサイズの魔物は簡単に持ち運びができる、便利なものだ。
では、もう一つの『解体』はどうだろうか。
「『解体』」
手の甲に浮かぶスキルの『模様』が浮かび上がり、発動する。
すると、ポンッという音と共に――『フォレスト・ボア』は文字通り綺麗に解体された。
「お、おお……?」
呆気に取られた声を漏らしてしまう。
綺麗に加工された、まるで商品のような肉塊や、切り分けられた内臓。骨はそのまま、どこかの博物館に飾られているかのようであった。
これが『解体』スキル……もしかして、結構すごいのかもしれない。
そして、もう一つのスキルである『収納』を使えば、そこに魔物がいたとは思えないくらい、綺麗に片付いてしまった。
『フォレスト・ボア』は問題なく狩れそうだし、このまま残りの四匹も狩って戻ろう。
そう決意して、数十分ほどで依頼分を達成。『解体』と『収納』で綺麗に納めて、私は帰路に着いた。
初めての仕事――ではないけど、一先ず冒険者としての第一歩は成功した。
私の剣術は最低限通用するし、このスキルがあれば楽に素材も持ち帰れる。……まあ、逆に言えば剣術が通じるまでの相手しか対応できない、ってことになるけれど。
冒険者ギルドに戻って、私は受付の女性に試験を達成したことを伝える。
「あの、試験達成しました!」
「おお、お早いですね、ミーシャさん――って、素材はどこです?」
「あ、えっと、『収納』のスキルで格納してまして」
「! 『収納』スキルですか。冒険者のスキルとしては、有用なものをお持ちですね」
やはり、『収納』はいいスキルみたいだ。
「では、素材の方を出してもらえますか?」
「はい! とりあえず、収納したもの全部出しますね」
そう言って、私は『解体』したものを全部取り出した。
「……は?」
その瞬間、受付の女性は目を丸くする。
一瞬、何かまずいことをしてしまったのかと怯えた。
「す、すみません。いらない素材とか、あったでしょうか……?」
「い、いえ、これほど綺麗に加工された素材を、それも短時間で大量に……一体、どうやって?」
「え、『解体』スキルがあるので、それを使った感じです、よ?」
「! まさか、『二重スキル』持ちですか。それも『解体』と『収納』とは……近年稀に見る逸材が来たようですね」
「い、逸材……?」
「おいおい、聞いたか? 『解体』と『収納』の『二重スキル』だってよ。パーティに一人はほしい最強の組み合わせじゃねえか」
「……!?」
気付けば、ギルド内にいた冒険者達の視線は、全て私に集まっていた。
「片方だけでも結構珍しいレアスキルなのに、それを両方とはね」
「しかも『解体』の方は質がいいし、『収納』も『フォレスト・ボア』を五匹分収納できるとは」
「今度、声掛けてみるか。いや、でも取り合いになるだろうしなぁ」
「え、え……?」
一人、困惑する私をよそに、ギルドでは私の話題に持ち切りになっていた。その日から――冒険者の間では、『とんでもない新人が現れた』と言われるようになる。
そして、色んな冒険者から毎日勧誘を受けるようになって、想像以上に忙しい日々を送ることになった。
どうやら私は――騎士としては無能だったみたいだけど、冒険者としては有能だったらしい。
真面目?なスキル系ってあまり書いたことがないので書いてみました!