俺の書いたネット小説に毎回アンチコメントを書き込んでくる奴の正体が学園一の美少女だった件
そのコメントを見て、俺は一人ため息をついた。
『冴えない主人公が異世界に行って、最強のスキルを手に入れてハーレム作るとかきもすぎだろwww きっと作者はこの小説の主人公みたいな冴えない陰キャオタクなんだろうなwww 自己投影した主人公に俺TUEEEさせて、うまくいかないリアルの鬱憤晴らし。なんと惨めな人生か。プククッ、同情しちゃうよwww』
――投稿者:学園一の美少女JK
まーた、こいつか。
書かれた感想を消してやろうか、と毎回思うが、消したら奴の感想を俺が気にしているように思われる。それは嫌だった。
だから、消さない――いや、消せない。
それにしても、この『学園一の美少女JK』とやらは、一体どんな人物なんだろうか?
JK(女子高生)などと自称しているが、おそらく冴えない中年のおっさんだろう。きっと、このコメントは自身にも当てはまるのだ。アンチコメントを書き込み、鬱憤晴らしをしている冴えない陰キャオタク。
大体、『学園一の美少女JK』ってなんだよ。本物の美少女JKはこんなクソコメントばかり書かないだろうし、主人公最強異世界転移モノのネット小説なんて読まない(いや、それはわからないか)。
「クッソ。腹立つなー」
呟きながら、時計を見る。
そろそろ、風呂に入って寝なければ。明日も学校だ。
熱い湯舟につかってリフレッシュしよう。アンチコメントを気にして腹を立てるなんて馬鹿げている。考えるのをやめる。
「お兄ちゃーん。お風呂あいたよー」
「わかった」
妹に返事をすると、俺はパソコンをシャットダウンした。
◇
『作家になろう』という小説投稿サイトがある。
国内有数の小説投稿サイトであり、人気の出た小説は書籍化――ものによってはアニメ化――もされている。様々なジャンルが投稿されているが、特に人気なのはファンタジー。それも、『主人公最強』かつ『異世界転移』または『異世界転生』モノである。
俺もここで小説を投稿している。
小説家になりたい、と強く思っているわけではない。ビジネスではなくて趣味としての投稿。けれど、人気が出て書籍化の話が来たら嬉しいな、とは正直思っている。
今のところ、書籍化の話は来ていない。
俺の書いた小説はそこそこの人気を得ている。それはつまり、書籍化されるほどではないが、最新話を投稿すれば感想がいくつかもらえる、といったところ。
大抵は最新話の内容について褒めてくれたり、疑問点を尋ねられたり、面白かったです、と言ってくれたりなのだが、こんな俺にも『アンチ』と呼ばれる存在がいる。
まあ、『いる』と言っても一人だけなのだが……。
それが『学園一の美少女JK』だ。
奴は、俺が現在執筆している『異世界転移したら俺が最強だった件について~マイナスから始まる無双ハーレムスローライフ~』よりも前、確か前作の『グロス・サーガ』の途中から活動を開始した。
『グロス・サーガ』は俺が思う王道のハイファンタジー小説を書いてやろう、というコンセプトで書き始め、25万文字ほどで完結した。この作品に対しての奴の感想は『単純につまらない』から始まり、『話が迷走している』『とりあえずキャラを殺しておけばいいと思ってるだろ』などなど、どんどん文量と罵倒のレパートリーが増えていった。
そして、今作『異世界転移したら俺が最強だった件について~マイナスから始まる無双ハーレムスローライフ~』は第一話を投稿した瞬間、『タイトルが流行りの要素ごちゃ混ぜ(苦笑)。もっとオリジナリティあふれるタイトルにしろよ』などと書かれた。
これについては、まあ正当性のあるコメントだったので、何も言えずに『ぐぬぬ……』と唸っていたが、第二話からは『作家になろう小説の最底辺』や『テンプレ展開すぎる。お前の頭はミジンコかよ』や『語彙が貧弱。小学生だってもう少しはまともな文章書くよ(笑)』や『こんな魅力のない主人公に惚れる女なんていねえよ。リアリティーなさすぎ。作者は彼女できたことないんだろうなwww』などなど怒涛の罵倒が襲い掛かってきた。
しかも、投稿してすぐにそれらの感想が書かれるのだ。残念なことに、毎話感想をくれるのは奴だけであり、誰よりも早く書いてくるのだ。もはや、アンチではなくファンなのでは、と思うこともある。
とはいえ、アンチコメントは読んでいて気分がいいものではない。だったら読まなければいいじゃないか、と思うかもしれないが、たまに的を射たコメントをするのだから無視できないのだ。それに、他の感想は全部読んでいるのに、アンチだけ読まないというのは、俺の主義に反している。
学園一の美少女JK――こいつの正体を知りたいとは思うが、きっと知ることは一生ないのだと、そう思っていた。
◇
朝早く目が覚めた俺は、学校に行く前に小説を一話書いて『8:00』に予約投稿した。もう一話書こうかとも思ったが、話が思いつかなかったのでやめて、いつもより早く学校に行くことにした。
いつもより早い時刻の電車は、空いていて心地よかった。最寄り駅で降りると、学校までの道のりをのんびりと歩く。
学校につくと、1年1組の教室へと向かった。
誰もいなかったら職員室まで鍵を取りに行かなければならないのだが――教室のドアの鍵は開いていた。
ガラガラ、とドアを開ける。
「おはよう」
「おはよう」
教室でスマートフォンをいじっていたのは、学園一の美少女ともっぱらの評判の姫野雪奈だった。
姫野はただ美人というだけではなく、勉強もできて(前回のテストは学年一位だった)、運動もできて(しかし、彼女は帰宅部だ)、おまけに性格も良い(本当かどうかはわからないが)。超人みたいなやつだ。
俺は机の上に鞄を置くと、椅子に勢いよく腰かけた。
俺のすぐ後ろの席が姫野の席である。彼女の前後左右の席になった奴は、クラスの男子からうらやましがられる。
「早いね、麻見くん」
声をかけられた。後ろを振り向く。
「姫野こそ早いな。いつもこの時刻には来てるのか?」
「うん。私いつも一番に来るの。そして、誰もいない教室でゆっくりと――」
「ゆっくりと?」
「……読書するの」
「へえ。そうなんだ」
読書?
しかし、姫野はスマートフォンをいじっていた。ということはつまり、スマートフォンで読書をしているということか? だが、いわゆる電子書籍だったら、スマートフォンではなくタブレットで読む可能性が高い。とすると、もしかして姫野もネット小説とか読んだりするのだろうか?
とても、気になった。
「なあ、姫野」
「何かな?」
「姫野ってネット小説とか読むの?」
尋ねてみると、姫野は柔らかな微笑みを固めて、
「……え?」
と、言った。
「どうして、私がネット小説を読んでいる、と……?」
「あ。その回答……読んでるんだ」
「え、あ……うん。まあね」
しまった、といった表情を一瞬だけ浮かべていたような気がするが、これははたして俺の見間違いだったりするのだろうか?
「どういうジャンルの小説、読んでるの?」
「異世――じゃなくって、恋愛モノ、かな?」
「かな?」
「恋愛モノ、だよっ!」
姫野は訂正した。
「そうなんだ。俺、恋愛小説ってほとんど読まないんだよね。面白いの?」
「クソつま――いや、とっても面白いよ。うん」
「そっか。俺は異世界モノを読むことが多いな」
「知ってる」
「知ってる?」
知ってるって……どうしてそのことを知ってるんだ?
俺が鋭い視線を向けると、姫野は目を微妙に逸らしながら、
「いや、男子ってそういうの好きじゃない。だから、麻見くんもそうなんじゃないかって思って……」
「なるほど、推測ね」
「そう、推測」
そこで会話が途切れて一瞬、微妙に気まずい沈黙が流れた。それを破壊したのは、姫野のスマートフォンのバイブレーションだった。
「あ」
顔がいささか青くなっているような気がする。何かの通知が来たんだと思う。でも、どうして通知で慌てなければならないんだろう?
そこで俺は、ふと時計を見た。
時刻は――8時ジャスト。
そういえば、『異世界転移したら俺が最強だった件について~マイナスから始まる無双ハーレムスローライフ~』の最新話、8時に予約投稿したんだっけ。
俺はスマートフォンを取り出すと、作品の感想欄を見た。まだ感想は書かれてない。一話2000文字前後なので、3、4分あれば読むことができる。そして、感想を書く時間を含めても5分前後。
しかし、奴は――学園一の美少女JKは、読むのも書くのも早い。最新話を投稿してから1分後には感想がついていることだってある。平均して3分後には感想が――アンチコメントが書き込まれている。
5分待ってみた。
しかし、感想は書かれていない。
どういうことだ? いつもいつもいつもいつも、奴はすぐに罵倒してくるというのに……。早さ的に、奴が通知を『オン』にしていることは間違いない。
もしかして、体調不良で俺のしょうもない小説なんて読んでいる余裕がないのか? それとも、仕事などの予定が急に入ってしまったのか……?
あるいは――。
「ちょっとトイレに行ってこようかなー」
俺は独り言を言うと、席を立った。
ドアを開けて教室を出て、トイレを行く振りをして、ドアの窓から教室を覗く。
普通に考えて、まずありえない。ふと思いついたある推測が当たっている可能性は万に一つあるか、ないか……。
しかし、どうも気になったのだ。
姫野の喋りの不自然さ、8時ちょうどになんらかの通知が届いた、そしていつもなら来ているはずのアンチコメントが来てない。そこから導き出されるのは――。
姫野がスマートフォンを高速スクロール――からの、文字の打ち込み。
再度、感想欄を見てみる。
『誤字脱字が多すぎ。寝ぼけて書いたのか? 小学生だってこんなミスしねえよ。作者は幼稚園児なのかwww?』
がらがらがら、と勢いよくドアを開ける。
「ト、トイレ行くの、早くない?」
姫野は動揺しつつも、きわめて自然な動作で、スマートフォンを制服のポケットに入れようとする。
俺は大股で近づくと、姫野の手首を掴んだ。
「え、なに?」
スマートフォンを取り上げる。
「ちょっと! 何するの!?」
抗議の声を無視して、スマートフォンの画面を見る。
――感想の送信完了の画面が表示されていた。
「うぅっ……」
「やはりな」
俺はにやりと笑いながら、姫野に言うのだった。
「姫野、お前が『学園一の美少女JK』だったんだな」
◇
「ぐううぅっ……」
姫野は髪をぐしゃぐしゃ掻き乱しながら唸った。
しかしやがて、すべてを諦めたかのように首を振った。
「そうだよ。私が『学園一の美少女JK』だよ」
「自分でそれを言うのか……」
「だって実際、この学校で私以上の美少女なんていないし」
清々しいまでのナルシシズム。
……いや、単に事実を述べているだけなのか? この学校の生徒全員に『誰が学園一の美少女ですか?』と尋ねたら、きっと大半の生徒が『姫野雪奈です』と答えるだろう。そして、悔しいことに俺もそこに含まれる。
やれやれ。
「どうして、俺の作品にアンチコメントするんだ?」
「……麻見くんが『作家になろう』で小説を書いていることを知ったのは、5月のよく晴れた日のことだった――」
なんか長々としたモノローグが始まりそうな予感。
「私がお手洗いに行こうと立ち上がったとき、麻見くんのスマホの画面が見えたの。『グロス・サーガ』の感想欄だった。それを見て笑みを浮かべているということは、これは彼の書いた作品に違いない、と私は推理した」
「推理ってほどのものじゃないと思うけど」
「その日、私は家に帰ると、ネットで『グロス・サーガ』を検索してみた。出てきたのは中二病をこじらせたようなペンネームの人が書いた、つまらなそうな小説」
「中二病で悪かったな」
「私は早速『グロス・サーガ』を読んだ。そして、そのつまらなさに激怒した私は、『作家になろう』のアカウントを作って、感想を書いた」
それが、始まりだったわけか……。
しかし、どうして彼女は俺に粘着するようになったのか……?
「次の日、学校に行くと、麻見くんは友達に愚痴ってた。『つまらないって感想をもらって悲しい』ってね」
そういえば、そんなことを言った気がする。
今まで好意的な感想しかもらってなかったから、少しだけとはいえ否定的な感想をもらってショックを受けたのだ。耐性がまるでなかったから、今より遥かに大きなショックを受けたのを覚えている。
「友達に愚痴ってた麻見君の顔は心底悲しそうで、その顔を見て私は……私は……」
そこで姫野は両手で顔を押さえ、はあはあ、と息を荒くした。顔が朱に染まっていくが、それは照れというよりも狂気だった。
「――とっても興奮した」
「うわ、ヤバい奴だ」
「私は、人生で初めて人を好きになった」
姫野はさらっとそんなことを言った。
「……え?」
学園一の美少女が俺のことを好きだと言っているのに、俺は嬉しいという気持ちよりも、まず初めに困惑した。
「私の頭の中は、麻見くんの悲しむ顔でいっぱいだった。もっともっと見たかった。麻見くんが悲しむ顔や怒る顔を」
「……だから、粘着して毎回のようにアンチコメントを書いたのか?」
「うん」
姫野は一切の悪気なく、天使のような笑顔で頷いた。
人は見かけによらない。文武両道、性格もいい(と思われている)美少女が、こんな歪んだ性癖(?)を持っているだなんて……。
「でも、もう終わりだね……」
姫野は寂しそうに俯いた。
「すべてが、白日の下に晒されてしまったのだから……」
ゆらり、と亡霊のように立ち上がった。
それから、窓のほうへとゆっくりと歩き、鍵を開けて窓をがらりと開ける。教室に入ってきた風が、姫野の長い髪を揺らす。
「今度から、私が感想を送っても、麻見くんは『まーた姫野のやつか。やれやれ』って思うだけ。もう悲しんでも、怒ってもくれない……」
だから、と身を乗り出す。
「私……私……」
「よせっ! やめろっ! 早まるな、姫野っ!」
俺は叫びながら、姫野のもとへと走り出した。
間に合え……間に合え……!
姫野はくるりと振り返って、ひまわりのような笑顔で言った。
「私、今度から麻見くんに直接感想言うね!」
いや、飛び降りるんじゃないんかいっ!
◇
「ねえ、麻見くん。連絡先交換しようよ」
と言われたので、連絡先を交換した。
学園一の美少女から『連絡先交換しよう』と言われる。それはとても栄誉なことだし、他の男子にバレたら、羨ましがられるか嫉妬されるか、もしかしたら命を狙われるかもしれない。
それほどのことなのに、俺は素直に喜べなかった。
なぜかと言うと――。
「どうせ、電話で罵倒するんだろ」
「まさか。そんなことしないよ」姫野は否定した。「電話だと麻見くんの顔見えないじゃない。さっきも言った通り、きちんと直接言ってあげるからね」
「やめてくれ」
「やめない」
姫野は意地悪く微笑んだ。
俺たちが話していると、クラスメイトたちが教室に入ってきた。普段、それほど喋らない俺たちが仲良くお喋りしているので、彼らは驚いていた。
こいつらは本当の姫野雪奈を知らないんだ。
表層の性格の良い姫野しか知らないクラスメイトをうらやましく思ったが、同時に彼女の歪んだ本性を俺だけが知っている、というしょうもない優越感を抱いたりもしてしまった。
やれやれ。
どうやら、俺は姫野に魅入られてしまったようだ。
◇
「ねえ、麻見くん。一緒にお昼ご飯食べない?」
四時間目の授業が終わった瞬間、後ろの席の姫野がそんなことを言ってきた。
普段、俺はクラスの友人何人かと一緒に昼食を食べている。それは姫野も同じで、近くの席の姫野の友人がきゃあきゃあ言っている。
「一緒に? いや、でも――」
――友達と食べるしな。
俺が断ろうとすると、
「おい、麻見。いつの間に姫野さんと仲良くなったんだよ」
「うらやましい限りだぜ」
我が友たちは、『姫野さんからの誘いを断るなんてとんでもない』と、俺を優しく送り出してくれた。友人が学園一の美少女と仲良くしているのに、これっぽっちも嫉妬したりしない――聖人じみた奴らだ。俺は友人たちに対する評価を二段階ほど引き上げた。
「屋上行こ」
姫野は俺の手を握ると、屋上へと引っ張っていった。
やけにフレンドリーだなあ、と思ったが、そういえば朝話したときに『俺のことが好き』と、さらりと告白していたな。でも、『私と付き合って』とはまだ言われてない。
屋上に行くと、フェンスにもたれるようにして二人並んで座った。傍から見るとカップルにしか見えまい。
だが、どうだろう? 俺と姫野は釣り合っているのだろうか? どう見ても釣り合っているとは言い難い。そもそも、姫野のような美少女と釣り合うような男子など、この学校には一人もいないのだ。だから、俺が卑屈になったりする必要はないのだ。
「ねえ、麻見くん。『異世界転移したら俺が最強だった件について~マイナスから始まる無双ハーレムスローライフ~』の次話投稿って――」
「ちょ、ちょっと!」
俺は慌てて、姫野の口を塞いだ。
「俺、小説を書いてるってこと、誰にも言ってないから、その話題は――」
「つまり、私と麻見くんだけの秘密ってことだね?」
「まあ、そういうこと」
秘密ってほどのことじゃないけれど。
「だから、人が多いとこや大きな声では言わないでくれ」
「わかった」
頷くと、姫野は膝の上で弁当を開けた。
かなり凝っている手作り弁当だ。こういう言い方はおかしいのかもしれないが、かわいらしい女の子っぽい弁当。俺の弁当とは天と地ほどの差がある。ちなみに、俺の弁当は白米の上にかつお節と海苔がぺたりとはってあるだけのシンプルなのり弁。
「それ、お母さんが作ったの?」
「ううん。自分で作ってる」
「ははあ。それはすごいな」
逆立ちしたって、俺ではこんな弁当は作れない。
ちなみに、俺ののり弁は姉貴がささっと作ったものだ。決してクオリティーが高いとは言えないが、作ってもらってるので文句など言えない。
「タコさんウインナーあげる」
箸でタコ頭をつまむと、俺の口元へと持っていった。
「そんな、恋人みたいな……」
俺が拒否しようとすると、姫野は頬を膨らませて、
「恋人じゃないと、食べさせてあげるの駄目なの?」
「いや、そんなことはないと思うが……」
ごにょごにょごにょ、と小さく言う。
「だったら、付き合っちゃう?」
「え」
「返事は今すぐには求めないから」姫野は言った。「でも、近いうちに聞かせてほしいな」
「それ、本気?」
「本気」
姫野はそう言うと、迷った挙句、タコさんウインナーを自らの口の中に放り込んだ。
◇
夜。
俺は『異世界転移したら俺が最強だった件について~マイナスから始まる無双ハーレムスローライフ~』を一話書きあげると、『作家になろう』に投稿した。
10分ほど待ってみるが、『学園一の美少女JK』こと姫野雪奈からの感想は来ない。まあ、そりゃそうか。風呂に入ろうと思い、スマートフォンをベッドに置こうとした、そのとき――。
ぶるぶるっと震えた。着信。姫野からだった。
嬉しいような怖いような、複雑な気分で通話ボタンを押す。
『あ、もしもし。夜分遅くに失礼いたします。姫野です』
「……なんだよ?」
『最新話読んだよ』
「あ、そう」
『相変わらずクソつまらなかったよ。具体的な感想は明日、直接話すね』
プツリ、と電話が切れた。
『夜分遅くに失礼いたします』という丁寧な入りから、『クソつまらなかった』と軽く批判して、俺が何か言う前に電話を切る。
やはり、ヤバい奴だ。
正直、むかつくのだが、俺は『ヤバい奴』というのが案外嫌いではなかったりする。姫野の極端な二面性にノックアウトされかかっている自分がいる。
学園一の美少女に告白されて、付き合うかどうか迷っている――とてもぜいたくな悩みだ。
『作家になろう』に小説を投稿した結果、美少女な彼女ができる。もしかしたら、これは作品の書籍化よりも喜ばしいことなのかもしれない。
俺は姫野雪奈のことが嫌いではない。彼女のことが嫌いな男子はおそらくいないし、女子だって大抵は好意的だ。彼女が人気者だから嫌っている女子も多少はいるだろうが、それも純粋な嫌悪ではなく、嫉妬の類である。
俺が姫野に対してネガティブな感情を抱くとしたら、それはやはりアンチコメントの件である。それしかない。
しかし、それも『学園一の美少女JK』を自称するおっさんが俺のアンチをしていると思っていたのだからむかつくのであって、本当に『学園一の美少女JK』だと話は別だ。これはおっさん差別ではない。
おっさんだって、アンチの正体が俺みたいなただの男子高生か、美少女女子高生かでは、同じ感想でも抱く思いは天と地ほどの差だろう。
俺は風呂に入って湯舟につかりながら、明日の『感想』について思いをはせるのだった――。
◇
朝、学校に登校したのは昨日よりも遅い時間――つまりはいつも通りの時間だったので、教室に入ったときには姫野以外にも生徒が何人かいた。
「おはよう」
「おはよう」
さすがにあった瞬間に罵倒はしてこなかった。人が多いところでは小説の話題はやめてくれ、と言っておいたからだろう。その約束を破るほどのサディストではないらしい。そもそも、いわゆるサディストというわけではないのか。
ただちょっとだけ歪んでいる。変わっている、と言い換えることもできなくはない……のだろうか?
「今日もお昼ご飯、一緒に食べようよ」
「まあ、いいけど……」
「そのときに、感想言うね」
くすっと姫野は笑った。天使のようにも悪魔のようにも見えた。
「……」
「あ、それと……返事も聞かせてね。……まだ決まってない?」
「いや、決まってる」
「よかった」
俺たちの会話を盗み聞きしている者が何人か。聞き耳を立ててることくらいわかってる。……そんなに気になるのだろうか? 俺が思っている以上に、俺たちの関係性にみんな興味津々というわけか。
「やれやれ……」
口癖のように俺は言った。
姫野は小首を傾げて「?」といった顔をした。ヤバいくらいにかわいかった。
◇
そして、昼休み。
昨日と同じく、屋上に行くとフェンスにもたれるようにして二人並んで座った。弁当を開けようとすると、姫野が人差し指で俺の頬をつんつん突いてきた。
「まずは返事を聞かせて」
「付き合おうか」
「うふっ、うふふ……」
破顔一笑。
それから、弁当を開けると、
「タコさんウインナーあげる」
昨日と同じように、箸でタコ頭をつまむと、俺の口元へと持っていった。
「そんな、恋人みたいな……」
俺も昨日と同じ返答をする。
「もう恋人同士じゃない」
そう――つい十数秒前、俺と姫野は恋人同士となった。だから、恥じらう必要なんてない。堂々とすればいい。
俺が口を開けると、姫野はタコさんウインナーを放り込んだ。
もぐもぐ……うまいっ!
「これからは、私のこと名前で――『雪奈』って呼んでね。私も麻見くんのこと、『拓海くん』って呼ぶから」
「……雪奈」
「なぁに、拓海くん?」
「呼んでみただけ」
やれやれ、これじゃまるでバカップルじゃないか。この勢いだと、人前でキスしたりする日もそう遠くないのかもしれない。
雪奈は温かいお茶を一口飲むと、
「さてと。それじゃあ、拓海くん――『異世界転移したら俺が最強だった件について~マイナスから始まる無双ハーレムスローライフ~』の今回の感想なんだけどね……」
屋上を見回してみたが、幸か不幸か俺たち以外に誰もいない。
誰もいないのでバカップル的な行いは誰にも見られずに済んだのだが、代わりに今まで文章だったアンチコメントが直接、かわいらしい声で紡がれる。
「まず一言いうとゴミだった。ゴミ。粗大ごみ。主人公の行動原理が意味不明だし、新ヒロインも惚れるの早すぎ。これさ、ハニートラップ? それか、主人公のチートスキルで洗脳されてたりするの?」
「ハニートラップでも洗脳でも……ないです」
「ふうん。あ、それと前々から思ってたんだけど、ヒロインさすがに多すぎじゃない? ハーレムが好きなのはわかるけどさ、やりすぎだと思うな。こんなにヒロインいたら、各ヒロインにフォーカスを当てるのも大変だし、どいつもこいつも印象が薄っぺらいんだよね。キャラもとってつけたようなツンデレとか天然だしさ」
「ぐぬぬ……」
「あと最後に、性描写キモい」
「……ううっ……ううう……」
文章で書かれるよりもずっとずっと心に突き刺さる。どうして恋人にここまでボロクソに言われなくてはならないのか。俺はマゾヒストじゃないぞ、多分。
俺は泣きそうになった。というよりも、半ば泣いていた。
そんな傷ついた俺を見て、雪奈は頬を朱に染めながら、
「でも、そんな小説を書く拓海くんのことが私は大好きです」
そう言って、泣いている俺を慰めるかのようにハグをした。それからさらに、俺の頬に優しくキス。
初めてのキスは――ほろ苦かった。
「じゃ、お弁当の食べさせあいしよっか」
「俺の弁当、今日も姉貴のつくったのり弁なんだけど」
「私、のり弁好きだよ。はい、あーん」
「……あーん」
こうして、俺と雪奈はバカップル街道を驀進するのだった。
その後、俺と雪奈が付き合い始めた話が学校中に拡散され、姫野雪奈ファンクラブの面々に命を狙われることになったり、俺の書いた小説のファンが、クラスにいることが判明したり、『学園一の美少女JK』に代わる新たなるアンチが感想欄に発生したり、と様々な事件が発生するのだが、それはまた別の機会に。
ちなみに、雪奈は相変わらず俺の作品のアンチであり、それは今後一生変わることはないそうだ。やれやれ。