偽物の僕が偽物の君を本物に戻すまで
魔女は言った。
「やめてあげてもいいのよ。お前がそこであたくしに跪き許しを乞うならね。できるかしら、プライドの高いお前に? たかがその小娘一人のために」
僕には出来なかった。
プライドか。否定はしない。僕は魔女に勝てる自信があった。負ける気なんて微塵もなかった。僕は敢えて戦いを挑んだ。
だから。
夢にも思わなかった。
負けるなんて。
逃げるなんて。
魔女は笑った。
「あたくしの計算に間違いはないのよ。お前だってただの駒に過ぎない。逃げても無駄だと解っているでしょう。あたくしの可愛いお人形さん」
僕は必死にその場を逃げ出した。
森の中を走る。
小さな少女を抱えて。
僕の人生はずっと灰色だったのに、君に出会って眩しいほどに色鮮やかになった。
魔女に造り出された僕は、魔女の言うことにただ従うだけの下僕だったのに、君に出会って自我が芽生えた。
君の美しい金髪と青い瞳が頭から離れなくなって、僕は魔女の呪縛から解放されたくなった。
僕は、魔女から自立することにした。
「できるものならやってごらんなさい。あたくしに逆らえる者などいないのよ」
魔女がパチンと指を鳴らすと、突然目の前に人間が現れた。
「ルアン!」
名を呼ぶと、ルアンは僕を見た。僕が愛した君は、囚われの身になりながらも、僕の身を案じてくれる。
「グレイ。心配ないわ」
ルアンは微笑んだ。
「よく笑えること。お前の所為で、目の前で家族を奪われたというのに」
魔女の言葉に怒りが沸き起こった。魔女は自分の思い通りにならないものは何でも壊す。造り出した下僕たちを使って、壊させる。僕もかつてはその一人だった。
「そうねえ、お前があたくしに謝るまで、少しずつこの小娘の若さをいただこうかしら。さあ、今謝るなら許してあげてもいいわよ?」
隠れている馬車の荷台。腕の中で、少女が目を覚ました。
不思議そうに僕を見上げている。
僕は赤い髪と赤い瞳を捨て、少女と同じ金髪と碧眼を造り出し、自分の姿を変えた。
「グレイ」
君の声が聞こえた気がした。美しい声がその名を呼ぶことは、もうない。
「僕はブルースだよ、君はグリン」
「ぶうー? ぐい?」
「そう。上手だね」
もう彼女はルアンではない。二十年分の命を吸い取られ、幼くなってしまった少女、グリンは大きな青い瞳を輝かせて微笑んだ。
決意がようやく固まった。
僕が必ず君を元の姿に戻す。君を守る。
君は生きている。今はそれでいい。
続きを長編で書こうと思っています。