その3: 四季のない国
この国には、四季がない。いつでも春のようにまったりと甘ったるい空気が流れている。
この国の識字率は、ほぼ100%を誇る。なにしろこの国は、「本の国」と呼ばれるほど、出版業が盛んな国なのだ。
そんな国では多くの国民が、暇さえあれば本を読んでいる。もちろん王様だって、お姫様だって…
この国では、いつまでも読書にふける人が多すぎて、時々、時間の観念まで曖昧になることがある…
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「殿下〜っ!殿下ぁ〜っ!」
…まただわ。ジーニャは積み重なった本の隙間からそっと顔を出した。
…最近、本当にゆっくり読書をする時間も取れないんだから…
王宮の中でも奥まった所にあるこの図書館には、普段からあまり人は訪れない。この国の人にとって本当に足を踏み入れるべき価値があるのは、王宮図書館ではなく、王宮並みの大きさを誇る「本の城」の方だ。
だから、ここはジーニャにとって数少ない寛げる場所だったのだが…生まれた時からジーニャのそばにいる宰相には、彼女の居場所などバレバレである。
彼の声の感じでは、彼はまだジーニャの近くまでは来ていないようだが、おそらく見つかるのも時間の問題だろう。
「殿下〜!姿をお見せください、殿下ぁ〜!」
…あぁもう!彼はどうしてこうも騒がしいのでしょう?この国の宰相であるからには、物静かな人物であるべきなのに…なんでお兄様は彼に何も仰らないのでしょう?
この国には、なんぴとも読書の時間を邪魔するべからず、という法律がある。そしてジーニャは今、読書の真っ最中なのだ。
けれど、わかっている。ジーニャにも責務というものがある。立場上、逃げて通ることのできない運命のようなものだ。だからジーニャは、ひとまず彼が近寄ってくるのを大人しく待つことにする。
「殿下〜!…はぁはぁ、殿下!」
やっと、彼はこの部屋を探し当てたらしい。
ほどなく、本の山からひょっこり顔を出したジーニャと目が合う。
「ふぅふぅ殿下、こちらにおいででしたか。政を疎かにされては、兄殿下様に御負担がかかりますよ。」
「マツリゴト?…貴族の女子のマツリゴトなんて、お茶会に出席したり、夜会に出かけたり、そんなものではないでしょうか?」
ジーニャは、いつもの眠そうな長い睫毛の下の灰緑色の大きな瞳で彼を見上げた。
その男は、丁寧にスタイリングされた髭を弄りながら困り果てたように言った。
「姫殿下。それは普通の貴族子女のお話です。あなた様は、もっと次期女王としての自覚を持たれてください!」
ジーニャは読みかけの本を小脇に抱えると、積み上げた本の山脈を器用にすり抜けて立ち上がった。
けぶるようなウェーブのかかった柔らかいブロンド、長い睫毛の下のとろっとした大きな灰緑色の瞳。こじんまりとした鼻梁に品の良い口元、雪のような白い肌、上等な赤いビロードのドレスに共布のヘッドドレス。
彼女は美しかった。まるで最高級の人形のように。
彼女は社交界では天使の微笑み姫と呼ばれている。
だが、今の彼女は、とても眠たそうで、全てにおいてやる気が出ないように見える。
そのくせ、理屈はよく捏ねる。
「次期女王になるかどうかは、私が決めることではありません。…もう託されてしまったのです。全ては、『王位継承戦』に…」
お髭の宰相は、深く、深ーく溜息をついた。
「ジーニャ様…エフゲニア姫殿下!そもそもの王位継承権第1位は、あなたです。国民に国民の義務があるように、王族にも王族の義務があるのです!確かに貴方にはマクシミリアン殿下という兄君がおられ、現在は政務の殆どをこなしており、実質上あの方が王様と言っても過言ではありませんが、残念ながら、正妻のお子ではなく…つまり嫡子としての長子は貴方なのですからして、王位継承権は…」
「話が長いです!」
ジーニャは、一括し、それから眠そうな目つきであるが、はっきりした口調でつらつらと答えた。
「もう決議されたではありませんか。憲法にもありますよ。『王位継承についてその継承権のある者から異議が申し立てられ、それが正当な理由であった場合、王位継承戦によって国王を決定するものとする』」
まぁその異議を申し立てたのは、他ならぬジーニャなのだが。それも、わりと法の網の隅を掻い潜るような、えげつない方法で。
「姫殿下ぁ〜!カンベンしてくださいよぉ〜!」
「と・に・か・く、王位のことは、既に私の自由にはならなくなったわけです。…話は終わりですか?」
その言葉にお髭の宰相は、一瞬ハッとした表情を見せたが、すぐにシャキッと敬礼した。
「エフゲニア姫殿下、もうすぐ14時です。月曜定例の円卓会議へお迎えにあがりました。」
「あれま。もうそんな時間でしたか。…確か先ほど、お昼を食べたばかりだと思ってましたのに…」
ジーニャは生まれつき時間には無頓着である。そもそも自分の年齢すらもよく覚えていない。先頃、周囲に言われてようやく14歳とわかったぐらいである。
そんな彼女でも、月曜14時の円卓会議は大切だということは知っていた。自分が遅刻すると、多忙な兄殿下に迷惑がかかることも。
「はぁあ。…行きましょう。」
ジーニャはお髭の宰相を従えると、円卓の間に向かって歩き出した。
円卓の間には、既にほとんどの出席者が居た。その中でも一際秀でた容貌の男性が、ジーニャをいち早く見つけた。ジーニャもすぐに彼を見つけた。彼女の頬は、ぱあっと明るくなった。
青い政務服がよく似合う長身、輝くブロンドに海のような青い瞳、高い鼻梁にキリッとした口元。9割の人がハンサムと認める、ザ・王子様が、そこにはいた。
愛らしい容貌であるが、14歳にしては小柄で子供っぽく見えるジーニャにとっては、彼こそは理想の王子様、優しい大好きなお兄様である。
「ジーニャ姫、待っていたよ。こっちへおいで。」
「マクシミリアンお兄様。ジーニャは遅れてしまいましたか?」ジーニャはウルウルとお兄様を見つめた。
お兄様もスマートに妹姫の手を取り、優しく彼女の席までエスコートした。
「時間通りだよ。さぁ、席におつき。」
笑顔いっぱいのジーニャは円卓に着いた。そして…ちょうど向かいに、自信に満ちた、強気な少女の視線を感じ…目が合った。脱力するように、彼女から笑顔が消え、困ったような笑顔に変わった。
その時、会議の開始を告げる喇叭が鳴り響いた。
最後までお読みいただきありがとうございます☆
さて、新しい登場人物…お姫様に王子様が出てきました!
…でも、ちょっと気になることが。
このジーニャちゃんというお姫様、なんか言ってることが頼りないですね…というか、、、なんだろう。自由な人?自分に正直な人?
なんでしょう?よもや類は友を呼んでしまったのか、このお姫様までニート希望?
なんか、やな予感がしますね…
そして、もう1人の少女…この少女の正体は?
…次回、会議は踊る!…か?