乙女ゲームのモブに転生したら、悪役令嬢の侍女になった。
セレナ視点。
私はカトリーヌ子爵家の三女、セレナ・カトリーヌといいます。
所謂、転生者ですよ。
生まれた時から前世の記憶を持っていました。
……0歳から大人の思考が出来る赤ちゃんって、どんな赤ちゃんなんですかねぇ。
この世界は乙女ゲームみたいですね。
そして私はヒロインでも悪役令嬢でもないモブ。
悪役令嬢の取り巻きですよ。
取り巻きなんてしていたら悪役令嬢と断罪されます。
めざせー。断罪回避ー。
やる気はないけど。だって取り巻きにならなけりゃいいだけじゃないですか……。
0歳なのに何でこの世界が乙女ゲームなのかと知っているかといえば、父が王子の話を母としていたのを聞いたからだ。
その王子の名前がゲームのメイン攻略対象の名前と同じでしたし、その婚約者の公爵令嬢の名前も悪役令嬢の名前と一致しました。
絶対とは言い切れませんが、恐らく乙女ゲームの世界でしょう。
にしても王子たちは大変ですね、生まれる前から婚約者が決まっているのは。
私?
三女ですからねー。
平民になるか、どこかの貴族の侍女にでもなるんじゃないですかね。
親は私を売るようなクズではないことは分かっていますし。
それから何週間かした頃――。
暇です。
暇死します。
最初は情報収集でいっぱいいっぱいでした、そしてそこから断罪対策で時間を使いました。
そこからは暇なんですよ!
神様も転生させるのなら、十歳くらいにして下さいよ。
異世界といったら魔法ですかね。
乙女ゲームでも魔法は存在しました。
貴族、王族しか持っていない力、それが魔法です。
ちなみに、ヒロインさんは男爵令嬢。
ううむ。ゲームでは魔法については詳しく説明されてないんですよ。
ファンタジー小説では、魔法はイメージですよね。
あ、でもその前に体内の魔力を分かるようにしなければいけないのか。
……魔力が体内にあるのなら。
私は意識を体の中に集中します。
…………。
…………。
…………。
おー!
何かありますね、ぐるぐるしているのが。
これを手に集中させ……。
ッ!?
だめです、これはだめです。
私はこれを外に向けて放つと天井が崩れ落ちてくる未来が見えました。
ですがこれは使えますよ。
放つ前にどうなるかが頭の中に映るのならば、イメージトレーニングし放題じゃないですか!
ふははははは!
これで、これで暇を潰せる!!!
そして将来は王宮魔法士団に入ってやりますよ!
……そんなのがあるのならですが。
○
それから十三年。
はい、乙女ゲームのモブ、セレナ・カトリーヌは十三才になりました。
魔法はかなり上達しましたよ。
イメージトレーニングが練習の枠に入るかは心配だったのですが杞憂だったみたいですね。
そして私の魔法ですが……上達どころじゃなかったんですよ。
六歳の頃に父に魔法を覚えたいとねだって、先生に来ていただいたんですが、その先生の使う魔法のショボいことショボいこと。
いや、私が凄すぎなんですけどねー。
もう開き直りました(心の中は)、謙遜しません。
私が凄すぎるんですよ!
それから私は初心者の振りをして教えていただきました。
はい、そしてクリア!
ならばと、私は体術を教わろうとしましたよ。
ですが、母に「女の子なんだからおしとやかになさい」とお叱りを受けました。
また暇になるのかと軽く絶望していた時です。
兄が!カトリーヌ家の嫡男の兄が!
「そんなに体術を覚えたいなら僕が教えてあげようか?」と!
その兄の名はリルト・カトリーヌ。
私の二つ上です。
その日から私は少しブラコンになった自覚がありますよ。
他にも剣術とかも教えてもらいました。
今はリルト兄様と互角の戦いが出来るようになりました。
いつも、家の大きな庭で勝負しています。
勿論、魔法は使ってませんよ?
使ってしまえば圧勝しますから。
勝負が終わると兄様は固まった笑顔になります。
「僕だって同世代の中じゃあ負け無しなのに……」
「え!?そうなのですか?」
「……うん。まあ、学園に行ってないからな……第二王子殿下とも戦ったんだけど『本気で』って言われたから本気でやったんだよね。そしたら勝っちゃった」
凄い!
兄様って強かったんだ……。
「意外そうな顔してるね。その僕と互角なセレナがおかしいんだけどな……勉強もできるし、というか僕が教えてもらってるくらいだし、何とか戦いはギリギリだけど……体格の差なんだよね。はあ……」
「いえいえ、兄様の教え方がいいんですよ!先生よりも兄様のほうが分かりやすいですもん!」
「……歴史だけじゃないかー!!数学はセレナのほうが簡単に解ける公式知っているし!」
「あ、あははは……」
この世界の歴史を知らないから仕方ないし、数学は兄様やお姉様が無駄な計算をして解いているのを見ると、何とも言えない気持ちになって口出してしまうんですよね……。
「最近はセレナのことが『新たな公式を作った令嬢』として、貴族界で注目されてるし……絶対にどこの馬の骨かもわからないヤツにセレナをやるもんか!王子だとしても!」
「……リルト。そんなことをいつも言っているから婚約者ができないのでは?」
「ですわー」
そちらを見ると、私の二人の姉が。
私の四つ上の姉、エルナ・カトリーヌと私の一つ上の姉、シイナ・カトリーヌ。
私としては割と本気で兄様が好きだ。
血さえ、血さえ繋がっていなければ……!
前世のクソ兄とは違う兄様が大好きなのです!
「婚約者なんていらないよ。僕はずっとセレナをエスコートし続ける!」
「兄様……!」
「「……」」
お姉様たちが白けた目で見てきます。
すると、エルナお姉様が気を取り直したように。
「お父様が、明日マルキジア公爵が視察に来るって」
「我が儘で有名なマリベル様も一緒らしいですわよ!」
な、なんだってー!?!?
その方こそが悪役令嬢にして、私を断罪の道連れする女性。
マリベル・マルキジア公爵令嬢。
まさか、この時期にいらっしゃるとは……。
私はゲームの舞台、王立学園でマリベル様と会うと思っていたのに。
クッ……。私はこのまま取り巻きに――。
「でも貴方たちを公爵たちに会わせるのは危険だから領のどっかに出かけてきなさいって、お父様が」
「私たちがもてなすので、お兄様とセレナは……はっきり言って邪魔ですわ」
「「……」」
シイナお姉様、はっきり言い過ぎです。
まあ、私と兄様をマリベル様たちに会わせるのは危険ですね。
だって私はマリベル様が傲慢な態度を取ったらツッコミそうですし、兄様はそのことで私が叱られるようなことになれば、王子を倒したその剣で公爵を切りそうです。
「セレナ、頷くのならその謎のツッコミスキルを消しなさい」
「無理ですね」
これは前世からの長所なのだから(場合によっては短所)。
「それがセレナのいい所なんだから、大丈夫だよセレナ。僕たちはセレナがツッコミ癖を直すことなんて無理だって知ってるから」
「ありがとうございます?」
褒められているの?貶されているの?
どっち?
あ、でも兄様に貶されるのならそれもそれで……。
「……セレナが危ないことを考えている気がするわ」
「な、なぜ分かったのですか!?エルナお姉様」
「何となくよ」
エルナお姉様は良く私や兄様の考えを読む。
いわく、「貴女たちは分かりやすいのよ。シイナは読めないわ」らしい。
なぜだ。私だって腹芸は得意なのに……!
腹芸といえば兄様だって凄いですよ。
第二王子殿下も兄様を側近として欲しがっているらしいですから。
しかも武術にも優れています。
一部では兄様のことを『氷結の白虎』と呼んでいる方もいらっしゃるらしいですよ。
流石、我が兄様!
兄様の戦闘スタイルにぴったりだ。
目に見えない速度で剣を振るい、氷魔法で敵を凍らせる。
速度特化の戦闘ですね。
あ、兄様は氷魔法が得意です。
でも、兄様はカトリーヌ子爵家の嫡男ですからね。
絶対に渡しません。
「とにかく、明日はどっか行っててよ」
「必ず、カトリーヌ子爵家を存続させますわ!」
「シイナ、不吉なこと言わないでくれよ……」
「頑張って下さいね、お姉様!……兄様、リルト兄様。明日はずっと一緒にいましょうね」
「セレナ……!本当に血の繋がりさえなければ……」
「「はぁ……」」
エルナお姉様とシイナお姉様が呆れたように溜め息を吐いた。
そしてもう一度、念を押すと家に戻っていった。
……そんなに私たちは危険なのですかね?
「セレナ、明日はどこに行く?」
「そうですね……。あ、東の森に行きたいです!」
「東の森?危険じゃないかな?」
東の森とは名前の通り、カトリーヌ子爵領の東に位置する森だ。
そこには強力なモンスターがたくさんいて、いい修行になる。
一回だけ一人で行ったことがあるんですが、そこで魔法を初めて使ったんですよね。
ですが帰ってから凄く怒られました。
抗議しようとしましたけど、兄様やお姉様たちの泣きそうな顔を見るとそんな気も失せるというものです。
「大丈夫です。私一人ならともかく、兄様もいますもん!私、兄様がモンスターに戦っているのを見たいです!」
「そ、そう?分かった。でも絶対に絶対に僕から離れないでね?」
「わかりました」
やった!
東の森には行けるし、兄様が戦う姿も見れる。
これぞ一石二鳥!
ありがとう、マルキジア公爵!マリベル様!
────────────────────────────────────
悪役令嬢視点。
「ふふふ。ここがカトリーヌ子爵領?私たちの領には及ばないけどいいところじゃない!」
「……そうでございますね。お嬢様」
「マリベル。喜んでくれて良かったよ」
「あのね、私、東の森っていうところに行ってみたいの!お父様、お願い」
『マリベル』と言われた、長い金髪につり上がった紅い瞳の美しい少女は目を輝かせながら言った。
「なっ!?危険じゃないか!」
『お父様』と呼ばれた男は驚いたように叫ぶ。
「アルがいるから平気よ!ね、アル!」
『アル』と呼ばれた少年は黒い髪を肩口で切り揃え、ぱっちりとした紫の瞳の美少年だ。
「……私の持つ力の全てを使い、お嬢様をお守りいたします」
マリベル――乙女ゲームにてヒロインを虐め倒し、断罪される悪役令嬢――の問いかけにアルは顔色を変えずに答える。
「うむぅ……。そうだな、カトリーヌ子爵への挨拶がすんだら行ってきても良いぞ」
『お父様』――マルキジア公爵はそう言った。
(子爵の長男は重度のシスコンで妹を悪く言う者を容赦なく切り捨てると聞いた。マリベルがもし、そのセレナ嬢……だったか?を罵りでもしたら……。その長男は第二王子殿下も懇意にしていると。……好きで東の森に行くようなヤツはいなかろう)
内心はこうである。
その考えが的外れであることも気づかずに――。
────────────────────────────────────
セレナ視点。
私たちはマルキジア公爵たちが到着する前に東の森に出掛けた。
「兄様、楽しいですね」
「う、うん……セレナって魔法使えたんだ……」
「そういえば見せてなかったですよね」
「……氷魔法はどれくらい使える?」
兄様が覚悟を決めたような顔で聞いてきます。
えっと……。
「使えますけど、兄様ほどではないですよ。氷魔法は細かい作業が好きなので」
そう言うと私は魔法で氷の薔薇を創った。
私はどや顔で兄様を見る。
何でそんなほっとした顔してるんですか。
驚いて下さいよぉ……。
「あ、いや凄いんだけど!セレナに全部抜かれば兄としての矜持が、ね?」
「ふふ。私は兄様がもし、とてつもなく弱くても大好きですよ!」
「…………理性が、セレナ、壊さないで、理性を。セレナの一番の魔法はその純粋な笑顔だよ……」
兄様が膝をついて崩れ落ちました。
なぜ!?
「大丈夫ですか!?兄様、回復しますね」
私は兄様に光魔法の一つ、回復をかける。
「……セレナはやっぱり聖女だったのか」
だから、なぜ!?
回復しただけ……だけ。
……おうふ。
今思い出しましたよ。
乙女ゲームのヒロインが王立学園に入学し、攻略対象の王子――この国の第三王子です――、しかも婚約者がいる、に仲良くして王家や公爵家からヒロインの男爵家に抗議をしなかった理由がある。
それは、ヒロインが使う魔法。
光魔法です。
もう一度言うよ。
光魔法です。
おうふ。さっき兄様に使っちゃった~!!
光魔法を使える人間は女なら聖女、男なら聖者と呼ばれる。
光魔法は怪我を治すことが出来るので王家としても大切に扱わなくてはいけないのだ。
つまり、光魔法が使える私、聖女なの!
光魔法なんて努力すれば出来るんだよ!
ヒロイン補正で手に入れた力なんかじゃなくて、努力したら使えるんですよ!
仕方ない、かくなる上は……。
兄様を巻き込みましょうか。
「兄様、私は光魔法を使えます。これは私と兄様の秘密です。そして兄様にも聖者になってもらいます」
「え?」
兄様は笑顔で声を出しました。
その顔、肯定と取りますよ。
「やりましょうか?」
「……もう既に妹に負けていたのか」
ガクリと肩を落とした兄様でした。
────────────────────────────────────
アル視点。
俺はアル。
姓はない。
マルキジア公爵家のご令嬢、マリベル・マルキジア様に仕える侍従だ。
俺は伯爵の庶子だった。
男爵家の侍女だったという母親と二人で暮らしていたところ、マリベルお嬢様がうちの家にやって来たのだ。
いわく、『私が貴方の父親を平民に落としてやったわ!だってあの伯爵の視線は気味悪いもの。だから私に感謝なさい!』と。
俺はその時とても驚いた。
貴族とは平民のことなど、どうも思っていないと、モノとしか思っていないと思っていたから。
そして俺は無意識にこう言っていた。
「俺を貴女様の侍従にして下さい」
それがマリベルお嬢様との初めての会話だった。
それから俺はお嬢様に気に入られた。
母親はもしものことを危惧してマルキジア公爵家の寄子、カトリーヌ子爵家の領地へと家を移された。
仕事が休みの日は会いに行っている。
お嬢様に仕えて分かったことは、お嬢様の我が儘で助けられる人もいうということ。
俺や母親のように。
だから俺はお嬢様に初めて会った日から仕えている。
……苦労は絶えないが。
○
そして今日はお嬢様が。
「ねえ、アル?私、アルの母親の住んでいるところに行きたいわ!カトリーヌ子爵領だったかしら?お父様に頼んでくるわねっ!」
「あ、ちょっと、お嬢様!?」
俺はお嬢様の手綱を握れていないと再認識した。
そして公爵家の当主様は即許可。
視察ということでお嬢様も同行することになったのだ。
勿論俺も。
お嬢様はご自分の価値をわかっているのだろうか。公爵令嬢で、しかも第三王子の婚約者ともあれば、どう利用されるか分かったもんじゃないと言うのに。
○
そしてカトリーヌ子爵家に到着した。
お嬢様たちを子爵家全員で出迎えて……。
ん?二人足りないぞ?
子爵の子は全員で四人、エルナ様、リルト様、シイナ様、セレナ様だ。
その中で今いるのは、エルナ様とシイナ様だけだ。
確か、リルト様は子爵家嫡子で、第二王子を倒すほどの戦闘の腕を持つ。
『氷結の白虎』とも言われているのだ。
第二王子はリルト様を何とかしてライバルにしたいらしいが『ライバルに何てなったら妹と会う時間が減る』との理由で断っているらしい。
つまり、重度のシスコン。
学園に入ることも先ほどの理由で断っている。
そしてセレナ様は数学で新しい公式を作るほどの天才。
だがしかし、彼女は謎が多いのだ。
予想だがリルト様が妨害しているのだろう。
この理由から婚約者もいらっしゃらない。
セレナ様も重度のブラコンという噂が流れているが……真実かは分からない。
本当だとしたら凄い兄妹愛だな。
当主様も気がついたのかあちらの当主に訪ねている。
すると全く動じずに。
「リルトやセレナは変人です。公爵閣下方への挨拶を控えさせるより、会わせる方が無礼に当たると愚考した次第です」
すると子爵夫人、エルナ様、シイナ様も深く頷いた。
当主様はその剣幕に「そ、そうか」と言っていた。
そこまで変人なのか……。
お嬢様と会わせないようにしなければ。
そして挨拶は終わった。
お嬢様は母親に会いにいった。
早い、早すぎる。
着いていったが。
にしても、お嬢様が出ていった際に子爵家の方々が絶望の表情をしていたのだが。
やはりすぐに出ていくのは不味かったか。
本当は『もし、もしも、リルトたちと会ってしまったらどうしよう』という絶望なのだが……。
そんなことを知る由もない。
○
母親はとても驚き、喜んでいた。
そして、目標は達成したのだが。
お嬢様は忘れていなかったのだ。
「ねえ、アル?東の森へ行くわよ」
「分かりました」
東の森へ行くことを。
────────────────────────────────────
セレナ視点。
兄様には何とか、光魔法を使えるようになっていただきました。
……本気で詰め込み過ぎたせいか今は眠っています。
可愛い……。
寝顔が可愛い過ぎる。
こ、コホン。
かなり時間が経ってしまいました。
もう夕方ですね。
そろそろ兄様を起こして……。
その時、血の臭いが近くから漂ってきました。
バッと兄様が起き上がりました。
血の臭いで起きましたか。私でも出来る自信ありませんね。
……私が起こしたかった。
じゃなくて。
「兄様」
「うん。でも危険じゃ……」
「私は兄様が危険なところに行くのを黙って見過ごすとでも?」
「無理はしないでね!」
流石、兄様分かってますね!
私たちは血の臭いの方向へ駆け出しました。
そこには、ファングというモンスターと戦っている美少年が。
肩口までの黒い髪に大きな紫の瞳。
その後ろには金髪紅眼の美少女。
少年は少女を守って戦っているのでしょう。
ですがファングはこの森でも上の下くらいに位置するモンスターです。
それが三匹。
このままでは負けるでしょうね。
まだ倒れていないだけでも彼が強いことが分かりました。
血の臭いは彼ですね。
「お嬢様!お逃げ下さい!」
「む、無理なの!動けないの!わたっ、私はいいから貴方だけでも逃げてよ!」
「俺は持てる力の全てでお嬢様を守ると言いました!出来るわけがないでしょう!?」
素晴らしきかな、主従愛。
と思った時、ファングが少年の腕に噛みつこうとしています。
「危ないですよ!はっ!」
「……」
私は魔法で炎の球を創り、そのファングを焼きました。
その間に兄様は持っていた剣で残りのファングの首をはねました。
「誰だ!」
「そっちこそ。ここは危険だよ、君たちのような少年少女が来ていい場所じゃない」
私たちを敵か味方かを確かめようとすることはいいですが、兄様の言う通りですね。
兄様は少年と話しているので私は少女に事情聴取しますか。
「貴女、名前は?」
「ひ、人の名前を聞く前に自分が名乗ったらどう!?」
わー。
この子、こういうタイプか。
兄様が不機嫌です。
「私はこのカトリーヌ子爵領、領主が娘、セレナ・カトリーヌです」
「え!?!?」
「え!?……私はマリベル・マルキジア。公爵家の長女よ」
…………うそん。
おっと、驚きすぎて変な言葉が。
会わないために東の森に来たのに向こうから来ちゃったよ。
しかし、あっちの従者っぽい子のほうが驚いているのはなぜだ……。
「ここの当主が会わせる方が無礼に当たると言った人たちがなぜ、こんな所に……」
「いや、こっちのセリフですよ」
ツッコミ癖が……。
てか、お父様はそんなことを……?
「マリベル様。どうして、こちらに?」
「……来たかったの!それだけ!」
「ええ……」
それだけ?
流石、我が儘令嬢。
「お、お嬢様!助けていただいたのですから、感謝くらい……」
「分かってるわよ!!その、ありがと…う」
「助けていただき、ありがとうごさいます」
「いや、別に」
「公爵家に貸しを作れた」
「兄様~?」
何喜んでるんですか。
私としてはマリベル様と出会ったことでマイナスになってますよ。
だがしかし、マリベル様って『ありがとう』を言えたのか……。
まさかのツンデレですか!?
それならまだ何とかなるかも……。
「とにかく、子爵家にお送りいたします。僕たちが護衛するので」
「お手を煩わせてしまってすみません」
「問題ありません。私たちも帰ろうと思っていたところです」
「私を護衛するのだから、光栄に思いなさいよねっ!」
兄様から黒いオーラが……!
気づいた少年従者と気づかないマリベル様。
少年従者君は苦労性なんですね。
「そうですね。マリベル様を護衛することは光栄ですね。体が動かなかったらしいですが、もう大丈夫そうですね。王子殿下の婚約者たるマリベル様がお怪我でもしたら……」
私は棒読みで返した。
するとマリベル様は少し表情を暗くした。
「そうかしら?シン様は私のことどうとも思ってなさそうだけど……」
は?
シン様というのはこの国の第三王子殿下。
つまりマリベル様の婚約者です。
私はマリベル様と会って一時間もたっていないが、分かったことがある。
それは喜怒哀楽が激しいこと。
私が男だったらこんな可愛い婚約者を放っておくわけがありません。
確かに自尊心は強いですけど……。
第三王子殿下はマリベル様の魅力が分からないようですね。
そうですか、そうですか。
何でしょうか?
ゲームで私がマリベル様の取り巻きになるからかは分かりませんが、自分でも驚くくらいにマリベル様を好きみたいですね。
はあ、第三王子殿下……いや、馬鹿王子でいいでしょう。
ほんっとうに間抜けですね!
「セレナ?」
兄様は私の雰囲気が変わったことに気づいたようですね。
すみません。兄様、私、決めましたよ。
「マリベル様!私が貴女を王子に好かれる完璧なレディにして差し上げます!!!」
「え?」
「え?」
「……セレナ!?!?!?」
マリベル様の侍女になります!
○
「お父様、お母様、エルナお姉様、シイナお姉様。私、マリベル様の侍女になります」
「……だからリルトが死んだ魚の目をしているのか?」
「セレナ、それは」
「リルトには……」
「とてもキツい仕打ちですわ」
「嫌だ……絶対、セレナが離れるのは……」
上から私、お父様、お母様、エルナお姉様、シイナお姉様、兄様です。
私だって離れたくはないです!
しかし、マリベル様は馬鹿王子を愛しておられる!
それをヒロインに取られてたまりますか!?
そんなの話を聞くだけでも無理です!
マリベル様とはちゃんと話し合いました。
○
「よろしいですか?マリベル様」
「私は貴女が侍女になってくれるのは嬉しいわ!」
この時点で兄様は倒れています。
全員が兄様をいないものといて扱っていますが、とても心配ですね。
「では宜しくお願いしますね。お嬢様?」
「ええ!」
ですが、私には譲れない条件があるのです。
「週に一回の休みを下さい」
「それくらいならいいわよ」
マリベル様の家がある、マルキジア公爵領とカトリーヌ子爵領は隣合っています。
週に一回は家に帰りたいので。
「もう一つ。お嬢様は十五才になったら王立学園に行かれるのではないのですか?そこに私も侍女として連れていってほしいのです」
「いいわよ。つまり五年はいてくれるのね!」
マリベル様は私を気に入って下さったようですね。
ヒロインが転生者だった場合、同じ転生者の私がいた方がいいでしょう。
……学園の間、家に帰らず兄様にも会えないのですが生きていけるでしょうか?
ということで、最初二年間は週に一回の休み、それから三年間は学園寮に住み込み。
必ず、お嬢様をヒロインよりも愛される存在にしてやりますよ。
○
そして今にいたる。
「お嬢様は公爵に許可を貰っていただいたと」
「そうか……絶対に会わせたら変なことになると思ったから遠くに行かせたのだがな」
お父様は溜め息をつく。
「そんなことより、セレナは学園に行くの?」
そんなことではないと思いますが……。
「そうですね」
「ちょっ、リルト、起きなさい!セレナが学園に行ったら変な男に捕まりそうよ!」
「!!」
起きました。
「僕、教師になるよ」
「「「「「え?」」」」」
兄様以外が疑問の声を上げました。
どういう……。
「三年間もセレナと会えないなんて僕には無理だ!だから、王立学園の教師になる!」
「本当ですか!?嬉しいです!」
「いや、待て待て!」
何ですか、お父様?
あれ?他の皆も何でそんな顔を……。
「リルトは今十五才だ!二年後は十七才、まだ学園の三年生だろう!?」
「チッ……そうだ、王子にライバルになってやる代わりに先生にしろと頼もうかな……」
「王子をそんなことに使うな!」
「セレナ!僕は教師になるよ!」
「はい。頑張って下さい!!私もお嬢様の立派な侍女になります!」
「「「「ダメだこりゃ」」」」
○
そして一週間後……。
お嬢様の下で働く初日。
どうしてですか?
朝食の三十分前になっても起きてきません。
起こすのは私の当番じゃないんですけど……。
「お嬢様!起きて下さい!!!」
ビクッとした様子の『お嬢様起こし当番』の人。
「お、起きたらどうするんです!?」
「起こすのが仕事でしょう?」
何を言っているんだこの人は。
私はお嬢様の耳元で、
「お嬢様。当主様を待たせるんですか!?遅いです、侍女でさえ出来ることを主であるお嬢様が出来なくてどうするんですか!?」
「あぁぁあ!!私が起きるまで起こすなって言ったでしょ!?何で起こすの……ってセレナ!?」
「ふぅ。起きましたね。着替えて下さい」
起きたか。
って、えぇ……。そんな掛け布団に潜らないでくださいよ!
「布団が吹っ飛んだ~!!」
「!?!?!?」
「やあぁぁあ!?」
私はお嬢様ごと布団を後ろに投げました。
あの、当番の人?
なんでそんなに驚いた顔を?
「な、な、何するのよ!?」
「起きないからです。ちなみに私をクビにすることは出来ませんよ。なぜなら、奥様にお嬢様を好きにしていいとの許可を貰っているので」
「お母様が!?」
そう、クビになったら意味がない。
だから我が儘お嬢様を更正すると奥様――マリベル様の母親のことだ――に約束し、ある程度の無礼を働いても問題ないとの許可をもらったのです。
○
「お嬢様が起きてくるとは……」
「アル先輩。布団ごとひっぺがしただけですよ?」
「許可を得ていてもだ。高位貴族の令嬢を投げるのは貴女だけに決まっている」
アル先輩とはあの時マリベル様と一緒にいた侍従さんだ。
かなりの手練れなんですよね。
まあ、私や兄様には及びませんけどね!
「まあ、奥様もお嬢様の我が儘には参っていたからな」
「このままだと、婚約破棄されるとこでしたしね」
「流石に言いすぎだ」
アル先輩は笑った。
先輩といいつつもこの人は私と同じ年齢だ。
兄様やお姉様たちとばかりいて他の子供とはあまり話さなかったので少し新鮮です。
……言いすぎでもないですけど。
○
「お嬢様、起きなさい!」
「嫌いなものもちゃんと食べる!」
「これはまだ着れますよ!」
「この計算間違ってますよ!」
「勉強が終わったら護身術です」
そして二年後……。
ご立派になられましたよ!
王子もマリベル様にメロメロですよ!
私は感激です。
そして今日、なぜか王子殿下たちに呼ばれました。
なぜ……。
「君がセレナ・カトリーヌ嬢だね」
「はい。第二王子殿下、第三王子殿下。本日はその御尊顔を拝見することが出来、恐悦至極にございます」
私はもしもの時のために脱走経路を確保しています。
何もしていないと思いますが……。
第二王子殿下は兄様と同い年。
兄様の(自称)ライバルです。
結局、ライバルになったのでしょうか?
「お前がリルトの妹か。あいつがいつも自慢してきてな、どんな奴かと思ったが……。隙が無いな……リルトの妹なだけある。カトリーヌ子爵の子たちはどうなっているんだ」
第二王子殿下が言いました。
兄様はともかく、お姉様たちも何かしたのでしょうか?
そういえば、エルナお姉様は大人でも不可能だった契約を隣国と結んだとか……。
シイナお姉様は財務大臣の不治の病を治したとか……。
かなり凄いことしてますね。
「感謝する」
え?途中から聞いてませんでした。
「マリーが変わったのは君が侍女として入ってからだ。君がマリーを変えてくれた」
第三王子殿下が言いました。
ちなみにマリーというとはマリベル様の愛称です。
「いえいえ。変わられたのはお嬢様のお力です。私はそれの手助けをしたに過ぎません」
「そう謙遜するな」
そうですか。
私は自分の為に動いただけですが。
それから私は第三王子殿下にむちゃくちゃ惚気られました。
そりゃそうでしょう。マリベル様は可愛いですよ!
そして意気投合して一緒にマリベル様の可愛さを第二王子殿下に語りました。
終始疲れたご様子でしたけど。
「あー、分かった分かった!……セレナ嬢、リルトだが無事、王立学園の教師になったようだぞ!受かったと報告を受けた時に高笑いをしていた」
「本当ですかっ!?」
やりましたね!兄様!
これで、三年間離れることはありません!
○
そして入学式――。
私は十五才になりました。
「お嬢様、ご立派になられて……」
私は涙ぐみながらマリベル様に話し掛けました。
なんと、入学試験第三位で入学なされたのです!
第二位は第三王子殿下。
「貴女に言われても……ね?」
そして私は主席、第一位です。
入学試験程度、私の力にかかれば造作もないのです。
「マリー、諦めよう。セレナ嬢に勝つことなんて出来ないんだ……」
「そうですよ、お嬢様。セレナさんには勝てません。ところでお嬢様は本日の夜会で誰と踊るのです?もし宜しければ……」
「おっと、アル?それは婚約者である僕と踊るんだよ?」
王子もアル先輩も頑張りましょうよ。
そしてマリベル様がモテモテです。
アル先輩、無謀な戦いは止めましょう、マリベル様は王子と相思相愛ですよ。
「セレナ!」
この声は!!
「兄様!」
「「「始まった……」」」
後ろの三人が何か言っていますね。
兄様はさらにカッコよくなりました。
まだ、婚約者がいないのは……。
「セレナ、会いたかったよ?二週間ぶりかな?」
「そうですね!私も兄様に会いたかったです!」
兄様は私を抱きしめました。
そう。私たちのブラコン・シスコンはさらなる磨きがかかりました。
ふふふ~至福、至福なのです!
ですが!
その時間を邪魔する人がいました。
「きゃあ!」
あん?
その少女はプラチナピンクのボブカット。
大きな丸い瞳は金色です。
『ヒロイン』
ソイツはマリベル様の敵。
私の今までの努力を水の泡に帰すかもしれない存在。
ソイツは何もないところでずっこけ、王子の胸に飛び込みました。
「……大丈夫?」
「はっ、はいっ!すみませんっ!転んでしまって……!ありがとうございました!あっ、あのお名前って……」
「おりゃ」
私はこれまでにない速度で兄様から離れ、ヒロインを引き剥がしました。
「殿下。潰しましょう、焼きましょう。退学にしましょう」
「こけただけなのに!?」
「そ、そうですわよ。セレナ、やりすぎです!」
マリベル様、お優しいのはいいですがコイツに優しくする必要なんてありませんよ?
「おい。このお方は王子殿下だ。王族だ。愚かにも玉の輿を狙おうだなんてしていないよなぁ?」
「な、なによコイツ……。……すみませんっ!転んでしまって……」
それは聞いたんですよ。
前半の言葉も聞こえましたからね。
絶対転生者でしょう。
私はヒロインを離してやりました。
「ふぅ……。殿下、あいつは敵です。絶対悪です。分かりましたね?」
「わ、分かった……」
「兄様も絶対に惑わされないでくださいね!」
「僕がセレナ以外を好きになるわけないよ」
兄様は攻略対象ではありませんが、念のため。
○
クラスは私とマリベル様、そしてアル先輩が三組。
王子とヒロインが一組。
兄様は私のクラスの先生です。
兄様は例外ですが、他はわかっていたことです。
この日は自己紹介だけで終わりました。
○
それから一年間。
私たちは十六才、つまり二年生に。
王立学園はクラス替えがなく、教師もそのままです。
ヒロインですが、王子以外は全員攻略されました。
あのヒロイン、ルルカ・ミールと言いましたか?やり手ですね……。
それ以外は特に変わったことはありません。
え?他の攻略対象を守らないのかって?
私は自分とマリベル様と家族に害が及ばない場合は好きにすればいいと思いますよ。
マリベル様に害が及ばない場合は、ですが!
「姉さん!もう止めるんだ……ルルカ先輩を苛めるのは!」
「どういうこと、カイル?」
カイル・マルキジア。
彼はマリベル様の実の弟です。
そして攻略対象。
名前を入れ換えるとイルカ~。
マリベル様がヒロインを苛めるわけないでしょうが。
ずっと一緒にいますが、マリベル様にそんな暇はありません。
「私がルルカさんを苛めて、得があるのかしら?」
「男爵令嬢という身分で俺たちと仲がいいから、嫉妬した、違うか?」
違うわい。
「そんなことしないわよ。その日、私はこのセレナと仕事をしていたもの」
そうですそうです!
「認めないつもりか!」
「ええ」
「くっ……」
証拠もなしに、来たのですか。
結局、マリベル様に言い負かされて帰っていきました。
全部、ヒロインが計画しているのでしょうか?
○
その日の夜、私は兄様に呼ばれました。
夜ということで破廉恥なことを考えた方、違いますよ。
ヒロインのことを兄様に調べて貰っていたのです。
「何か分かったんですか?」
「特になにも……だったらいいんだけどね、ちょっと興味深い話を聞いてさ」
『ルルカ・ミールがマリベル・マルキジアを嵌めようとしている』
ヒロインが計画を一人で呟いているのを聞いた方がいたらしいのです。
その場で注意をしたので、やらない可能性が高いですが……。
注意は必要ですね。
「ありがとうございます、兄様」
「うん。何をするかは知らないけど危ないことはしないでね」
そう言うと、兄様は私の頬に口づけました。
もう、兄様、さらに好きになってしまうではないですか。
○
その翌日。
一時限目が終わった。
このまま無事に一日が過ぎるといいな……。
そう思っていたのですが――。
「マリベル様っ!」
「クソビッチが……」
おっと心の声が……。
ルルカ・ミールさんですね。
はいはい。お墓に行ってもらいましょうかね。
「何のご用ですか?」
「ぐすんっ。誤魔化さないで下さい……。シン様!私、マリベル様に上履きを隠されちゃったんですぅ!」
口で『ぐすんっ』なんて言う人初めて見ました。
皆さんは見たことありますか?
「お前に『シン』と呼ばせることを許可した覚えはないぞ」
王子、冷たいね。
だがそれが正解ですよ!
「私が貴女の上履きを?そんなことしないわよ」
マリベル様がそう言うと、王子以外の攻略対象がわめいています。
いたんですか。
そしてヒロインは泣いています。
マリベル様と王子、私、アル先輩はゴミを見る目でヒロインたちを見ています。
その時、リルトは思った。
「セレナは相変わらず可愛いけど……カオスだねぇ。そろそろ止めようか、いつセレナが殴り飛ばすか分からないし」
そしてリルトは王子含めた他のクラスの人を放り出したのだった。
○
「お嬢様。少々嫌な予感がするので今日一日は別行動させていただいても宜しいですか?」
「……貴女がそんなこと言うなんて……分かったわ」
「ありがとうございます。アル先輩、お嬢様から目を離さないで下さいね。授業の時も、トイレの時も、着替えの時も」
「変態にはならん!だがお嬢様を危険にさらすことだけはしない」
アル先輩なら信用できますから、安心ですね。
「兄様、私今日は早退します」
「……とか言って、学園内にいるんでしょ?」
「ふふふ」
兄様にはお見通しのようですね。
────────────────────────────────────
ヒロイン視点。
私はルルカ・ミール。
この世界の主人公よ!
何でそう思えるのかというと、私は夢でお姫様になることを知っているから!
みんなに愛される存在なの!
そこには邪魔をしてくる人もいるわ。
マリベル・マルキジア、私の夫となるシン様の婚約者よ。
まったく、全員が私を愛せばいいのに。
そして、私がお姫様になる舞台『王立学園』にやって来たわ。
私は聖女なんだから!
みんなに注目されているわ。
夢の通りに動けばいいのよね。
だから私はシン様の胸に倒れ込んだの。
「……大丈夫?」
「はっ、はいっ!すみませんっ!転んでしまって……ありがとうございます!あっ、あのお名前って……」
「おりゃ」
そこまで言うと私はシン様から引き剥がされた。
何よ、コイツ……。
その女は白い髪を胸のあたりまで伸ばして、深い緑色の瞳。
身長は平均くらい。
あ!コイツはマリベルの取り巻きじゃない。
取り巻きは取り巻きらしく後ろから喚いてなさいよ。
「おい、このお方は王子殿下だ。王族だ。愚かにも玉の輿を狙おうだなんてしていないよなぁ?」
玉の輿?そんなの狙ってないわ。
みんなが私を愛すの。
だから、私もみんなを愛すのよ。
それには貴女は邪魔なの。
「な、何よコイツ……すみませんっ!転んでしまって……」
夢とちょっと違うけど、弁明しておかないとね。
そしたら私を離してくれたわ。
ふふっ!後から後悔したらいいの!
あら、誰かしら?あの男性。
すっごくカッコいいわ!
彼も私を愛すのね!
その人は、サラサラな白髪に深い緑の目。
あれ?取り巻きと似てるわね……。
兄妹かしら?
はぁ……悪役令嬢の取り巻きの兄に生まれるなんて、可哀想に。
○
そして私は二年生になったわ。
どうして!?
どうして、シン様は私を愛してくれないの!?
取り巻きの兄――リルト様もこっちに振り向きもしてくれないわ!
どうしてよ!?
他の奴らはすぐに私の虜になったのに!
マリベルが悪いのよ!
だから私は苛められている振りをしたわ。
カイルたちはそれをすぐに信じてくれた。
でもマリベルは認めなかった。
そりゃそうでしょうね!
私がしたんだから!
はんっ!私を苛めたとしてシン様に幻滅されればいいわ!
でもマリベルとシン様はとても仲がいいわ。
夢と全然違う……。
こうなったら――。
私はとある『計画』を考えたわ。
一度先生に注意されたけど止めるわけないじゃない、私は愛される!
そのためにはマリベル、貴女が邪魔なのよ……!
────────────────────────────────────
セレナ視点。
私はヒロインの行動を監視することにしました。
本当に嫌な予感がするんです。
マリベル様から離れるよりもヒロインを監視したほうがいいとの判断です。
うっわ……。
ヒロインが貢がれてる。
攻略対象から貢がれてます。
そして満更でもなさそう……と思ったら、カイル様の手を握りしめ。
「私、マリベル様にまたドレスを隠されました……!」
「なんだって!?あの姉は……」
…………。
「分かった。なんで王子殿下は姉さんを婚約者にしているんだろう?」
ふーふー。
怒りを我慢しますよー。深呼吸ですよー。
というか、カイル様は一年生ですよね。どうして当たり前のようにこのクラスに?
わー。
会話が聞こえていたらしい王子が額に青筋をつくりましたよ。
王子、私も耐えていますから頑張ってください。
ヒロインの周りにいるのは国家の重鎮予定ばかりですね。
良かった、マリベル様に王子を虜にさせて。
「ねえ、ミールさん!貴女、いい加減にしたらどう!?」
空色の髪をツインテールにしているご令嬢が、叫びました。
あの方は……ヴァレリカ・モニカ侯爵令嬢ですね。
流石にヴァレリカ様もお怒りですか。
あ、王子。密かにガッツポーズしない。
「ヒック……。私の身分が低いからぁ、そんなこと言うんですね?ぐすんっ」
「モニカ侯爵令嬢!ルルカに謝れ!」
何様つもりじゃ我ェ!?
……コホン。
「カイル様!貴方はおかしいと思われないのですか?彼女は男爵令嬢ですよ?仲良くするなというわけではございません!その友人以上を思い起こさせるような距離をお止めになってと言っているのです!」
「モニカ侯爵令嬢の言う通りだぞ、カイル。お前にも婚約者がいるだろうに」
王子……。出るのが遅いんですよ!
「でもぉ、王立学園は身分を捨てて学べっていうルールがありますよね?だったら、おかしくないと思いますぅ」
語尾を伸ばすな。
貴女たちの距離は平民の友人でも関係を疑われる距離感なんですよ。
同じようなことを王子たちも言っています。
カイル様が言い負かされました。
貴方弱すぎでは?
ほら、ヒロインが『こいつ使えねえな』って顔しましたよ!
そして昼休み。
ヒロインがコソコソと教室に向かっています。
何を……?
今は昼休みなので教室には誰もいないはずですよ?
まさか『計画』とやらを?
ヒロインは入る前に辺りを確認しています。
私?大丈夫です。魔法で隠れているので。
「ふふふっ!これでマリベルも終わりね」
……は?
本当にマリベル様を嵌めようとするとは……。
ですが、することによっては子爵令嬢程度では話にならない場合もありますね。
援軍を呼びましょう。
ヒロインの方を見ると自分に刃物を向けていました。
机に入っていたようです。
このクラスの教師の目は節穴なんですか?
「えいっ!」
いやいや、予想はしていましたが、まさか……。
刃物で自らの腕を傷つけていきます。
……これをマリベル様のせいにするつもりですね。
「やめなさい」
「っ!?」
これは見ているだけではいけませんね。
私はヒロインの腕を掴み、刃物を取り上げました。
「取り巻き……!」
「何を言っているんですか?私はマリベル様の侍女ですよ」
これで終わるかと思ったのですが……。
何がおかしいのでしょう?
ヒロインが歪んだ笑みを浮かべました。
「あははっ!マリベルの仕業にしようと思ったけど……。貴女でいいわ!貴女も邪魔だったの!リルト様を私のモノにする上で!」
「あ゛??」
「刃物を持った貴女と、傷ついた私。世間はどちらの味方をするでしょうね?」
リルト様?兄様?
こいつはマリベル様を嵌めようとしたあげく、兄様もカイル様と同じところに落とそうとしていたのですか?
ふざけないでくださいません?
「冗談はお止め下さいな。ルルカさん?」
「冗談じゃないわ!世界は私を中心に回ってるの!」
この人はゲームと現実の違いが分かっていないようですね。
確かに、ゲームと同じように進んだかもしれません。
私というイレギュラーがいなければ。
「精神魔法:絶望時間!」
「え?」
通常、魔法とは動作を必要とすることなく発動する。
しかし、高位の魔法にもなると詠唱が必要となるのだ。
高位の魔法の一つ【絶望時間】。
それは――。
「イヤあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあああ!?!?!?」
終わることのない激痛。
気絶しないように回復をかけ、精神に痛みを与える。
その際、相手の思考を加速させ、一秒を何時間にも感じるようにしている。
「その愚かな考えを激痛に苦しみながら忘れるといいです」
私が呟くと、教室のドアが開きました。
そこには、兄様、マリベル様、アル先輩、王子がいます。
通信魔法で呼んだ援軍です。
「ああ、皆さん。呼んでおいて申し訳ないのですが……終わっちゃいました」
「……主として命じます。何があったの!?」
「実は――」
そう言われては話さないわけにはいきませんね。
「セレナ……。そういえばミール嬢は何故か僕の行く先にいたんだよね。だから魔法でいるかいないかを確認してから歩かないといけなくて大変だったんだ。ありがとう。セレナ」
「へえ、マリーを犯人に?極刑だね、極刑」
「王子殿下、生ぬるいですよ。セレナさん、これを持続できるか?」
「できますよ。寿命で死ぬか私が解除するまで持続します」
「……誰もこの魔法についてツッコミませんのね」
マリベル様!
すっかり常識人になって!
私は嬉しいです。
○
そしてヒロインは退学。ミール男爵家はおとり潰し。
つまり平民に落とされました。
私たちはぬるいと言い続けたんですが、マリベル様が国王陛下に指示を仰いだので反対が出来なかったのです。
最低でも奴隷落ちがいいと思うのですが……。
そのまま、無事に卒業できました。
お父様が兄様に爵位を継がせました。
……残念ながら(私からしたら喜ばしいことですが)、兄様は結婚しておりません。
私もですけど。
私は今も週に一度の休みの状態でマリベル様の侍女をやっています。
卒業と同時に辞めるつもりだったのですが、マリベル様に頼まれてしまいまして。
大切な人の頼みを断れないのが私の欠点です。
マリベル様と王子は結婚。
皆に祝福されました。
私は二人と仲が良かったので、結婚式の司会をしました。
楽しかったです。
結婚といえば、お姉様たちも結婚しました。
エルナお姉様は他国の貴族と、シイナお姉様は不治の病を治した財務大臣の息子と。
「はい、あーん。セレナ」
「あーん」
「し、シン様。恥ずかしいです……」
「ふふふ、僕たちは夫婦なんだから大丈夫だよ?」
私は兄様に『あーん』されています。
至福~!
マリベル様は王子に膝に乗せられ頭を撫でられています。
そして――。
「これをいつも見せられる俺の気持ちを誰か分かってくれ……」
アル先輩の呟きが誰の耳にも入らず、そのまま続けられるまでが日常なのです。
☆☆☆☆☆を★★★★★のようにして評価してくださると嬉しいです!
読んでくださりありがとうございました。