ひとりぼっち
広い部屋の真ん中にカプセルのようなベッドが置かれていた。
ベッドには年老いた男が横たわっており、モニターに映し出されているデジタルアルバムの写真を見ている。
最初の写真は、両親に抱かれた生まれたばかりの「万」と名付けられた男と村中の人たちが写った写真。
その次の写真は、養父であり後に義父となった男性と、義理の姉であり後に伴侶となった女性「杏」と共に撮られた幼い頃の「万」。
その次の写真、「万」と伴侶の「杏」を中心に1枚目の写真より数が少なくなった村中の人たち。
その次、沢山の墓標の前で祈りを捧げる「万」と「杏」の写真。
「万」が生まれる1~2万年程前から人類は絶滅の道を歩み始めた。
人の寿命がグングン上昇するのに対して子供の出生が減り続ける。
人類は人工受精やクローン技術を使い人口を増やそうとしたが、焼け石に水で人口は減り続けた。
減り続けた結果「万」が生まれる1000年程前には地球の人口は1万人を下回る。
1枚目の写真に写っている両親や村中の人たちも「万」と「杏」を除き皆200歳以上、その中で1番若いのは義父の202歳。
「万、此れからどうする?」
墓標の前で祈りを捧げたあと杏が声を掛けて来た。
「旅に出ようよ。
僕達以外にも生きている人たちがきっといる筈だから、探そう」
「万がそう言うなら私は付いて行くわ」
「ありがとう」
電気自動車に食料と水に生活必需品等を積み込み村を後にした。
次の写真、「杏」が生まれた村の跡と思われる場所で撮った写真。
「杏」は義父の実子では無く、「万」が生まれる40年程前に義父が狩りの途中で立ち寄った無人の村で、出産後力尽きた母親の死体の傍で死にかけていた赤ん坊が「杏」だった。
「杏」を育てた経験者としての腕を見込まれ、「万」の両親が亡くなったあと村中の人たちの総意で「万」は義父に預けられ育てられる。
もっとも実際に「万」を育てたのは「杏」だったが。
写真を撮ったあと夕食を作り食べ、焚き火の傍で「杏」に抱かれて満天の夜空を眺めながら眠りに就く。
その次、夕陽に彩られた山をバックに撮った写真。
その次、何処までも広がる海と白い砂浜。
次、崩れかけた摩天楼が幾つもそびえている無人の都市。
次、樹海にのみ込まれつつある都市。
高い山や広々とした海岸で双眼鏡を手に人の営みを探す。
都市を見つけると車の上に括り付けてあるスピーカーを通して呼び掛けを行う。
だが何処まで行っても人の営みは見えず、呼び掛けに答えてくれる人はいなかった。
「もう僕達しかいないのかな?」
「諦めちゃ駄目!
生きている人は絶対何処かにいるわ。
頑張ろう」
「そうだね。
ありがとう、杏」
次の写真、紺碧の空を横切る飛行機雲とその先端を飛ぶ航空機。
「万! あれ! あれ見える?」
「見えているよ、初めて見るけどあれ、飛行機だよね?」
「飛行機が向かっている方へ行きましょう!
生きている人がきっといるわ」
次の写真、墓標の前で泣きじゃくる万。
墓標に向かって泣きながら誓う。
「絶対に見つけるから、ウ、…………み、見つけたら教えに来るね、ク、それまで、それまで、ウウ、寂しいだろうけど、此処で待っていて…………ウ」
次、森に囲まれた都市とその上を飛ぶヘリコプターが写っている写真。
「オイ! あんた大丈夫か? 何処から来たんだ?」
「オーイ! 皆来てくれ! 訪問者だぁ!」
2人の男性の後ろから沢山の男女が駆け寄って来る。
「大丈夫か?」
「頑張れ!」
駆けつけたヘリコプターに乗せられ病院に搬送されベッドに寝かされる。
「人が、人が、こんなに沢山生きていた。
杏に教えに行かなくちゃ」
ベッドから起き上がろうとする万を医者と看護師が押さえつける。
「駄目です! あなたは衰弱しすぎている」
「寝ていてください」
「50年前に死んだ女房に知らせに行きたいんだ」
「それなら暫く療養してからにしてください」
「お医者様の言うことを聞いて体力をつけましょう」
次の写真、ベッドに腰掛けている「万」と最初に出会った2人の男性。
次、ベッドに腰掛けている「万」を囲む大勢の街の人たち。
デジタルアルバムのページを捲っていた手が力無く落ちる。
モニターに映る写真を眺める「万」をベッドの脇で見ていた医者が、力無く落ちた手を取って脈を診てから死亡宣告を口にした。
看護師が「万」の着衣を整える。
広い病室の扉が開き続々と人が中に入って来た。
街の人たちだけで無く、「万」の両親、義父、村の人たち、それに「杏」の姿も見える。
彼等は「万」が横たわるベッドを囲み人類最後のmanを見下ろす。
230年前、絶滅した人類を蘇らせようとあらゆる手段を試みたアンドロイド達は、失敗を繰り返しながらも人工受精を試み続け奇跡的に1人の男の子が誕生した。
それが「万」である。
その後も人工受精を試み続けたが、「万」以降子供が生まれる事は無かった。
ベッドに横たわる「万」の顔を両手で包み込んだ「杏」が声を掛ける。
「ごめんね、ごめんね。
嘘をついてごめんね。
人間があなた1人しかいないと知っていたのに教えずにごめんね」
最後、「万」と「万」の手を握り動力の停止を望んだ「杏」が、共に棺桶の中に寝かされている写真。