第一話 いるものといらないもの
この世界に来てから、一切排泄行為をしてない。
なぜならそう、『アレ』がないからだ。
シャウエッセン、またの名をうまい棒、ナイススティック、魚肉ソーセージ。
そう、われわれ紳士の印である『アレ』がないのだ。生まれたときからないのではない。なくなったのだ。なくしたのだ。
何かを得るためには何かを犠牲にしなければいけない。
今から始まる話は、そういう話だ。
第一話 いるものといらないもの
キーンコーンカーンコーン
「おーい席につけえ」
チャイムがなる。委員長が号令をかけ、生徒全員が俺に挨拶をする。
「「よろしくお願いします。」」
何がよろしくだ。お前らの半分は開始五分後には意識を飛ばしているくせに。
生徒にモテる。保護者にモテる。卒業生から毎年年賀状が届いて、「先生のおかげです」なんて感謝の挨拶が来て。昔は俺も夢見ていた、いわゆる「慕われる教師」というものに。
でも現実は違う。
ルーティーンの業務をこなして行くだけの毎日。味気ない。生徒は特になんの特徴もない俺になんて見向きもしない。中肉中背。学歴は悪くはないが褒められもない地元の大学。授業は安定してつまらないらしく、だが壊滅的でもないために味方も敵もできない。ハゲの定年間近の先生のほうがハゲネタでウケて人気があるくらいだ。
いつものように、淡々と授業を進めていく。
ほら、早速一人寝やがった。部活の朝練があったらそりゃ寝るよな。はぁ…なんの変哲もない一日がまた過ぎてい…
「「校内に不審者が侵入しました。これは訓練ではありません。繰り返します、校内に不審者が侵入しました。これは訓練ではありません。」」
警報音がけたたましく鳴り響く。状況を飲み込むまでの空白の一拍があった。生徒が次々に叫びだした。
「なにがおこってるの!」
「え、ヤバくね」
「先生、どうすればいいですか!」
「きゃぁあああああ」
すぐ近くから誰かの悲鳴が聞こえた。
マズイ、不審者はこの階にいるのか
「オラァあああ!!!」
男の怒鳴り声が近づいてくる。
黒い服の男が刃物を持って教室に入ってくるのが見えたとたん、俺はそいつに向かって走り出していた。
「うぁああああああ」
自分でもびっくりだ。こんな勇気が自分にあるなんて。
「ぁあああああああ」
やってることはかっこいいはずなんだ。生徒を守って悪者に立ち向かう先生。でもなんでこんな情けない叫び声しかできないんだろう。
男がとっさに俺に向かって刃物を向けようとする。相手が刃物を振りかざすがわずかに俺のほうが早い。そのままの勢いで相手に体当たりして押し倒す。勢いで相手の持っていた刃物が飛んでいった。そのまま相手を抑え込む
「おとなしくしろ!!」
やった、勝ったんだ!おれは生徒を守ったんだ!おれが、自分の手で!
「先生!後ろ!!」
振り返ったときには遅かった。
大男が刃物を振りかざすのが見えた。
ただ全てがスローにみえた。
物を見るような冷酷な男の目。
生徒の悲鳴。
刃物の当たる冷たい感覚。
そうだよな、だれが不審者は「一人だ」って言ったんだ。
走馬燈なんてものは無かった。
俺の脳裏にあったのは唯一。
「もっと生きたかった」
その悔しさが最後の思いだった。
第二話に続く。