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劇場支配人/J・M  作者: はじめうじ
1/1

JとJ

誠に残念な事だ。

『事実は小説よりも奇なり』とよく言うが、小説の方がまだ救いがあった。彼がいれば奴を止められたかもしれないのだから。今思えば、あの話は当時の人々の恐怖が映し出した光の像だったのかもしれない。誰もがその恐怖から逃れたいと思っていたのだろう。ん?ああ、何が言いたいのかって?すまないね、私の悪い癖だ。では、せっかちな君のために事実を述べよう。

――此処にシャーロック・ホームズは存在しない。


ここは霧の都、ロンドン。

夜になると、灯りは霧とともにぼんやりと街を包んでいた。大通りを抜けて、薄暗い小路に入った奥に、『SHERLOCK』という小さいバーがある。あまり人は居ないが、地元の人達に愛されるバーだ。今日は常連の紳士が二人、来店していた。

「マスターいつもの頼めるかい?」

「かしこまりました」

マスターと呼ばれた背の高い、細い身体つきをした男は慣れた手つきでカクテルを作り始める。

「どうぞ」

二杯のカクテルをテーブルに並べる。

「ありがとうマスター」

受け取った紳士は辺りを見渡して言った。

「やっぱり、あの事件の影響はあるもんなんですかね?」

「さぁ、この店はいつも通りですからね」

マスターが答えると、もう一人の紳士が話しかけてきた。

「それにしたって酷い話だよ。立て続けに貴婦人が惨殺されるなんて……この前なんか内臓が持ち去られてたって話だ」

マスターはグラスを布で拭いながら答えた。

「そうですねぇ、物騒な話です」

「警察は何やってるんだかねぇ?」

紳士は笑いながら言って、また別の話題で隣の紳士と話し始めた。マスターはグラスを置いて、少し考えていた。最近はこの『連続貴婦人惨殺事件』の話題で持ち切りだ。もう少し、明るい話題があってもいいと思うんだが……。


午前三時半頃、店を閉める準備をしているとカラカラと音を立てて扉が開いた。これが今日の最後の客だろう。

「いらっしゃ―――」

閉まる扉の前に立っていたのは年端もいかない少女だった。みすぼらしいボロボロの服を来て、ボサボサの黒い髪が長く伸びている。

「……ここは子供の来る店じゃないよ」

物乞いか何かだろうと思い適当に追い払おうとすると、少女は思いがけない事を言い出した。

「私はジャック・ザ・リッパーです」

「は?」

「私をかってください」

俯き、前髪で瞳を隠したまま、少女は言った。

「お願いします、モリアーティさん」

―――!!?

おっと、危ない危ない。表情に出るところだった。何故こんな少女が俺の名を知っているのだ?

「その名を、何処で?」

モリアーティが聞くと、少女は顔を少し上げた。長い前髪の隙間から美しい青の瞳が覗く。

「ママから聞いたの」

「ママ?君のママは誰なんだ?」

「それは……」

少女は俯いたまま黙り込んでしまった。

とにかくコイツをどうしようか……。俺の名を知ってるわけだし、タダで返すわけにもいかない―――ああ、そうだ。面白い事を思いついた。

モリアーティはバーのカウンターを出て、得意気に笑いながら少女に言った。

「君は自分をジャック・ザ・リッパーだと言ったね?だったら証拠を見せて貰おうか。なぁに簡単な事だ、私を斬りに来い。それだけでいい。」

少女はゆっくりと顔を上げる。髪の隙間から見える瞳の青がさらに深くなっていく。そして少女は、別人のような冷たい声色で言った。

「ほんとうにいいの?」

モリアーティは笑みを浮かべたまま答えた。

「ああ、もちろんだとも。君の懐の獲物は飾りじゃないだろう?」

少女が跳ぶ。モリアーティの眼前に迫り、袖口から鈍い銀が煌めく。首筋、頸動脈(けいどうみゃく)を的確に狙った一閃は空を斬った。

「ハハハッ、いきなり首を狩りに来たか」

モリアーティはその細い体躯を素早く翻し、少女の一撃を躱した。少女はカウンターの上にふわりと、羽根のように飛び乗り、銀のナイフを構える。その姿を見て、思わず笑みがこぼれた。

成程、確かにコイツは殺る側の人間だ。ロクな理由もなく本気で得物を振るえる奴はそう居ない。

少女は銀のナイフを足を狙って放つと、袖口からもう一本のナイフを出し、後ろに回った。

片足をずらし、ナイフを躱す。そのままの動きで振り返り、少女の手首を片手で掴み、引く。

「おめでとう、合格だ」

そう言って、ナイフを奪い取ると、少女を床に抑えつけた。少女は荒々しく息をしていたが、だんだんと落ち着いて、ゆっくりと顔を上げた。

「もう良いの?」

「ああ、君に素質があるのはよく解ったからね」

少女を離して、立ち上がると、モリアーティは店の看板を『CLOSE』にした。

「とりあえず後片付けを手伝ってくれないか?」

少女に雑巾を投げ与える。

「私はカウンターを掃除しないといけないからねぇ、床の掃除を頼める?」

少女は戸惑いつつも、青い瞳を彼に向けて、首肯した。


午前五時頃、モリアーティはぐっすりと眠った少女を自宅へ連れてきた。早朝のベイカー街はまだ暗く、鳥や鼠の姿もない。部屋に入ると、少女をベッドに寝かせる。シャワーを浴びて、改めて少女の顔を見た。

「本当に不思議な奴だ」

このあどけない少女の何処にあの様な力があるのだろうか。それに少女の素性にも非常に興味がある。まぁ詳しい事はこちらなりに調査をするとしよう。

モリアーティはソファに横になると、ゆっくりと眠りについた。


ガチャリ、

モリアーティは扉の開く音を聞いて、目を覚ました。

「ああ、起きたか」

目を擦りながら、少女は寝室の扉の前に立っていた。時刻は十一時、そろそろ起きるとしよう。ああ、そうだ、大事な事を聞き忘れていた。

「ところで、君の名前はなんて言うんだい?」

少女は寝ぼけ眼のまま首を傾げた。

……まぁ想像通りだな、やはり名前は無いか。

「じゃあ、君の名は『ジェマ』だ」

「……ジェマ?」

「ああそうだ、いい名だろう?」

「――ッ、うん!」

ジェマは元気に答えた。その美しい青い瞳には涙が溢れていた。

どうもこんにちは。はじめうじと申します。

はい、好き勝手やりました。更新速度は一定じゃないので気ままにゆっくり楽しんで頂けたら幸いです。

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