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後悔する道

 母のこと。咲夜と会ったときに起きた出来事。その直後に咲夜が事故に遭った可能性が高いこと。再会したときのこと。自覚した時のこと。母の姪っ子が咲夜の幼馴染みで、もう咲夜に近寄らないで、と言われたこと。父に転校しろと言われたこと。咲夜が救急車で運ばれて、登校したけれど教室には来なかったこと。


 考えて説明しているわりには、たどたどしくて時々文章として成り立たないような説明になってしまう。それでも舞香は真剣な顔で聞いてくれた。説明がおぼつかないところは、質問して、噛み砕きながら呑み込んでくれた。


 これまでの経緯を全て話す頃には、夕食の時間が目前と迫っていた。



「で、今に至ると」


「うん……」


「はぁ、ほう。なるほどなるほど」



 舞香は得心したように頷くが、とても全てを把握しているようには見えなかった。一気に情報を詰め込んだせいか、質問しながらとはいえ少し整理が追いついていないだけかもしれないが。


 舞香は久留島類の実母が自殺したことは知っているが、自殺するまでの経緯とどんな風に自殺したのか知らなかったのだ。


 最初に話したのは重いそれだったから、その分呑み込む時間が遅くなっているのかもしれない。



「えーっと。とりま整理させて。ちょっと複雑だから」


「いいよ」



 椅子の上で胡座を掻き、腕を組むその姿はまるで男のようだ。男女差別だ、と喚きそうなので絶対に口にしない。



「オッケー、うん、オッケー。多分大体理解した。つまりは色々な事情が入れ混じって超拗れているってことね」


「合っているけど、ざっくりしすぎじゃない?」


「単純化は大事。なるほど、そりゃ類が迷子になるわけだ。仕方がない」



 迷子。その表現は些か不満だが、反論するにも喋り疲れて必要以上に話をする気力がなかった。



「で、類としてはサクヤ君と話したいわけだけど、記憶が戻ったかもしれないってことと幼馴染みの子のこともあって踏み切れないってことね」


「いや、話したいわけではなくて、ただ最後に遠くでもいい、一度でもいいから姿を見たいってだけで」


「それって、せめて、がつくでしょ? 本音だと話したいんでしょ?」


「まあ、それはあるにはあるけど……正直、会ってもなに話したらいいか分からないし」



 あの時のことはごめん、と謝ればいいのか。けれど、今更謝られても咲夜にとっては迷惑かもしれないし、どんな風に謝ったらいいのか分からない。



「それに、咲夜くんだって僕と会いたくないだろうし……」



 自分で言って、ズキッと胸が痛む。


 記憶が戻る前からあまり好かれていなかった。記憶が戻ったのならば、それを通り越して嫌われてしまったかもしれない。


 それを面と向かって知るのが怖い。多分、それが大半の理由だ。



「まあ、そこはサクヤ君のことは知らないから何とも言えないけど。転校の件はそれでいいわけ?」


「それが最善でしょ? 避けるべき人物が二人もいるんだから」


「それも大事だけど…………なーんかアンタが自分本位じゃないのって、落ち着かないというか、他人を気遣う気持ちがあったんだなんて意外というか」


「姉さん、けっこう失礼だよ」


「自分が原因で頭痛を起こしてしまっているって気付いていたのに、サクヤ君にぐいぐいと近付いていたくせに?」



 思わず、ぐっと唸った。確かにあの頃は、自分と関わると頭痛がする咲夜を見ると謎の優越感に包まれて、彼の体調なんて考えないで自分の欲望に走っていた。


 そこを引っ張られたら反論できない。



「まあ、それが一番良いんだろうけど。そこまでアンタが我慢しなくてもいいと思うけどね」


「これは我慢じゃないよ」



 強いていうのなら、そう、罰だ。母の味方をしなかったことと、咲夜を傷付けたくせに悪びれもなく近付いた自分への罰だ。


 だから、心の底では嫌だ、と叫んでいてもそう思うと受け入れることができた。自分に言い聞かせているだけだ。けれど、そんな免罪符が必要だ。



「そう」



 舞香はそれだけ呟いて、一旦黙り込んだ。



「まあ、アンタがそれでいいのならいいけど」


「いいんだ」


「さっきも言った通り、あたしはサクヤ君を知らないからね。サクヤ君が本当はどう思っているが予想もできない。人が考えていることとか、どう思っているのか。その想いって、人の数だけあるからね。

サクヤ君の気持ちを考えるとなると、どーしてもあたし寄りの考えになっちゃうから参考にならない。だから、これからどうすればいいのかっていう問いの正しい答えなんて分からないし、無責任なこと言えないの」


「吐かせといて、答えが分からないって突き放すことは無責任じゃないの?」


「予想以上に話が複雑だったから、正直すまんと思っている。でもさ、ギルさんに言われた通りに転校しなくてもいい気がするけど」



 父の名前が出て、思わず顔を顰めた。



「それにしても、どこで幼馴染みの子がいるって知ったのやら。その情報が入ってこなかったら、類は転校しなくてもよかったのに」


「まあ、気まずいまま来年度まで過ごさずにすむ点では有り難いけど」



 自分と顔を合わせたくないとはいえ、いつまでも別の場所で勉強するわけにもいかないだろう。いつまでなのか分からないが、さすがに一年間はない。咲夜が教室に戻ってきたら、もう自分から話し掛けることはできないから、どうしてもギクシャクしてしまう。


 周りも不思議に思うだろうし、そこから悪意のある噂が流れるかもしれない。繊細な咲夜が傷付くかもしれない。だから、咲夜が教室に戻って来る前に、或いは戻ってすぐに転校したほうが咲夜のためになる。


 暦からも咲夜に近付くな、と釘を刺されたので丁度良い。



「アンタってけっこう頑固ね。いや、思い込みが激しい?」


「どちらでもないと思うけど」



 頑固というほど自分の意思はしっかりしていないし、客観的に物事を見ることができている。その評価は適切だとは思えなかった。



「舞香様、類様。ご飯ができましたよ」



 扉の向こうから蕗子の声がした。声の大きさからして、階段を上がったところから二人を呼んでいるようだ。



「はーい! 今行きまーす!」



 舞香が返事して、腰を上げる。



「アンタはご飯食べる?」


「今は食欲ないから、もう少ししたら食べるよ」


「分かった。蕗子さんに伝えておく」



 そう言った後、舞香は弟にそっと歩み寄って、ぐしゃりと頭を撫でた。



「ちょ、いきなりなに?」



 久しぶりの感覚に、思わず戸惑いの声色を上げる。舞香はにっと笑った。



「ま、アンタがそうしたいんならこれ以上言わないけど、あまり思い詰めないようにね。どんなに罪悪感を抱いていようが、無理してアンタが後悔する道を選ぶことはないし、自分を追い込む必要なんてないんだからね」



 手を離し、舞香はそのまま黙って部屋を出て行った。


 乱暴に撫でられた場所を触れながら、その背中を見送る。


 なんでこのタイミングで撫でられたのか分からない。姉弟になった頃はたまに撫でられたが、中学生になってからは、撫でられることはなかった。



「わからないなぁ……」



 肺に溜まった空気を吐き出して、ベッドに横たわる。


 どっと疲れてしまった。慣れないことをするものではない。



「後悔する道、かぁ」



 呟いて、枕に顔を埋める。


 このまま転校する。それが自分が選んだ道だ。自分で選んだ道は後悔しない、とよく聞くが本当に後悔しないだろうか。



(僕は後悔、するのかなぁ)



 よくよく考えていると、選んだ、というより流れるがままに進んだ、というのが正しいかもしれない。


 けれど、決定事項だったけれど一応父は考える猶予を与えてくれた。それでも、転校すると決めたのは自分だ。きっと、それが自分で選んだ道になるのだろう。



(多分、後悔はしない。けど)



 枕から顔を上げて、床に落ちたまま溶けてしまったアイスを一瞥する。


 そこに手を伸ばし触ってみる。溶けたアイスが完全に砂糖水になって渇いてしまっているが、アイスがそこに落ちた証しにベタベタしている。


 触れた指先同士を擦り合わせる。指先はニチャニチャしていて、擦り合うほど絡みつく。



 ――このまま転校したらきっと、このアイスの跡みたいにずっと、纏わりつくんだろうな



 漠然ながら、そう確信した。

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