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可能性に行き着いて

 今日も来ていない。


 ホームルームになっても埋まらない席を見て、久留島類は溜め息を呑み込んだ。


 ここ二日間は登校すらしていなかったが、今日は咲夜の靴箱に靴が入っていた。だから今日は姿を見ることができると思っていたのに、教室には来なかった。


 梅田も細かい説明はしていない。ただ、持病が悪化した、登校しているがしばらく教室に来られない状態だ、と言っていただけ。


 しばらく、とはいつまでだろう。持病ってどんな病気だろうか。大丈夫なのだろうか。


 心配だけれど、梅田に訊く勇気がない。勇気がない、というより何と切り出して訊いたらいいのか分からない、というのが正しいか。訊いたところで教えてくれるかどうか分からないけれど。



(そもそも、本当に持病なのかな)



 三限目。二組は体育で、種目は陸上だった。ただでさえ身体が重くて仕方ないのに、こっそりとサボれない種目で辟易したが、保健室に行ってサボるにも、そこに咲夜がいるかもしれない。だから渋々と体操着に着替えた。


 こんな暑い中、校庭で走り回るだなんて、熱中症になれと言われているような気分になる。


 そんな中でも考えるのは、咲夜のことだった。


 梅田は持病と言っていた。けれど、頭痛以外は健康体のように見えた。その頭痛は持病といえば持病かもしれないが、原因は失った記憶のせいなので持病というには何か少し違うような気がする。



「丹羽、ここ最近頭痛がひどかったみたいだし、脳の持病かな」


「教室に来なくても学校には来ているみたいだし、それはないんじゃね? 脳だったら大事だ」


「そうだよなぁ」



 そんな会話が前から聞こえてくる。視線を向けると、咲夜の前の席の男子が、友達らしき男と話し込んでいた。


 内容が咲夜のことだったので、耳を傾ける。



「でも、休む前に頭痛で保健室に運ばれて行ったろ? 脳の持病じゃないしろ、持病って頭痛のことだと思うんだけど」


「それはたしかに」



 その言葉にハッとなる。



(そうか、傍から見たらそんな風に見えるのか)



 自分は事情を知っているけれど、クラスメイトは咲夜が記憶喪失だと知らないし、ましてやそれが自分に関係あるとも知らない。だからクラスメイトたちは、咲夜の頭痛をそう捉える。もしかしたら、担当である梅田は知っているかもしれないけれど、カウントには入れない。



「けど、持病になるほどの頭痛って大丈夫なのか? やっぱり脳に異常があるんじゃね?」


「それはないっぽいぞ」


「なんで分かるんだよ」


「ここだけの話なんだけど」



 友達のほうが声を潜めたが、その声はしっかりと久留島類の耳に届いた。



「丹羽が保健室に運ばれた日の放課後、救急車が来ただろ?」


「そういえば、やけに音が近いなって思っていたけど……あれって学校の中だったんか」



 救急車? 知らなかった。


 その日の放課後は告白された後、すぐ帰ったから救急車が来たのはその後だろうか。



「実は運ばれたの、丹羽なんだよ」


「え、マジで!?」



 張り上げた声に、周りの男子生徒が二人を注視した。久留島類も、二人を凝視していた。



(いま、なんて)



 咲夜が救急車で運ばれた? そんな。



「こらぁ! 授業中に私語は慎めぇ!」



 体育教師が怒声を上げる。二人が肩を竦めたが、懲りずに会話を続ける。



「で、マジで?」


「俺、救急車に入っていった丹羽を見た。間違いない。つまり、丹羽は退院した状態かもしれないってことだ。検査していると思うから、もし脳に異常があったら今も入院しているはずだろ?」


「たしかに。でも、頭痛が持病っていうことは、勉強どころじゃなくなるんじゃね? 悪化したってことは今まで以上に頭痛が酷くなったってことだろ?」


「それもそうか。じゃ、やっぱり持病って頭痛のことじゃないかもな」


「じゃあなんだろうな」


「梅田先生、詳しいことは言っていなかったからなぁ。言えないことなのかも」


「先生のことだから、面倒臭くて言わなかっただけかも」


「ありえる」



 二人が小さく笑声を上げる。



「こらぁ!! だから私語は慎めって言っているだろうが! お前らの番だから、とっとと走れ!」


「は、はいぃ!」



 すっかり竦み上がった二人は、慌てて走る姿勢に入る。


 やれやれ、と体育教師が溜め息をつきながら久留島類のほうを見て、怪訝な顔をした。



「久留島、どうした? 顔色悪いぞ」


「……いえ、ちょっと暑くて」



 咄嗟に誤魔化したが、体育教師は怪しむことなく納得した。



「ああ、お前、暑さに弱そうな顔をしているもんな。吐きそうなら、走るの止めるか?」



 暑さに弱そうな顔ってどんな顔だ、と思ったが呑み込んだ。



「大丈夫、です」


「そうか? 無理そうなら言えよ」


「はい……」


「じゃ、いちについて、よーい」



 ホイッスルの音が鳴り響く。それと同時に二人が走り出す。


 久留島類は二人が話していた内容で頭がいっぱいだった。



(咲夜くんが、入院……?)



 救急車で運ばれるほど、頭痛が酷かったのだろうか。



(そんなに酷い頭痛……もしかして)



 そこまで考えて、心の中で頭を振る。



(いや、落ち着くんだ……そもそも、頭痛で救急車に運ばれた、とか言っていない)



 もしかしたら頭痛以外のことかもしれない。梅田が言っていた通り、本当に持病で運ばれたのかもしれない。



(でも……)



 もしも憶測通り、酷い頭痛によって救急車に運ばれたのなら。



(咲夜くんの、記憶が戻った……?)



 あの頭痛は記憶喪失によるもので、記憶を引き出そうとすると頭痛が起きる。倒れるほどの頭痛となると、それと比例した記憶が引き出されそうとして、それに伴い記憶が戻ってしまったのなら。


 辿り着いてしまった憶測を信じたくない。けれど。



(それだと、説明がつく)



 持病は表向きの嘘で、咲夜と自分が顔を合わせないようにするためで。


 嘘を吐いているのは、自分と咲夜の間に何かあったのか、噂にならないようにするためで。



(ああ、つまり咲夜くんは僕に会いたくないってことか)



 当然だ。運命の番だと勇気を振り絞って告白したというのに、拒絶された。その男と会うのは嫌に決まっている。顔も見たくないと思われているに違いない。



(だったら、もう……)

 


 ――ここにいる意味なんて、ない


 

 そのとき、チャイムが鳴って我に返った。



「結局、最後は説教で終わったな」



 隣の男子が小さく呟いた。前を見てみると、前の二人が体育教師に説教されていた。走った後もお喋りして、キレた体育教師が説教しているのだろうか。



「時間になったから解散! 早く着替えて教室に戻れー!」



 体育教師が声を張り上げる。それと同時に周りの生徒が散り散りになった。



「久留島、ほんとうに顔色悪いな」



 隣にいたクラスメイトが急に顔を覗き込んできた。たしか咲夜の前の席にいる男子だ。



「そうかい……? ほんと、暑くて参るよ」


「だな。水分補給、しっかりしろよ」



 それだけ言って、クラスメイトは友達と一緒に去って行った。


 とりあえず着替えないといけない。汗で背中がびっしょりで気持ち悪い。


 更衣室に向かおうとして、足を止める。


 変な感覚が急に襲ってきたのだ。


 肌がぞわぞわする。擽ったいともとれるその感覚は嫌な感じはしなかったものの、妙に落ち着かない。



(この感じ……視線……?)



 目立つ容姿なので、常に視線を感じているが、今までの視線とは少し違う。何故かそう感じた。


 何処からだろう、と特にぞゾワゾワしている肌の先を見るため振り返る。


 校舎だ。ただ、あの校舎は確か学年の教室はなく、あまり使われることがない教室が多いのか、入ったことがない。


 ゾワゾワした感触がなくなる。目を懲らしてみるが、カーテンを閉まっている教室が多く、あそこに人がいるとは思えなかった。



(気のせい、かな)



 訝しげながら、久留島類は更衣室に向かう。


 けれどぞゾワゾワした感覚は、しばらく消えなかった。

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