仲間外れ
(ねむ……)
欠伸を噛み殺しながら、瓜谷は眠気から気を逸らすため、ノートに落書きをしていた。
三時限の今、四組は英語の授業をしている。だが、のんびりとした口調のおじいちゃん先生なので、その口調に誘われ寝落ちしてしまっている生徒が既に何人もいた。
先生も慣れているのか、寝落ちしている生徒を発見しても何も言わない。あののんびり口調は妙な安心感があって、最初は眠くなくても眠気がジワジワと襲ってくる。
(落書きだと、眠ってしまうわ)
一旦落書きを止めて、視線で教室を見渡す。
一度席替えをして、瓜谷は一番後ろになったので全体を見渡すことができる。
(寝落ちしているのは……ざっと六人といったところか)
見渡しているうちに、暦が視界に入った。暦の席は瓜谷から右斜めにあり、顔は見えないものの背中がよく見えていた。
暦は寝落ちしていないどころか、集中していて先生の話を真面目に聞いているようだった。
(いつもなら、うとうとしているのに)
それどころか、いつもより集中しているように見える。昨日もそうだった。咲夜が倒れたというのに、注意散漫はしていなかった。
(いや……だからか)
すぐに思い直す。咲夜が心配だったからこそ、余計なことを考えないようにしていたのかもしれない。
(けど、様子が変よね)
前からなんだか様子が変だったが、昨日から拍車が掛かっているように感じる。
昨日も今日も、暦の様子がおかしい。そう感じる。
初めは咲夜が倒れたから心配なのだろう、と思っていたのだが、どうやら違うらしく、咲夜が退院して一応は登校できる状態になっても元の様子に戻る気配がない。
ここ最近、久留島類に対しての感情を隠しきれていないので、そこも相俟っているのかもしれない。
それが一番しっくりくる答えなのだが、どうも絡まっている糸のような複雑さもある気がする。
(思うと、二人の事情って知らないわね)
小学生のとき、咲夜が転校してきて仲良くなった、とは聞いたが、それだけだ。どうして咲夜が転校したのか、どうして暦が咲夜と仲良くなろうとしたのか知らない。いくらなんでも、初めから可愛いと思ったから仲良くなりたかった、というわけではないだろう。
それに、二人の関係は小さな歪みがあるような気がしてならない。言葉に出来ないそれは直感に近いものだが、絶対にそうであると確信していた。
気付いるところで、何もする気にはなれない。二人のどこかズレている関係に興味がない、というわけではない。けれど、軽々しく踏み込んでもいいものなのか正直分からない。
瓜谷は二人のことを気に入っているし、大事な分類に入っている。だから、距離感を見誤りたくはなかった。
(本人達はそれでいいと思っているかもしれないし)
暦から視線を外し、今度は真ん中の列で窓際の席になった魅瑠を見やる。
どうせ寝ているだろうと思っていたが、予想外にも起きていて驚いた。いつもならこののんびり口調に誘われるがまま寝落ちしているというのに、珍しい。
珍しさのあまり観察していると、魅瑠の頭が黒板のほうではなく、やや外側に向いていることに気が付いた。
なるほど、授業を聞いていないからか、と納得して瓜谷も外を見やる。
グランドが見える。グランドにはどこかの組が体育をやっていた。種目は陸上のようで百メートル走をやっていた。
どこの学年だろうか、とぼんやりと見ていたら知っている顔がいて分かった。
(二組か)
久留島類がいる。遠目だと顔が見えないが、あの髪の色はきっとそうだろう。
瓜谷は久留島類に対して、これといった感情を抱いていない。ファンのように憧れてもいないし、暦のように憎んでもいない。運命の番に対して面倒臭いと言ったことに関しては、同じαとして胸糞悪いとも思ったし、相まみえぬと思ったがそれだけだ。話したことがないので、好きでも嫌いでもない、というのが正直な感想だ。
聞いた後思ったのだが、番に対して思うことは人それぞれだと考え直したので、聞いたときは胸糞悪かったが今はそうでもない。
(もしかして魅瑠、久留島を見ている?)
魅瑠に視線を戻す。頭の傾きからして、空ではなくグランドを見ている可能性が高い。
(でも、魅瑠も久留島に対してはこれといった感情はないはず)
魅瑠もびっくりするほど、久留島類に黄色い声を上げない。久留島君ってモテるねぇ、と我関せず、むしろ興味ない、といった具合で遠くから眺めている感じだ。アイドルに興味がないと態度で示している魅瑠が久留島類に対して興味を持った、というのは考えにくい。そもそも好きな芸能人の話になっても、歳が一回り上の芸能人ばかりをあげた魅瑠が同い年の男子をアイドル視するだろうか。否、それはないだろう。
他の人を見ているかもしれない。けれど、そうだとしても何故だろうか。
そのとき、チャイムが鳴った。先生が終わりを告げると、さっさっと教室を去っていった。
短い解放を味わっている空気の中、瓜谷は席を立って魅瑠の元に向かう。
「魅瑠」
「ん~?」
いつもと変わらない様子で、魅瑠が瓜谷に振り向く。
「二組の誰を見ていたの?」
回りくどいことが嫌なので、直球で聞いてみると魅瑠が目を丸くした。
「なになに~? あかりんってば、魅瑠のこと見ていたの~?」
「たまたま視界に入っただけ。それはそうと、誰を見ていたの?」
「う~んと、久留島君」
隠す風でもなく、魅瑠はケロッと吐いた。瓜谷は胡乱げに首を傾げる。
「なんでまた」
「なんていうか~……好奇心? さっくんがいなくて久留島君は、どんな風になるのかな~って」
「どういう意味?」
「ほら、久留島君ってさっくんを気にしていたみたいだから~。その気にしていた子がしばらく姿を見せないとなると、どんな風に変わるのかなと思って~。ああいうタイプが意気消沈していたら、愉快だよねって」
「言いたいことはなんとなく分かった。要するに面白そうだから観察していたわけね」
「そうともいう~」
そう言いながら、魅瑠はニヤニヤと笑う。
「それで、面白そう?」
「今のところはちょっと面白いって感じ~」
瓜谷は魅瑠を軽く睨めつけた。
「魅瑠……そんな面白そうなこと、一人だけ楽しむだなんて狡いわよ」
「あはっ! あかりんならそう言ってくれると思った~!」
「わたしも混ぜなさい」
「いいよ~! あ、もちろんこよみんには内緒ね」
「当然」
久留島類の話題は、暦の前では御法度だ。油を注ぐ真似は、出来る限りしたくない。
それにしても、と視線を久留島類に向けながら瓜谷は思う。
面白そうと言っているがそれだけで、魅瑠が久留島類を観察するのだろうか。普通の観察だというのに、あれだけじっと見つめるだろうか。
(まるで……監視みたいね)
観察、というよりその方がしっくり来る。
すると、久留島類が立ち止まって辺りをぐるっと見渡した。一瞬だけ、ある一定の方向を見つめていたような気がするが、すぐ目を逸らして再び歩き出した。
視線の先を追う前に歩き出したので、久留島類がどこを見ていたのか分からなかった。
魅瑠を一瞥する。魅瑠は久留島類をじっと見据えていた。
(なんだか……釈然としないわね)
何もかも不透明だ。暦は嫌いの奥に憎しみがあって、魅瑠は観察の向こうに確かな目的がある。前者は確信しているが、後者は勘づいているだけで確信ではない。共通点は、理由がはっきりと分かっていない。霧のように先が見えてこないということだ。
(けど、これだけははっきりとしている)
久留島類と咲夜を軸に、周りが動き始めている。瓜谷を置き去りにして。
(それはそれでムカつくけど、言ってくれるまで待つって決めたんだし)
あまり最初の宣言を撤回したくない。そしてなにより、距離感を見誤って、関係に罅が入ってしまいたくない。
けれど。
(それこそ、面白くないわね)
多分、待っても無意味だ。誰も教えてはくれない。暦も、魅瑠も、咲夜も、誰一人自分のことを自分から話そうとしない。
ならば、じわじわと自分も動こうではないか。
仲間外れにされるのは、癪だ。




