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職員室へ

 退院した翌朝、咲夜はいつもより早い時間に家を出た。


 いつもの時間に登校しても、久留島類と遭遇することはないと思う。彼はいつも遅い時間に登校してくる。だが念には念をだ。久留島類が早めに登校することはない。


 早く家を出る、と暦に伝えたら、付き合うから教えろ、と返事が返ってきた。


 暦にいつももより早く起床させるのは気が引けるが、目を覚ましてから会っていない。心配している、というのは明らかなので承諾した。多分、暦は引かないだろう。


 いつもの場所で暦と合流し、学校に着く。いつもの時間なら朝練がない生徒が登校して、人通りが多いのだが、人通りが全くなかった。グランドの方向から、掛け声が聞こえてきたが、それだけであった。こんなに人通りが無い校門は初めてだ。


 誰一人擦れ違うことなく、職員室に着くと暦は職員室の前で待つと言った。咲夜には用事があっても暦の用事にはならない。それなのに、職員室に入るのは憚れるとのことだった。


 声を掛けてから職員室に入る。ちらほらと先生がいるが、閑散としていた。


 職員室に入ったことがないので、梅田の席は知らなかったがすぐ梅田の場所が分かった。向かおうとするが、梅田も咲夜に気付き、こちらに向かってきた。



「先生、おはようございます」


「おはようさん。もう大丈夫か?」


「ま、あ……一応……?」



 頭は大丈夫だが、これからが大丈夫ではないのでつい曖昧な返答になる。



「そうだろうな。ところで、木ノ下も来ているのか?」


「はい」



 頷くと、梅田は辺りを見渡したあと、顔を近付かせ声を潜めて質問してきた。



「木ノ下はどこまで事情を知っている?」



 咲夜も合わせて小声で返した。



「記憶が戻ったことは話したんですが、く……詳しいことは話していません」



 久留島、と言いそうになって慌てて呑み込む。職員室とはいえ、人がいるし静かな分話し声が聞こえるから、名前を出すのは危ない。



「つまり本当の理由を知らない、と」


「はい」


「よし、分かった。とりあえず、自習する場所でこれからのことを説明するから、木ノ下はここで別行動を取ってもらう必要があるんだが……それでいいか?」


「いいんですが……暦が納得してくれるかどうかは」



 わざわざ暦に席を外させるということは、暦には聞かれたくない内容……教室に入らない本当の理由を含めた説明をするということかもしれない。


 だが、それで、はい分かりました、と暦が素直に頷くだろうか。変に勘繰られるかもしれないし、付いて行きたがるかもしれない。



「うーん、そうかぁ……よし」



 梅田は後ろを振り返った。



「野村先生ー」


「なんですか?」



 細身で柔和そうな女性が歩み寄ってきた。六十代に見えるこの先生は、たしか美術の先生だ。美術は選択科目で、咲夜は取っていないのでそんなに見かけたことがなかった。



「野村先生、たしか一時限目に授業が入っていましたよね?」


「はい。石膏像を作るための粉を運びたいのですが、一人で持つと腰が」


「では、職員室の前に美術部部員の木ノ下がいるらしいので、手伝ってもらったらどうでしょう? 手伝いたいのは山々なのですが、これから丹羽と大事な話があるので、ぶっちゃっけ引き取ってくれると助かります。それから誤魔化してくれるともっと助かります」


「ぶっちゃけますねぇ。まあ、いいですけど。あら、あなたが丹羽君?」


「は、はい」



 急に話し掛けられて、咲夜はどもる。



「木ノ下さんから話は聞いているわ。幼馴染みはとても心配性だって。木ノ下さんも心配性だと思うけれど。大事な話って、木ノ下さんには聞かれたくないの?」


「あ、はい」


「それなら分かったわ。偶然を装って引き取ってあげるから」


「ありがとうございます」



 野村はにっこりと笑うと、出入り口のほうへ向かう。職員室を出た野村が暦を見つけて、「あら、木ノ下さん、ちょうどいいところに」と声を掛けた。


 野村の姿が見えなくなり、少し経ったところで梅田が動いた。慌てて咲夜も後に続く。


 職員室を出ると、暦が困った顔で野村と向き合っていた。断りたいけれど、年寄りの腰を考えると重い物を持たせるわけにはいかない、と良心と戦っているように見える。



「暦」



 声を掛けると、暦がこちらに振り向く。野村も合わせて振り向いた。



「あら、もしかしてあなたが丹羽君?」


「は、はぁ」



 まさかまた初対面をやり直すとは思っていなくて、返事がまともに出来なかった。



「木ノ下さんにちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど、借りてもいいかしら?」


「えーっと」



 気の利いた機転が分からなくて、助けを求め梅田を見やる。梅田は咲夜を一瞥すると、暦のほうに視線を向けた。



「すまん、木ノ下。手伝いたいのは山々だが、丹羽との大事な話が長くなりそうで手伝えん。野村先生もこの間腰を痛めているし、女性二人で重い物を運ぶのはキツいだろうから、テニスコートにいる道先生に手伝ってもらって運んでくれないか?」


「なんで重い物を運ぶことを知っているんですか?」


「さっき頼まれて断ったからだ。なに、場所は教えても問題ないから、あとで丹羽に聞いて、昼休みに来たらいい」



 暦が咲夜を見る。



「えーっと……オレの分も手伝ってくれないか? 手伝いたいけど、人が多くなりそうだし。先生の許可も出たし、場所が分かったら教えるから」


「絶対にだよ?」


「うん」



 腰を痛めた野村が心配だったのだろう。暦は思っていたよりもあっさりと引いて、野村と共に先に行った。


 暦が先頭を歩き、野村が後ろで歩いている。すると野村が後ろに手を回し、親指を立てた。


 おっとりとしていそうな見た目だったが、案外お茶目なのかもしれない。



「よし、行くか」


「はい」



 梅田が歩き出し、咲夜も後に続く。梅田の方が身長が高く足も長いのに、歩幅を合わせてくれているおかげか、駆け足にはならなかった。

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