叔母②
そのとき、スマホのバイブが鳴った。
一瞬で我に返り、慌ててスマホを鞄から取り出す。
咲夜からのラインだった。
【異常がなかったから退院して、今母さんと家に帰った。明日から学校に行く】
命に別状がないとは思っていたが、本当になくて安堵する。けれど、咲夜のことだから無理はしていないだろうか。
すかさず返信を打つ。
【なにも異常がなくてよかった。でも、今日退院して明日学校って、大丈夫? 無理していない?】
既読はついたが、一向に返事が来ない。返事の内容に困っているのだろうか。
本当に無理していないのだろうか、と心配になってきたが六分後、ようやく返事がきた。
【大丈夫。無理はしていない。ありがとう。けど、ちょっと記憶が戻って混乱しているから、しばらくは教室は行かずに他の場所で勉強することになった。けど、心配はしないでくれ。ほんとうに大丈夫だから】
息が止まった。
記憶が戻ったって。多分、ちょっとどころの記憶ではなさそうで。
そんな予感はしていたものの、実際に聞かされると驚きすぎて動揺した。
(落ち着け…………記憶が戻ってよかったね、は多分今の咲夜には地雷だ)
返事の遅さからして、記憶が戻ったことに対して複雑な思いがあった可能性がある。過去に咲夜の記憶が戻るよう色々と手伝ったことがあることを踏まえて、記憶が戻ったらすぐ返事がきていたはず、多分。
少し間を置いてから、返信をする。
【そうなんだ。学校側が配慮してくれてよかったね。けど、混乱しているんなら無理はしないように!! ところで、どこで勉強をするの?】
今度はすぐに返事がきた。
【わかった、気を付ける。どこで勉強するかどうかは、まだ知らない。早めに学校に行って職員室で梅田先生から説明を聞けって、さっき連絡があったから明日まで分からない】
【わかったら教えてね。あと、具体的には何時? わたしも付き合うから】
返信を送って、スマホをベッドの上に放り投げて、再びベッドに横たわる。
肺の中の澱んだ空気を吐き出していると、玄関の扉が開く音が聞こえてきた。重くて怠い身体を起こし、部屋を出て階段を下りていく。
玄関には母がいた。重そうな買い物袋二つを両肩にぶら下げて、靴を脱いでいる。
「お母さん、おかえりなさい」
俯いていた顔を上げて、母が軽く笑う。
「ただいま。荷物お願い」
「はーい」
母から二つの買い物袋を受け取り、キッチンへ向かう。
「あ、今日はカレーにするから、材料はそのまま置いといて」
「わかったー」
買い物袋から材料を取り出して、残りは冷蔵庫の中に入れていく。
本当は咲夜のように、忙しい二人に代わって料理をやりたいが、暦は料理が壊滅的に苦手なため、手伝いもできない。代わりに他の家事はしているものの、母が一番面倒臭がっている料理をできないのは少し申し訳ない。
「そういえば、咲夜君から連絡来た?」
「うん。退院して家に帰ったって」
「じゃあ、なにもなかったのね」
「うん……」
記憶が戻ったらしいが、何だか話すのが面倒でそれだけ返事をした。
「ねぇ、今年の花はどうしたの?」
叔母が眠っている墓に供える花は、毎年事前に予約しているものだ。お墓参り当日だと目当ての花がないときがあるため、イメージ通りの花束にするためだという。
「今年はあの子が好きだった白百合と撫子をメインにした花束よ」
今年はそのパターンか、と内心で呟く。叔母は花が好きで、素朴な花が好きな傾向があったらしいが、ほとんどの花が好きだったと聞く。
そこまで思い出して、ある疑問がふっと浮かび上がった。暦は振り返って、母を見る。
「そういえば、花束に薔薇が入っているの見たことがないような気がするんだけど、なんで? 薔子おばさんの薔って、薔薇の薔だよね?」
母が、ああそれね、と呟いてから答えてくれた。
「名前の由来はそこからきているけど、あの子、そんなに薔薇が好きじゃなかったの」
「え、なんで?」
花ならたいてい好きだったらしいのに、薔薇があまり好きではなかった。初耳だ。
訊くと母が苦笑した。
「自分に薔薇は似合わないからって。でも、死ぬ前くらいはちょっと好きになっていたみたいだけど」
「好きになっていたんなら、どうして入れないの? バリエーションが増えるのに」
「被るといけないから」
「被る? ああ、薔薇の人と?」
薔薇の人とは、毎年叔母の命日に墓の前に薔薇を置いている人のことだ。親類の皆、その姿を見たことがなく、性別も分かっていない。謎の参拝客として、怪しさ満点だというのに親類は受け入れている。
その薔薇というのが毎年決まっていて、造花の赤と白のドット柄の薔薇、枯れた白の薔薇の二本ずつ、計四本。造花のほうはわざわざオーダーメイドしたのか、本物の薔薇のようにみずみずしく、素材が安っぽくなかった。白の薔薇もわざと枯らしているような感じがした。
なんで毎年決まっているのか、暦には理解不能だ。
「そうそう。被ったら面白みがないでしょう?」
「でも、毎年決まっているんだから、それ以外の色の薔薇にしたら?」
「ん~。でもね~」
苦笑しながら濁す母が、ふっと視線を逸らして呟いた。
「薔薇は特別な花だからねぇ」
そう言い残して母が、着替えてくるから、とリビングから出て行ってしまった。
ぽつん、と立ち尽くす。母が呟いた言葉を反芻して、怪訝に首を傾げる。
(特別なのに、どうして姿を知らない謎の人物に薔薇を譲るの?)
意味が分からなくて、暦は苛々しながら冷蔵庫に食材をぶち込んだ。




