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叔母①

 家に帰ったが、暦の母はまだ帰っていなかった。母は仕事をしているが、この時間帯にはいつも帰ってきている。


 珍しいな、と思いつつ靴を脱いで玄関に常備している消毒液で手を拭いてから、リビングに向かう。


 リビングの電気を付けて、カレンダーを見る。カレンダーには家族の用事が書かれていて、今日の日付を見てみる。


 父は仕事、母は仕事帰りに花屋に寄ると書いてあった。


 花屋。それを見て合点した。



(そういえば、もうすぐだっけ)



 叔母の命日が、近付いてきている。


 重苦しい溜め息をついて、そのまま自分の部屋に向かう。

 自分の部屋に着くと、適当に鞄を置いてベッドにダイブした。



(すごく癪だけど、アイツのせいでおばさんの命日のこと忘れていたわ)



 毎年忘れなかったのに、久留島類を見かけ、咲夜に絡むようになったからその事ばかり気にして、忘れていた。



(今ばかりはアイツのことは、忘れよう。今は、おばさんを偲ばないと)



 偲ばないと、心に刻みつけないと。


 叔母の最期の言葉を、忘れたらいけない。あの言葉は、叔母の本当の気持ちで、その気持ちを知るのは暦しかいないのだから。



(おばさん……あのとき、どんな思いであんなことを言ったんだろう)



 暦は下唇を噛んで、あの日を回想した。


 あの日はもうすぐ雨が降りそうな、そんなどんよりした曇り空だったと今でも覚えている。


 その日、暦は風邪を引いていて学校を休んでいた。熱は引いたものの、喉の痛みが残っていて登校したら男子にからかわれると思い、喉がある程度治るまで休みことになった。


 あの頃は、母が退職して次の就職先を探している最中だった。だから暦が熱を出している間、母はずっと暦の看病をしてくれた。


 けれどその日は、母はどうしても職安に行かなくてはいけなくて、家を出ていた。


 一人で留守番をしていると、電話が鳴った。名前を確認すると、そこには叔母の名前が表示されていた。


 暦は優しい叔母が大好きだった。おばさん、と話し掛けると一輪の花が咲いたように破顔して、暦がどこかに行くまでずっと構ってくれるし、暦の話をずっと聞いてくれた。


 線が細く、病弱だったから外で遊んでくれることはなかったが、家の中の遊びなら暦が飽きるまで付き合ってくれた。親戚の中で、一番叔母が大好きだった。


 叔母は結婚していて、暦と同い年の息子が一人いるとは知っていたが、実際に会ったことはなかった。叔母の夫にも会ったことがない。


 親戚の集まりにはいつも叔母だけが参加していて、二人が来ることがなく、叔母が暦の家に遊びに来ても、息子と共に来ることがなかった。


 この子が息子の類よ、とスマホの写真を見せてもらったことがある。綺麗な子だな、と思ったけれどあまり叔母に似ていなかった。


 鳴り続ける電話に、暦はどうしようと迷った。


 喉を痛めないために、必要最低以上は喋らないように、と母に口酸っぱく言われた。電話越しだとどうしても喋らないといけない。


 けれど、叔母からの電話だ。久しぶりに声を聞きたかった。


 悩んでいる間にも電話の音が鳴り響く。


 とりあえず出ることにして、受話器を取った。



「――」



 しょうこおばさん、と呼ぼうとしたが思っていた以上に声がガラガラで、一つの声すら出せなかった。


 歯痒い思いでいると、叔母が声を発した。



『お姉ちゃん……?』



 いつもより、弱々しく千切れそうな声色を暦は不思議な気持ちで聞いた。


 なんだか元気がないような気がした。叔母は最近なにかあったようで、色々と大変だったから疲れているのかもしれない。



『お姉ちゃん……?』



 もう一度、叔母が母を呼ぶ。


 言わなくちゃ、お母さんじゃなくて暦だよ、と。お母さんは出掛けていないんだよ、と。


 伝えたいのに、ガラガラの声すら出ない。こうなるのなら出ないほうがよかったかもしれない。母が帰ってすぐに、叔母から電話が来たよ、と伝えるだけでよかったのに。



『お姉ちゃん……怒っているの……?』



 怒っている。叔母は母に怒られたのだろうか。言われてみれば、たしかに最近の母は叔母とその旦那の文句を言っていたような気がする。


 叔母に対して呆れ、旦那に対しては怒っていたようだったが、内容がよく分からなかった。



『あのね、お姉ちゃん。なにも言わなくていいから、ちょっと聞いてほしいの、お願い』



 なんだかその声が必死そうに聞こえて、受話器を置くことができなかった。


 電話を切られなかったことを受け入れてくれた、と取ったのか叔母は、電話越しの相手が暦ではなく母だと思い込んだまま、一方的に自分の気持ちを語った。


 きっと懺悔室ってこういうものなんだと、今の暦は思う。それくらい叔母の語りは懺悔に近かった。


 涙混じりの声で、まるで小さな子供のようにぐする叔母に、暦は立ち尽くしていた。



『あのね、お姉ちゃん、わたし……』

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