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退院

 ベッドに横になるほど調子が悪いわけでもないので、ベッドに腰掛けて、パイプ椅子に座っている母と話していた。


 結果が出たのは夕方になる少し前だった。検査の結果は、異常なし。やはりそうだろうな、とは思ったが、少し安堵した。


 原因は分かっていても、他の異常がないと告げられたら肩の力が抜けるものだ。



「よかったわね~。ただ記憶が戻っただけの頭痛で」


「記憶が戻ったって大事でしょうに」



 母の言葉に志津江が呆れた声色で突っ込む。



「記憶が戻る戻らないよりも、咲夜の頭に異常があるかないかが重要ですよ」


「言い方」


「せめて脳って言って」



 それだと頭がおかしい人に聞こえる。母はあっけらかんと笑った。



「まあそれは置いといて。ということは、もう退院でいいんですか?」


「はい。問題はなかったので、今すぐでも退院できますよ。念のため様子を見たいのであれば、明日でも構いませんが」


「どうする? 咲夜」


「では、今から帰ります」



 問題がないのなら、とっとと退院して入院費を抑えたい。それに家に帰って、掃除をしなくてはいけない。



「と、いうことらしいです」


「それでは、診断書を書いておいたので、学校に送っておきますね」


「診断書?」



 母が不思議そうに首を傾げる。咲夜はギクッと肩を強張らせた。



「咲夜君は記憶が戻ったばかりですので、精神的に不安定なところがあります。人がたくさんいる教室で過ごすとなると、さらに不安定になる恐れがあるので、しばらくは一人で自習させて様子見して問題がなかったら普段通りに通うよう手配したほうがいいと判断しまして」



 志津江がしれっと応えると、母は得心した。



「そうですね~。そのほうがいいかもしれませんね」



 疑っていない母を見て、胸をなで下ろす。この様子なら母よりも楽観的な父も、疑わないだろう。



「それじゃ準備をしなくちゃ」


「あ、母さん。荷物はまとめておくから、退院手続きをしてきてくれないかな。その後にタクシーを捕まえてくれたら」


「そうね。荷物は少ないから、咲夜一人でもできるし、そうするわね」



 母が軽い足取りで病室から出て行く。母が出て少し経ってから、志津江を見て躊躇いがちに声を掛けた。



「あの、先生」


「ん? なにかしら」



 志津江も咲夜を見ながら、優しい声色で訊ねる。



「その、診断書を出してくれるのは有り難いんですけど……えっと、先生たちに番のこととか、話すんですか……?」


「そうねぇ。そう言われたら、一通りの事情を話したほうが、咲夜君と番の子と会わせないように気を遣ってくれるでしょうけど」


「そう、ですね」



 診断書には、あくまで人が多いところでの滞在しないことと書くだけで、久留島類個人と接触をしないように書けない。何故なら、両親が見る可能性があるからだ。


 先生が事情を知っていて、なおかつ協力してくれれば、久留島類との遭遇の確率がぐんっと減るだろう。



「けれど、こんなことあまり知られたくないわね」


「はい……」



 暦達にも知られたくない。けれど、一人も協力者がいないとなると学校で過ごすのが難しくなる。


 今、久留島類と接触したら、自分がどんな行動をするのか分からない。取り乱すかもしれない、泣いてしまうかもしれない、恐怖で足が竦むかもしれない。


 そんなところ、彼に見せたくない。



「そうねぇ……誰か一人、信頼できる先生っている? せめてその先生には、事情を知ってもらったほうがいいかも」



 事情を知っても誰にも漏らさず、なおかつ協力してくれそうな先生。パッと思い浮かんだのは、担任の梅田だった。


 咲夜が倒れたことを魅瑠に伝えたが、それはきっと魅瑠が暦には言わないだろうと信用して伝えたのであって、ちゃんと暦には言わないよう頼んでくれたらしい。


 あまり生徒と話すようなタイプの先生ではないが、だからこそ生徒には言いふらさないだろうし、言いふらしても魅瑠だけだ。人のことをちゃんと見ているし、魅瑠の話を聞く限り一番信頼できる先生といえた。



「だったら、担任の梅田先生には事情を説明してくれたら」


「なるほどね。担任だったら、色々と都合が良いわね。それじゃ、診断書と事情を書いた手紙を、学校に送っておくわね。診断書は後ほど丹羽家に返却するようにしておくから」


「何から何まですいません」


「いいのよ、これくらい」



 ふっと、志津江が小さく笑った。



「それじゃ、自分の荷物を片付けておいてね。ちょっと席を外すけど、見送りはするから」


「でも仕事、忙しいんじゃ」


「見送りくらいへっちゃらよ。それじゃ、また後でね」



 そう言って志津江も病室から出て行った。


 ようやく一人になって、咲夜は大きく息を吐き捨てた。だが、落ち着く暇はない。とっとと荷物をまとめないと。


 咲夜はベッドから立ち上がり、荷物を片付け始めた。

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