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祖父のこと

「話を戻して。記憶が戻ったってどこまで?」


「えーと……一通りってところかな……?」



 はっきりと思い出したのはあの日のことだが、他のことも思い出している。


 それが断片的なことなのか、全部なのか。断定できないが、とりあえず最低限のことは思い出したと思う。



「ごめん。全部とは言い切れない」


「あら。全部思い出すのは無理よ」



 ずばっと言いのけられて、言葉に詰まった。そんな咲夜を労るように、母が言い紡ぐ。



「だって、小さい頃の記憶だなんて、全部覚えているわけがないじゃない。母さんだって、全部覚えていないもの。咲夜が記憶を無くしていない状態だったとしても、全部覚えているわけがないもの。記憶ってそういうものよ。だから、一通り思い出してくれただけでも、母さんは嬉しいなぁ」



 母が笑う。無理して笑っている風でもなく、本当に嬉しそうだった。


 少し、胸の痛みが治まったような気がする。思い出さないほうがよかった記憶が大半を占めていたけれど、母が喜んでくれたのならほんの少し、思い出してよかったと思えた。


「そういえば母さん」


「なに?」


「どうして今まで、じいちゃんのこと言わなかったんだ? あんなにオレのこと可愛がってくれていたのに」


 父も母も、咲夜が記憶を失った時から祖父の話をしたことがない。他の親戚ともあまり交流がないとも言っていたが、記憶を失う前は夏休みと冬休みに祖父の家に行って、親戚と交流していた。



「等くんのことを覚えていなくて、申し訳なさそうにしていたからよ」



 等とは、従兄弟の名前だ。歳が近かったので、記憶を失う前は、よく一緒に遊んでいた。



「等くんのことでだいぶ気が病んでいたのに、あの人のことを話したら、きっともっと気にしちゃうだろうから、交流はそんなになかったってことにしようって、あーさんと相談して決めたの。

あの人のことを話したら、咲夜は無理でも思い出そうとするだろうし。皆には、咲夜にはゆっくりと思い出してほしいからって説得して、協力してもらったのよ」


「そうだったんだ……」



 記憶を失って、親戚と会ったとき、皆の態度がどこか余所余所しくて、居心地が悪かったのを思い出す。咲夜が記憶を失ったから腫れ物扱いされていた、とずっと思っていた。それもあったけれど、咲夜に仲が良かったことをバレないように気を遣ってくれていたのだろうか。


 大人達はすぐ納得してくれたのだろうけれど、まだ幼かった従兄弟たちを納得させたうえで協力させるのは中々に大変だったのだろう。


 つくづく周りに迷惑ばかり掛かってしまったようで、本当に申し訳なかった。



「母さん」


「ん?」


「お盆のときに、じいちゃんのお墓参り行きたい」


「そうね。あの人が喜ぶわ」


「うん」



 頷く。祖父が喜びそうな話はない。むしろ知ってしまったら、悲しんでしまうだろう。


 運命の番に拒否されたなど、あんなに運命の番に出会うことを願っていた祖父に言えるわけがない。生きていたら、きっと悲しむ。


 不謹慎だけれど、祖父がいなくて良かったと思う。



「お盆の前に、今度の日曜にどこに行くか決めましょうか」


「だったら……牧場に行きたい」



 賑やかな場所は苦手で、両親もそんなに好きではない。日曜日だから、どこも混んでいる。だったら、少しでも静かな場所がいい。


 牧場だったら、比較的のんびり出来るだろう。



「いいわね~! ここから近いのだと、牧野牧場かしら。牧羊犬がいるし」


「そこにする」


「あら、即答。お母さん、あそこのチーズソフトクリームが食べてみたかったの~」


「母さん、ソフトクリーム、好きだな」


「だって美味しいんだもん。あーさんもピザが食べたいって言っていたし、日帰りできる距離だから、あーさんも大賛成ね」


「ピザもあるんだ」


「近くに美味しいって評判のピザ屋があるらしいの。チーズピザが美味しいっていうから、咲夜もきっと気に入るわ」



 母が嬉しそうにしているが、咲夜は内心呆れていた。


 馬乗りの体験もあって、温泉も確かあったはずなのに、それらそっちのけで食べ物だけしか言っていない。我が両親ながら、食い意地が張っている。



「母さん、食べ物以外でなにかないの?」


「美味しいものがあったら、なんでも楽しめるじゃない」


「……じいちゃんが似たようなこと言っていたよ」


「それはそうよ。あの人の受け入りだもの」


「じいちゃんって、食いしん坊だったっけ?」



 訊くと母がうーん、と首を傾げた。



「食いしん坊っていうより、大食い? お店でけっこうな量の料理を頼んでいたわね~」


「そういえば、大盛りの料理ばっかり頼んでいたような……」



 祖父の家に行くと、よく近所の食堂でご飯を奢ってもらっていた。祖父は好き嫌いがなかったのか、毎回違うものを頼んでいたような気がする。あの頃は大人の量だと思っていたが、今思うと大人が食べる量よりも多かった。



「あの人、初老だったけど、テレビで出てくるようなデカ盛りの料理も食べきっていたの」


「そうだったんだ!?」


「でもね、アイツの料理には敵わんってよく呟いていたわ」


「アイツってばあちゃんのこと?」


「そうそう。食堂の人が笑っていたわねぇ」



 その後も、祖父の話で盛り上がった。祖父は母の父なので、母の幼い頃の話も聞かされた。咲夜は知らない祖母の話も聞けた。


 その間、母は懐かしんだり、少し寂しそうな顔をしていた。けれど、涙ぐむわけでもなく、ずっと二人のことを話していた。


 まるで、今まで咲夜に語れなかった分を巻き返そうとしているようだ。


 祖父と祖母の話をしている母を見て、記憶が戻ってよかったと思う。


 けれど、本当に良かったのだろうか。


 母の嬉しそうな顔を見たらそんなこと思わないのに、久留島類の顔が脳裏を過るとそう思わずにいられなかった。

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