嫌なことがあった後に限って
不快だ。とてつもなく不快だ。
久留島類は苛つきを抑えながら、帰路を急いだ。
告白された。それはいつものことだ。断って、泣かれることも慣れた。だが、抱きつかれるのは別だ。
思わず突き放して睨んで、女子をさらに泣かせたが、罪悪感なんて芽生えなかった。
久留島類は、元々他人との接触を嫌う。実の父でさえ、あまり気が乗らないのに赤の他人だと尚更だ。義理の姉と母との関係が上手くいっているのも、彼女たちがあまりベタベタしないからだ。
いつもなら躱せた。これが初めてというわけではなく、何度かあってどれも躱してきた。
あのときの咲夜を思い出しながら、これが咲夜だったら、と自分らしくない思考に陥っていたから、完全に油断していた。
これで告白してきた彼女が、自分のことを完全に諦めてくれるだろう。あれでトラウマになってくれたら、尚良し。
あの後すぐその場を去ったので、振った女子のアフターケアはしていないが、それは友人なり慰めてくれるだろう。それで「久留島類は最低」という噂が流れても知るか。むしろそれで女を避けられるのならいい。
家が近くなっていく。家が見えたところで、立ち止まる。
(なんでこういうときに限って、帰っているのやら)
眉間に皺を寄せて、睨み付ける。
駐車場に一台の車が停まっている。黒い外国車だ。車のメーカーに興味がないのでメーカーは知らない。義理の母のものではない。あれは、父の車だ。
父が自分に対して然程興味がないように、自分も父に対して興味はない。が、なんだか今はあまり顔を合わせたくない。
父は仕事一筋の人で、家にはあまり帰ってこない。それなのに、今日に限って帰ってきている。
(今日は運が悪いな、ほんと)
盛大に溜め息をついて、重い足取りで玄関に向かう。鍵を開けて玄関の扉を開ける。玄関の鍵を閉めると、のほほんとした声が聞こえた。
「あら、類様。おかえりなさい」
振り返ると、家政婦の蕗子がにこにこと邪気がない笑顔を浮かべて立っていた。手にはモップがあって、ちょうど廊下の掃除をしていたところらしい。
「うん、ただいま」
鉢合わせしたのが父ではなくて、繕うことができた。
蕗子は不思議そうな顔で首を傾げたが、すぐ元の笑顔に戻る。
「旦那様が帰っていらっしゃいますが、挨拶しますか? 今、リビングにいますけど」
「いいよ。今日は疲れたから、このまま部屋に行くよ」
「はい」
父が帰っても、滅多に挨拶しないのでそこは不思議がらずに蕗子が頷く。靴を揃えて階段を上ろうとしたとき、後ろから声を掛けられた。
「類」
足を止めて、後ろを一瞥する。そこにはしかめっ面の父がいた。いや、しかめっ面は平常通りだ。
「ああ、おかえり、父さん。珍しく帰っているけど、着替えを取りに来たの?」
ここから父の職場は少々遠いので、父は職場から近いホテルの一室を借りている。金が勿体ない気もするが、それでも余裕があるのでそのことについて文句を言ったことはない。
「話がある。リビングで待っている」
それだけ言って、父はリビングの方へ戻っていった。自分の意見は無視か、と苛立つ。今は父と話したくないというのに、本当に父はいつもタイミングが悪い。
「お茶を淹れておきましょうか?」
「僕の分はいいよ」
「はい」
蕗子がモップを持ったまま、リビングに向かう。きっと父にもお茶がいるかどうか確認しに行ったのだろう。
父と話したくないが、仕方ない。とりあえず、荷物を置くために部屋に向かった。
自分の部屋に荷物を置き、重い足取りでリビングに向かう。
大きく溜め息をつきながら階段を下りて、リビングの扉を開けた。
父は既にソファーに腰を下ろしていて、コーヒーを飲んでいる。コーヒーだと分かったのは、煎りたての匂いがしたからだ。
父がこちらに振り向く。父は無言だったが、視線で、向かいに座れ、と促された。気が乗らないが、向かいのソファーに座る。
「それで、なんの用?」
父が自分に話があるというが、心当たりがない。
前菜のような軽い会話もせず、いきなり本題に突っ込んだのは、面倒くさい以上に父と共有する話がないからだ。学校はどうだ、と普通の親は訊くが、父からそういう話をされたことは一度もない。
お互いなんだかんだで会話が苦手だ。だから、そのほうがお互いのためにもなる。
父が手に持っていたコーヒーカップをテーブルに置く。
相変わらずの底の冷えた瞳で、自分を見やりつつ口を開く。
「木ノ下の子が学校にいるようだが、接触はあったか」




