目が覚めて②
「それは……」
その通りなのだが、全てを思い出した今はあまり言いたくない。それに、母が戻ってくる可能性があるというのに、母が気にするかもしれない内容を言うのは憚れた。
「否定は肯定と取るけどいい?」
責めるような視線で睨まれ、悟る。これは絶対に聞き出す気満々だと。
「あの、その前に、いいですか?」
「なにかしら?」
「オレ、このまま入院ですか?」
「そうね。検査して様子見っていうことで、入院することになるでしょうね。とは言っても、問題がなかったら一日だけね」
「それでしたら、その……母が帰った後で」
志津恵は咲夜の目をじっと見つめた後、小さく頷いた。
「分かったわ。ちゃんと話してくれるのならそれで」
「ありがとうございます」
ホッと息をつく。これで母に聞かれる心配はない。
「それ以外にとくにないのね?」
「はい」
「分かったわ。入院手続きも終わっているから、丹羽さんにはとりあえず帰ってもらうわ」
「手続き、終わったんですか?」
「いつ目覚めるか分からないし、目を覚まさなくても検査はしなくちゃいけないから」
この時間帯だしね、と付け加えながら、志津江は壁に掛けられている時計を見やる。咲夜も時計を見やった。時刻はもうすぐ九時になる。なるほど、この時間帯では検査が出来ない。
「着替えも持って来てくれているし、面会時間も終わるから今日はこのまま帰らせておくわ」
志津江が立ち上がり、扉のほうへ歩く。
「それじゃ、またね」
そう告げて、病室から出て行った。改めて病室を見渡すと、ここは個室のようだ。
個室は高いらしいのに、見知らぬ人と一緒にいるのが苦痛に感じる咲夜に、母が気を遣ってくれたのだろうか。
いつもなら申し訳なくて罪悪感が込み上がってくるが、今はありたがった。大部屋だったら一人で考える時間がなかっただろうから。
(これから、どうしよう)
思い浮かぶのは、久留島類の後ろ姿。保健室の帰りに擦れ違ったときに見せた、拒絶する背中。
(今でも、運命の番はいらない、とか思っているのかな)
いや、思っているだろう。面倒くさいって言っていたから。
(だったら、なんでオレに話し掛けてきたんだよ)
いらないのなら、あのまま話し掛ければ良かったのに。
咲夜のことを知りたかったとはいえ、あんなことを言った咲夜と関わらないほうが、久留島類にとって賢明な判断なのに。
その知りたいというのは、そんなに大きなものではなく、ちょっとした好奇心の筈だ。好意からの興味ではない。
決して、自分が必要になったわけではない。今も昔も、久留島類にとって自分はいらない存在。
(無責任すぎる)
いらないのなら、番にする気がないのなら、関わってほしくなかった。あっちから近付いてきて、離れて、また絶望させて。
身勝手すぎる。最低だ。
(きっと、そういうことを考えることがないくらいに、オレのことなんて)
次々と浮かび上がってくる、久留島類の表情。浮かんでは摺り抜けていく、その中で引っ掛かったのは。
『ただ、僕がいないときでも僕のことを考えているんだな、と思うとね』
と、嬉しそうに笑った顔だった。
あのときは嬉しそうに見えた。けれど、それは違っていて、いつもの空っぽの笑顔ではなかっただろうか。
もう、何もかもが嘘のように思えてきて、虚しくなった。あの笑顔も偽りのように見えてきて、胸に鋭い痛みが走った。
(もう、信じられない)
元から信じていなかったけれど、久留島類のことがさらに信じられなくなった。
そのことが、とてつもなく悲しかった。




