目が覚めて①
瞼をおもむろに上げる。視点が定まらず、朦朧な世界をしばらく眺めているうちに、徐々に視界が開けてきた。
飛び込んできたのは白い天井だった。自分の部屋ではない。けれど、学校の保健室の天井でもなかった。
「咲夜?」
耳に親しんだ声が真横で聞こえてきた。ちゃんと分かる。母の声だ。
重い頭を動かして、視線を動かす。
母は咲夜の顔を覗き込んでいた。目が合うと、母の目に涙が滲んだ。
「咲夜、大丈夫?」
頭がぼんやりとして、呂律が回りそうにない。とりあえず首を縦に振った。
「って、あなたは大丈夫じゃないのに、大丈夫って言っちゃう子だから、信用できないな~」
そう言いながら、その顔は安堵に包まれている。
最初はなんでここにいるか分からなかった。けれど、徐々に記憶思い出してきて、ああ、と息を漏らした。
そうだ。久留島類の告白現場を見て、頭がすごく痛くなって、それで。
失った記憶が横切って、火傷のような痛みが浮かび上がってきた。鋭い刃物で貫かれたような痛みも一緒にやってきて、歯を食いしばる。
油断したら泣きそうだった。心配してくれた母の前で、泣きたくなかった。
朦朧していた頭がはっきりしてきて、ちゃんと喋れるような気がして口を開く。
「母、さん……」
「ん?」
「ここ、は」
「病院よ。錦君が倒れた咲夜を保健室まで運んでくれて、保健室の先生が救急車を呼んでくれたの」
そうか、と口の中で呟いて瞼を閉じる。
彼に迷惑を掛けてしまった。次会った時に謝っておかないと。
「すごく心配してくれたのよ。門限があるから帰っちゃったけど、ずっとここにいてくれたの。暦ちゃんも一緒だったんだけど、お母さんが迎えに来たから帰ったわ」
「暦も……」
「二人に咲夜が目を覚ましたこと伝えないとね。暦ちゃんと錦君にはお母さんが言っておくから」
「錦の連絡先……」
「教えてもらったから大丈夫」
母が笑む。
そのとき、扉が開く音がした。
「丹羽さん、咲夜君の様子に変化は?」
聞き覚えのある声だ。
「ついさっき目を覚ましました」
母がその声に対して応える。誰だろう、と視線をそちらに向ける。そこにいたのは担当医の志津江だった。どうやらここは、志津江の病院のようだ。
志津江は、夫婦で病院を経営しており、志津江は産婦人科兼心療内科を受け持ち、旦那は脳外科を受け持っている。どうしてここに運び込まれたのか分からないが、ここに通っていることを暦が知っているので、もしかしたら暦のおかげかもしれない。
咲夜と目が合うと、じっと見つめてきた。そして、母に視線を向ける。
「丹羽さん。咲夜君と話したいので、席を外していただいても」
「じゃ、その間に連絡入れに行きますね」
母が椅子から立ち上がり、スマホを片手に持って、病室から出て行った。
右手が急に冷えてきたような気がするが、まだじんわりと温もりが残っている。気付いていなかったが、母はずっと咲夜の右手を握ってくれていたのだろうか。
志津江が母が座っていた椅子に腰を下ろし、咲夜を見つめる。
「調子はどう? 気持ち悪くない?」
「気持ち悪くは、ないです」
「じゃあ、頭はどう?」
「少し痛いだけで、これといっては」
「記憶は?」
一瞬言葉に詰まった。けれど、失った記憶のことを言っているわけではなさそうだったので、落ち着いて訊き返す。
「倒れる前の記憶、ですか?」
「そう」
「えっと……錦と一緒にいて、二階と三階の間の踊り場で倒れて」
「なんで倒れたのかは?」
「頭がすごく痛くなって」
「そうじゃなくて」
咲夜の言葉を遮って、志津江が呆れたような溜め息をつく。
「錦君だったかしら。その子が言っていたわよ。学校の人気者の告白現場を見ていたら、倒れたって。その人気者って、前に言っていたαの子のことじゃない?」




