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運命の日③

「え……」



 思わぬ言葉に絶句する。そんな咲夜に構わず、その子は続けて冷たい言葉で追い打ちを掛ける。



「運命だとか、番だとか。うんざりなんだけど」



 その子は咲夜を睨み付ける。苛ついているような声色だった。



「僕、そういうのいらないんだけど」


「で、でも、運命の番だから」


「だから? 別に運命の番同士は結婚しなくちゃいけないっていう、法律なんてないよ」



 反論しようにも、法律のことなんて知らなかったから出来なかった。だいたい、とその子の言葉が続く。



「君が嘘をついているっていう可能性もあるし」


「お、おれ、嘘なんか」


「証拠はあるの? 言っておくけど、僕は番の匂いなんてしないけど」



 証拠。匂いと直感以外の証拠はない。そもそも、それが証拠になるのか分からない。しないものは、ないものと同じだと、ドラマで言っていた。きっと、この子はそう考えているかもしれない。


 言葉を詰まらせていると、その子は鬱陶しいそうに言葉の刃を投げた。



「さっきも言ったように、僕は運命の番なんていらないから。いや、そんな不確かなもの信じていないんだ」



 この子は何を言っているのだろう。咲夜にとって衝撃的で、思考が停止する。


 運命の番は好きになるものだ、と祖父が言っていた。ずっとずっと、死に別れても好きでいる。けれど、それを不幸だと思ったことはない、むしろ幸せだと。


 そういうものだと、思っていたのに。


 この子は、咲夜の価値観を真っ向に切り裂いた。衝撃で足が震えた。



「だから、他を当たってくれる? 迷惑だから」



 この子は、咲夜の運命の番は、運命の番はいらないと言った。


 この子に、咲夜は必要ない。


 つまり、咲夜はいらない番なのだと、宣告されたのだ。


 その宣告は、突然の死刑宣告のようで、咲夜の心を潰した。






 気が付いたら、いつもの通学路を歩いていた。


 あの子に存在を否定されてからの記憶がない。


 あの子になんと言って、あの場を去ったのか。それとも何も言わず逃げ出したのか。それすらも分からなかった。



(覚えていても、どうせ)



 じくり、と胸が痛み始めた。


 あの子は番を、自分をいらないと言った。関わるな、と突き放されたのも同然で、いらないと言われた以上、それに従うしかない。


 例えば来年、同じクラスになっても、話すことすら許されなくて、学校が離ればなれになるまで、ずっとこの痛みを抱えなくてはいけないということで。



(言わなきゃ、よかった)



 言わなかったら、こんなに痛くなることもなければ、学校に行きたくないと思うこともなかった。


 言わないままだったら、遠くからでも姿を見ることが出来た。でも今は、姿を思い浮かべるだけでも辛い。


 胸が熱くて、痛い。焼けて、焼けて、このまま灰になりそうだ。


 後悔がぐるぐると回って、気持ち悪い。視界もぐちゃぐちゃになって、ちゃんと歩いているのか、分からなくなってきた。



(もう、どこか遠くに行きたい)



 遠くに行ったら、あの子の姿を見なくてすむ。あの子が自分以外の子を番にする場面を見なくてすむ。それはとても良いことだと思えた。せっかく見つけた運命の番を、誰かに取られるのを見なくてよいのだから。


 そのとき、けたたましい音が聞こえた。何の音なのか確認する前に、強い衝撃と激しい痛みが襲ってきたから、何が起こったのか分からなかった。


 空中に放り投げ出されたような感覚がしたのは一瞬で、直後に強く身体を打ち付けられた。







 気付いたら、青空を見上げていた。


 なんで、こんな道路のど真ん中で寝ているのだろう、と体中に走る激痛とか焦っている声とかそっちのけで考えていた。


 思い出そうにも思い出せない。激しい痛みに意識が持っていかれ、誘われるまま眠ってしまいそうだった。


 なんだっけ、なんだっけ、と眠らないように思い出そうとした。



――思い出さないほうが、いいよ



 誰かがそう囁く。その声は、自分の声みたいに聞こえた。



――うん、そうだね



 その囁きに応える。


 自分がそのほうがいいって言っているんだ。そうに決まっている。


 思い出せないけど、どうしようもなく胸が痛かったのを覚えているから。


 自然と笑みが零れた。形になっているかどうか、知らないけれど。



 感触が消えていく。


 透明になっていく。


 虚ろになっていく。



 怖いとは感じなかった。自分の中が白くなることに、じわじわと嬉しさが広がっていく。


 忘れたほうがいいものだから、こんな荷物は手放したほうがいい。こんな荷物、いらない。


 瞼が重くてしょうがない。ずっと、このまま眠ってしまいたい、と心から願った。


 ゆっくりと瞼を閉じる。


 最後に見た青空はとても綺麗で、自分の中にあるなにかが吸い込まれ、溶けていくような気がした。

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