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運命の日②

 彼に自分が番だと、伝えないといけない。


 咲夜は、果たさなければならない使命に駆り立てられていた。


 大好きだった祖父の願いだったからだろうか。だから当時から消極的だった咲夜が、使命感で滾っていたのだろう。



(でも、どうやって伝えよう)



 それが問題だった。


 彼の教室に行って呼び出す勇気なんてない。そんなことをしたら目立つし、他の子に揶揄われるかもしれない。それは嫌だし、あの子も嫌な思いをするかもしれない。


 廊下で擦れ違ったときに話しかけようか。そもそも、今まで擦れ違ったことがないのに、擦れ違うのだろうか。


 ぐるぐると、放課後まで悩んでいたが結局良い案が浮かべないまま、一日の授業が終わってしまった。



(どうしよう……)



 ランドセルを背負って、とぼとぼと廊下を歩いていた。


 いっそのこと、誰かに相談したほうがいいかもしれない。大事なことは、他の人にも相談しなさい、と母に言われている。


 これは大事なことだ。でも、誰に相談しよう。父と母に相談するのは、なんとなく恥ずかしいし、こんなことを相談できるような友達なんていない。


 仲の良い女子ははたして友達と呼んでもいいのだろうか。直接言われたことがないから、分からなかった。


 こんなとき、祖父が生きてくれていたら、相談出来たのに。

 思わず大きな溜め息をついた。



(もしかして、このままなのかな……)



 このままずっと彼に話しかけられず、卒業して、別々になってしまうのだろうか。公立だったら同じ中学に通える。けれど、あの子が私立に行ってしまう可能性だってある。


 そうしたら、あの子は他の子と番ってしまうのだろうか。


 そう考えたら、ゾッと背筋が凍った。


 せっかく番に出会えたのに、このままだなんて嫌だ。別れたくない。


 不安と焦りが一気に押し寄せてきた。早く伝えないといけないような気がした。



(それにはやっぱり、話しかけないと……)



 でも、どうしたら。最初に戻ってしまった。


 落胆しながら、何気なしに窓の外に視線を向ける。誰かが歩いているのが見えた。目を凝らして見ると、髪の色に覚えがあって、窓に張り付いた。



(あの子だ!)



 あの髪の色、間違いない。番の子だ。

 あの子が校舎裏で歩いている。周りには誰もいない。



(チャンスだ!)



 あそこなら目立たないし、誰かに聞かれることもない。

 あの子があそこから立ち去らないよう祈りながら、咲夜は駆けだした。






 あの子はまだそこにいた。平べったい岩の上に座って、ぼうっと空を見上げている。


 改めて周りを見る。誰もいない。

 何度も深呼吸をしてから、よし、と気合いを入れる。気合いを入れたけれど、心がまだ震えていた。


 それは番を見つけられた歓喜によるものなのか、緊張によるものなのか、不安からくるものなのか。それとも全部なのか。咲夜には分からなかった。


 分からないほど、本能が揺さぶられていた。


 甘い匂いが鼻腔を掠める。その匂いが、背中を押してくれているような気がした。


 甘い匂いに促されるまま、もう一度気合いを入れて、一歩を踏み出した。



「あ、あの!」



 声が上擦った。恥ずかしくて、内心あわあわしていると、例の子がゆっくりと振り向いた。


 体育のときは気付かなかったけれど、その子は青い目をしていた。宝石のようにキラキラしていたけれど、宝石ではない。例えるのなら、青空だ。


 青々しく輝く緑、空に溶け込んでいない、くっきりと見える雲。夏の空を切り取ったような瞳。


 途端に、こんな近くにいるのか、と意識しまって緊張が限界値に達した。


 口から心臓が出そうで、声を出せずにいると、その子が口を開いた。



「…………誰?」



 淡々とした声だった。冷たいとも捉えることができる声色。双眸に宿る光も、どことなく暗かったように感じる。


 途端に怖くなって、引き返したくなった。だが、引き返してしまったら、チャンスが二度と来ないかもしれない。


 萎えてしまった勇気を引っ張り出して、再びその子と向き合った。



「お、おれは、丹羽咲夜。三組の」


「ふーん。で、なに?」



 どうでもよさげに、投げやりな言い方をする。この子は気付いていないんだな、と悟った。

 そのことに少しショックを受けたけれど、気を取り直して口を開いた。



「あ、あの、その」



 言葉が上手く出てこない。焦っては呑み込み、また焦って上擦って。それを繰り返して、喉をぎゅっと引き締めた。



「お、おれ、君の番なんだっ! 運命の!」



 言った。言ってしまった。ちらっとその子を見る。その子はこれといった反応を見せず、その子は冷たい目で咲夜を見据える。



「だから、その」


「……」



 その子は無言のままで、咲夜は慌てて続きの言葉を紡ごうとするが、出てこない。


 そもそも、伝えないと、という思いが強すぎて、伝えたあと、どうしてほしいのか全く考えていなかった。

 付き合いたいとか、仲良くなりたいとか、そんなこと思ってもいなかった。


 続きの言葉が思い浮かばなくて、尻込みしていると、その子が大きな溜め息をついた。



「あのさ」



 怠そうにその子が口を開く。



「そういうの、やめてくれないかな」

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