運命の日①
あの日は、たしか他のクラスと合同で体育の授業をやっていたんだと思う。
どういう理由だったか、そこまでは覚えていない。体育教師の都合だったような気がするが、違うような気もする。
どんな理由であれ、他のクラスと合同で体育の授業をやることになったのだ。授業の内容はサッカー。
中学生からは男女別で分かれたが、小学生の頃の体育は男女と共に同じだった。この頃はαとかΩとかβとか関係なく、足が速い男子がモテていて、足の速い男子がボールを蹴っていると女子達がキャーと黄色い声を上げていた。
それを横で聞きながら、咲夜は小さく溜め息をついた。運動なんて嫌いだ。自分は足が遅いし、運動できないからって男子から馬鹿にされる。男子にちょっかいを出され、除け者扱いされていた。
この頃はどちらかといえば、大人しい女子とまあまあ仲が良かった気がする。
他の男子とは違い、咲夜は女子にちょっかいを出さないし、人を馬鹿にしないから、と女子からは良くしてくれていた。
今なら、その中に好きな人がいたから、一部の男子に除け者扱いされたんだろうな、と思う。
黄色い声を上げているのは、隣のクラスの女子達だった。せっかくだからクラスとか関係なくチームを組ませよう、と体育教師の余計なお節介のせいで、咲夜は比較的仲が良かった女子と離れしまい、仕方なく隅のほうで大人しくしていた。
幸いにも、横にいた大人しめの女子が「よく騒げるよね」と小声で話し掛けてくれたので、そのときは孤立せずにすんだ。
チームは全部で四つに分けられた。じゃんけんで決められた対戦だが、偶然にも運動が出来る人が多いチーム同士がぶつかったので、まあまあ見応えがあったと思う。
(さっきから、なんかちょっと甘い匂いがする)
学校にいると、たまに甘い匂いが漂ってくることがあった。
教室にいるときは漂ってこないが、例えば廊下とか靴箱とか、クラスメイト以外の人がたくさんいる場所で、嗅ぐことが多い。
それは一瞬だったり、数十秒だったり、短い間しか嗅げないので気のせいか、花の香りかなと思っていた。
でも、今は長いことこの甘い匂いを嗅いでいる。
(もしかして、近くにあるのかな)
この甘い匂いを醸し出している、何かが。好奇心以上に、心の奥のなにかが突き動かしている。この甘い匂いの元を探せ、と。
突き動かされている心のままに、きょろきょろと周りを見渡す。
金木犀などの匂いが強い花は、ここにない。金木犀なら敷地内にあるにはあるが、ここから遠い場所にあるし、匂いがする時期ではない。
だとすれば、花以外の何かだ。
見渡していると、サッカーをしているその中に、一人だけやる気がないのか、じっと佇んでいる一人の男子がいた。咲夜は、その男子生徒に釘付けになる。
その男子はとても目立っていた。皆が楽しそうにサッカーボールを蹴っている中、一人だけつまらなそうにしていることもそうだが、その子はとても顔が整っていた分、余計に目立っていた。
(なんか、きらきらしている)
他の子の顔が沈んで見えるほど、その子は浮き出ていて、とてもキラキラしていた。
一応歩いているけれど、他の子と違い、その子は積極的に参加していない。とても暗い表情をしている。
その子の顔を見た途端、まるで一気に花が咲き開いたかのように、背筋が粟立ち、強風と一緒にぶわっと甘い匂いが襲ってきた。
その子が怖かったから、粟立ったわけではない。今すぐ駆けつけたいほど、嬉しかった。
その子から目が離せない。その間はまるで、時間が止まっているように感じた。
心臓がバクバクしている。息も忘れて、その子を凝視した。
(あの子だ)
それは天啓に似た直感だった。
本能が訴えている。心が叫んでいる。
(あの子が、おれの番)
番について、亡くなった祖父から聞いたことがある。祖父と祖母は運命の番で、祖母は咲夜が生まれる前に亡くなってしまったけれど、とても仲が良かったらしい。
祖父は祖母によく似た咲夜を可愛がってくれた。咲夜を膝に乗せては、いつか番が見つかるといいなぁ、と皺くちゃの手で頭を撫でられた。
そんな祖父に訊いたことがある。番はどうやって見つかるのか、と。
『それは会ったら分かるかもしれんし、分からんかもしれんなぁ。でも、咲夜が分からなくても、相手は分かってくれるから安心しなさい』
そのときは、会うだけで分かるものかと半信半疑だった。
けれど、分かった。会う以前に、見ただけで分かった。
間違いない。見つけた、自分のたった一人の運命の番。あの子がそうだ。
「どうしたの?」
隣にいた女子が声を掛けてきた。
我に返った咲夜は、早まる鼓動を抑えつつ女子を振り返る。
「あ、うん。えーと…………ほら、あそこにいる子、なんかやる気がないなって」
動揺していたが、誤魔化している咲夜を気にすることなく、女子はあの子のほうを見た。
「ああ。久留島君か」
「くるじま?」
「久留島類君。αの子だよ。たしかにやる気がないね。いつもなら、参加するのに」
女子が不思議そうな顔をしていたが、咲夜はそれを気にしなかった。
(くるじま、るい)
それが、番の名前。
声を掛けるにも周りに人がいるうえ、あまりの衝撃に頭がぼうっとしてそれどころでもなかった。
だが、体育の時間が終わっても、授業中でも、口の中でその名前をずっと繰り返し、呼んでいた。




