放課後のお誘い
ホームルームが終わるチャイムが、教室に鳴り響く。
委員長が号令し、着席した直後、大きく溜め息を吐いた。
(結局、集中できなかった……)
背中に突き刺さる視線がない。たったそれだけで、むしろないほうが集中できるはずなのに、結局身に入らないまま、今日が終わってしまった。
(集中できなかった分だけ、今日は勉強をしないと)
こんな調子で自主勉強が出来るのか、昨日のこともあり不安だが、そうしないと授業に遅れてしまう。今はまだ先のことを予習している分余裕があるが、油断大敵、毎日コツコツと勉強をしなくては。
「さっくんやーい」
聞き慣れた声がして、扉のほうに視線を向ける。案の定魅瑠がいて、咲夜に向かって手招きをしていた。暦と瓜谷はいないようだ。
リュックを背負い、魅瑠のところに行く。扉の傍は邪魔になるので、廊下から出て窓際まで移動した。
「どうしたんだ?」
「ちょっとお願いがあるんだけどぉ」
魅瑠がこてんと、あざとく首を傾げる。
「お願い?」
「ちょっと買い物に付き合ってくれないかな?」
「買い物? 荷物持ちか?」
「違うよ~。そんなに物は買わないから」
にっこりと笑う魅瑠を、半信半疑の目で見据える。
「とか言いつつ、いっぱい買いそうな気がするんだけど」
「買い物といっても、ショッピングモールじゃないしぃ。学校にすぐ戻れる距離のところだから」
「何を買うんだよ」
「ちょっと武具屋さんに」
「武具屋?」
そんなファンタジーな場所、あっただろうか。胡乱げな顔をしている咲夜を見て、魅瑠は笑い飛ばした。
「ああ、ごめ~ん。ややこしかったねぇ。正確には武道具屋さんだよぉ。武具屋さんは、RPG好きな部長がそう呼んでいるから、移っちゃった~」
「そ、そうか。武道具屋で何を買うんだ?」
「新しいグローブを買いたいなって。今使っているの、ボロボロだからぁ」
グローブは野球用のものではなく、ボクシングのほうだろうな、とすぐ分かった。
魅瑠はボクシング部に所属している。全学年合わせて五人しかいないが、少数精鋭で全国的に有名なのだと聞いたことがある。その少数精鋭の中に、一年生ながらも魅瑠が入っているのだから、人は見かけによらない。
五人しかいないが、魅瑠以外にも部員はいる。なんで自分に頼んできたのか分からない。
「武道具屋って、グローブ置いているのか?」
剣道道具や空手の柔道着が置いているのを、遠目で見たことがあるが、建物の見た目が和風だったので、ボクシング用具を売っている感じには見えなかった。
「あるよ~。それにあそこ、そこそこ広いから、少ないけど中国武術の服とかヌンチャクとかトンファーもあるし」
「へぇ……」
生のトンファーは見たいかもしれない。咲夜の心は傾き始めた。
「それだけだったら、一人でもいいんじゃないか?」
「さっくんは分かっていないなぁ! 一人じゃつまらないの!」
魅瑠は、ぷぅと頬を膨らませてた。
「魅瑠はねぇ、一人で喫茶店に入るのが嫌な人種なのぉ!」
「そういうことか。ていうか、他の部員と一緒に行ったほうがいいんじゃないか?」
ボクシングについて詳しくない咲夜ではなく、同じボクシング部員のほうが色々と訊けるからグローブ選びには適しているというのに、どうして自分を選んだのか分からなかった。
「先輩たちは各々で先生に捕まっているらしいよ~」
「四人全員か」
もしそうなら、なんという偶然か。だが、魅瑠は、ううん、と否定した。
「全員じゃないけどぉ。一人は身内の不幸があったから、学校休んでいるの~」
「つまり三人、先生に捕まっていると」
「らしいよぉ。お願いしたんだけど、断られちゃったんだよねぇ」
ほら、と手元のスマホの中身を見せられた。たしかに、先生に捕まっただの、そういうラインが来ていた。
「今日は顧問いないから、部活休みなんだよねぇ。だから今日がチャンスだと思っていたのに、この調子なんだよねぇ」
「ついていないな、それは」
「でしょ~? 弓道の武具もあるから、あかりんを誘ったんだけど試合が近いから断られられたしぃ。こよみんも文化祭に向けて、今のうちに作品を描くとかで」
「なるほど」
たしかに咲夜しか手が空いていないようだ。
「ちなみに、看板犬がいるんだぁ。テリア系の雑種なんだけど」
「錦に連絡するから、待ってくれ」
心が完全に傾いて、即座に答えてしまった。
「わぁ! ありがとう、さっくん!」
魅瑠がぴょんぴょんと跳ねる。
錦には少し悪い気がするが、歌詞も渡したし、歌の練習に自分はあまり関与しない。少しだけ相談に乗るだけだ。自分がいなくても大丈夫だろう。
スマホを取り出して、錦にメッセージを送る。程なくして返事が来た。
『わかった。気を付けて行ってこい!』
そのメッセージのあとにスタンプが送られてきた。
暦にも伝えて、すぐ返事が返ってきた。それを確認して、スマホを仕舞う。
「行くか」
「それじゃしゅっぱーつ!」
ルンルンとスキップしそうなほど上機嫌な魅瑠の後を、咲夜は小さく苦笑しながら付いて行った。




