自覚すること自体、滑稽で
『お前はオレに思い出してほしいのか?』
そんなこと、望んでなんかいない、と思う。
覚えていないって聞いて、安心したっていうのに、別の感情が叫んでいたから、その感情に蓋をした。その感情の名前は、そのときは知らなかった。
『なんでそれで嬉しそうなんだよ』
分からないよ。ただ、僕がいないところでも僕のことを思い出していたんだなって思っていただけ。
『お前、拗ねているのか?』
そうじゃないって、言い返せなかった。
モヤモヤや苛立ちの理由。自分でも分からなかったのに、君が放った言葉が胸にすとんと落ちてしまって、動揺した。
そんなわけないって、言い切れるほどの、薄っぺらい感情ならよかったのに。
雨がざぁざぁ降っている。
無音の薄暗い部屋を雨音が叩く。
久留島類はベッドに横たわり、天井を見上げる。今は昼だが、分厚い雨雲のせいで朝方のように暗い。
梅雨は来週で終わり、そこから夏の暑さが到来するらしい。
これが最後というばかりの激しい雨。いつもなら雨の景色を見ながら、読書をしているところだが、とてもそんな気分になれなかった。カーテンを閉め、ドアも閉め、外の世界から隔離した空間に一人でいたかった。
気持ちが錘のように重い。雨のせいではないことは、嫌でも分かっている。
(雨のせいなら、よかったのに)
それなら、雨が晴れただけで気分が軽くなる。けれど、これは雨のせいではないので、晴れただけでは気分は晴れない。きっと、ずっと続く。晴れる見込みのない気持ちを、どう処理していいか分からない。
こんなセンチメンタルなのは、らしくない。自分でもそう思う。
机を一瞥する。そこにはノートパソコンがある。あまり活用しないノートパソコンだが、その横にはディアホライズンのCDが置いてある。
彼が好きだと自己紹介のときに言っていたから、なんとなく気になって一枚だけネットで買ったものだ。
なんとなく、で買ったつもりだったはずなのに。
(咲夜くん……)
最後に見た彼の顔を思い出し、胸がぎゅっとなるような、虚しくなるような、そんな複雑な感情で胸がぐちゃぐちゃになる。
(こんな感情、知らない)
あの時だって、こんな感情なんて芽生えなかった。それまであまり抱くことのなかった感情が明らかに表面化したけれど、ここまで乱れることはなかった。
(知らなかった)
感情も、こんな感情を抱いて狼狽えている自分も、知らなかった。だから、無自覚のまま彼と接してしまった。
(あのとき、少しくらい自覚していたら、避けれたのに)
だが、今更遅い。気付くのが遅すぎた。
(彼のことを思えば、近寄らないほうがよかったのに)
彼のことが知りたいという欲求が膨れ上がって、理性よりも好奇心が勝ってしまった。
その結果が無様で、渇いた笑みが込み上げてくる。
(もう、認めるしかないな)
自分は、どうしようもなく彼に惹かれているのだと。
話したかったのも、知りたいと思ったのも、他の男と一緒に居るのがとてつもなく不愉快だと思ったことも、それ故のことだったと。
(虫が良すぎだよ、ほんと)
自嘲気味に笑う。
あんなことを言ってしまったのに、惹かれいた、だなんて虫が良すぎて、自分でも吐き気がする。
彼があの時のことを思い出してしまい、この気持ちがバレてしまったら、きっと自分以上に吐き気を覚えるだろう。
これから、どう接したらいいのだろう。今までは無理だ。こういうとき、どう繕っていいか分からない。
分かっている。離れたほうがいいということを。けれど、今は離れたくない。自覚する前なら撤退出来たというのに、自覚してしまったからなかなか踏み切れずにいる。
問題が分からないと、シャーペンの上を唇に当てて、少しだけ眉を寄せるところとか。
授業中、どうしても眠いときは下唇を噛むところとか。
けっこう表情が豊かで、考えていることが分かりやすいところとか。
青空を見上げているときは、口を小さく開いているとか。
そのときの目は、少し切なそうにしているとか。
彼を彩る色々な仕草を思い出すほど、離れたくなくなる。
離れないといけない、でも傍にいたい。
反比例な思いが、天秤をゆらゆらと揺れる。
そのゆらゆらを見ていると、思い出してしまう。
雷の音。薄暗いリビング。虚ろな瞳。頬に残っていた涙の痕。漂う鉄の臭い。そして、取り囲む血溜り。
――お前の運命の番、かわいそうだな
図書館で彼が言い放った言葉が、頭の中で木霊した。
(ほんと、その通りだよ、咲夜くん)
僕が運命の番だなんて、とんだ悲劇だ。
だから、君がかわいそうで仕方ないよ。




