彼が不機嫌な理由③
「ちょっと……足を退けてくれ」
「やだね。咲夜くん、逃げる気でしょ」
「逃げないから、退けてくれ。頭痛が酷くて、立つのが辛い」
そう伝えると、渋々と足を退けてくれた。その場に座り込み、頭を抱える。久留島類は黙っていたので、なんとか冷静に会話できるくらいには治まった。
「……それで、なんでオレが薄情なんだ」
「さっき言った通りだけど?」
「数学を教えてくれたことは感謝しているけど、それはそれだろ。オレが誰といようが、お前には関係ない」
「関係ない? それはそうだね。けど、それとこれとは話は別だよ」
「別? 意味が分からないぞ」
関係ないことは肯定しているのに、話が別だと訴える。咲夜には理由が分からない。
そもそもなんで、そこまで怒っているのか分からない。自分に興味があるとはいえ、関心があるかどうかは別で、関心がないみたいなのに。
『そう、猫! うちで飼っている猫の拗ねている顔と同じ顔!』
朝の錦の言葉が、ふいに蘇った。
関心がない、イコール猫で思い出した。なんでこのタイミングで思い出してしまったのだろうか。コイツは、猫のように愛らしいこともないというのに。
(ん……? 同じ……?)
顔が同じと言っていたが、正確には表情が同じと言っていた。そう、拗ねているときと同じと。
(いやいや、まさか)
彼に限って、そんなことあるはずがない。それに自意識過剰すぎる。でも、それしか思い浮かばなかった。
馬鹿にされる覚悟を決め、咲夜は久留島類を見上げた。
「久留島」
「なんだい?」
にっこりと笑いながら、久留島類は首を傾げる。
「お前……拗ねているのか?」
間。
久留島類は、虚を突かれたような顔をして咲夜を見据える。その顔のまま黙り込んでしまって、咲夜は居心地悪い気分になった。
これはつまり、どういうことなのか。予想外の反応に、咲夜は困惑した。
「拗ねている……ね」
小さく呟いたのが聞こえた。いつもの含みのある言い方ではではなく、呆然としているような、そんな響きだった。
「ち、違うなら違うって言えよ」
いっそのこと、馬鹿にされたほうが対応できたというのに、その反応はらしくない。
「………………」
久留島類は黙り込んだまま、咲夜を見下ろしている。虚を突かれたような顔は解けていたが、笑みを貼り付けることもなく、無表情に近い顔を浮かべている。
逃げないって言った手前、逃げ出すことも出来ず、久留島類の言葉を待つ。
「違うって」
しばらく待っていると、久留島類が口を開いた。
掠れている声色に怪訝になる。
「……違うって言えたら、よかったのにね」
そう言い残し、久留島類は踵を返して去って行った。図書室のほうではなく、玄関のほうへ。
咲夜は惚けて、久留島類の背中を見送った。
(ど、どういう意味なんだ……?)
解決するどころか、さらに謎が深まり、結局彼は何をしたかったのか分からないままだ。
(え……? オレ、アイツを傷付けた……?)
拗ねているのか、と訊いただけで傷付くとは到底思えない。もしかして、彼の地雷だったのだろうか。
(でも、訊いたときはそういう感じじゃなかったし……違う、よな? だったら、なんで)
踵を返す直前の、彼の表情を思い出す。黴のように、瞼の裏にこびりついてしまったそれをじっくり眺めて、咲夜は首を傾げる。
「なんで……あんな顔をしたんだ……?」
あんな、悲痛な顔をするだなんて、それこそらしくないではないか。




