彼が不機嫌な理由②
「なんの用だよ」
とりあえず用件を訊ねなければ、何も始まらない。
平静を装って訊ねると、久留島類は笑みを貼り付けたまま首を傾げた。
「用? 強いて言えばこれといった用件はないかな」
「はぁ?」
しれっと言い渡された台詞に苛立ち、声音を低くして返事をする。
「だったら、なんでこんなことしているんだよ。用がないんなら、退けろよ」
誰かに見られたくなくて足を上げようとするが、それに気付いた久留島類が咲夜の股の間に差し込んでいる足をさらに上げた。股の真下といえるほどの高さに。
これでは無理矢理どかそうとすればどうなることか。さらに青ざめながらも、咲夜はキッと久留島類を睨めつけた。
「用はなくても、文句はあるんだよね」
「つまり、文句を言うのが用件ってことか?」
「そうなるね」
用件あるじゃないか! という突っ込みを抑え、鼻息だけで深呼吸をする。
「文句ってあれだろ。取り巻きたちに勉強を教えろって迫られて、助けてやらなかったことだろ」
「違うけど?」
一言だけの否定だったが、暗に「それくらいのことも分からないの?」という含みがあるような口調だった。
嫌味な奴だ、と心の中で吐き捨てた。
「あれはしょうがないんじゃない? 咲夜くんがあの子たちに何か言えば、逆上するかもしれないし。あの子たちが周りの言葉を聞いて自重するほど、殊勝な性格だと思えないから、懸命な判断だと思うよ」
「酷い言い草だな……まあ、同感だけど」
そもそも殊勝な性格をしていたのなら、取り巻く頻度はもっと少ないはずだ。
久留島類が抱く、取り巻きたちへの心証悪くなっている気がするのはきっと気のせいではないだろう。余程、勉強教えてコールが堪えたのだろうか。それとも機嫌が悪いのに、よく話し掛けられたのがいけなかったのか。その点では同情する。内心、取り巻きたちを拝んでいたのは秘めておこう。
「だったら、なんの文句だよ」
「分からない?」
「分からないな」
きっぱりと言い捨てた瞬間、彼に纏う空気が冷気へと変わった。冷気に当てられ、咲夜は身震いをした。
「ふーん。分からないんだ」
「……」
分かるはずがない。少しだけ久留島類のことは分かっていても、所詮少しだけだ。機嫌か不機嫌かは分かっても、その理由を推し量れるほど彼のことを分かっていない。
(どうして分からないってだけで、責められるんだ……?)
彼の口から責めの言葉は出ていないが、態度と冷気で咲夜を責めているのがひしひしと伝わってきている。
(とっとと終わらせて、逃げないと)
先程から頭痛が酷い。冷気に当てられたときから、さらに酷くなったのだ。
冷気が心と脳に染みこみ、それが暴れているようだ。
そのせいで、早く用件を終わらせたいのに、声を出せる余裕がない。久留島類の言葉に耳に傾けるのが精一杯だ。
「最近、図書室に来ないよね」
「……」
「だんまりかい? まあ、いいけど。最初はね、まあ君にも用事くらいはあるって思ったんだけどね」
頭痛のせいで黙っていると、久留島類は淡々と言い続ける。
「まさか他の子と一緒にいるなんてねぇ。どういう心の変化かな?」
他の子。錦のことだ。
錦と一緒にいただけで、どうして壁ドンに発展したのだろうか。ますます分からない。
「咲夜くんは薄情だね。せっかく僕が丁寧に数学を教えてあげたっていうのに、ころっと他に行くなんて。数学が分かりだしたら、僕はもう用済みかい?」
「…………浮気を知って彼氏をじわじわと問い責める彼女かよ、お前は」
絞り出した台詞が、それだった。自分でも違うだろと思うが、とりあえずこの男の言葉に、文句を付けたかった。
「なるほど、僕が女々しいって言いたいのか」
「お前もオレを最低男って言いたいのか」
頭痛が酷い。ガンガンする。早くこの男から離れたい。
「最低? うん、僕はそう言いたいのかもしれないね」
「少なくてもお前よりか最低じゃないぞ、オレは」
「へぇ。君の中の僕は、余程最低らしいね」
笑みに凄味が入った。




