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不機嫌な彼

「そういえばさ、どっちに行く?」



 一年のクラスが並ぶ廊下を歩いていると、錦が疑問を投げかけてきた。



「どっちって?」


「だってさっき木ノ下さんに、よろしくって言われたから。避難するの、四組なのか五組なのかどっちかなって」


「ああ……瓜谷か魅瑠がいると思うから、四組に行く」



 四組を覗き込む。が、二人とも居なかった。



「いた?」


「いない……まだ朝練かも」



 二人とも運動部だ。朝練がたまにあると言っていたので、今日は二人とも被ったかもしれない。



「なら、五組に行くか? 夢野はいないと思うけど」


「そういえば五組って言っていたな。なんでいないんだ?」


「自主練」


「ああ……」



 つまりベース弾きに行ったということか。



「じゃあ、五組に」



 行く、と言いかけたそのとき、背後から声を掛けられた。



「咲夜くん、おはよう」



 ギクリ、と肩が強張った。同時に頭痛がした。


 おそるおそる振り向く。そこにはやはり、久留島類が立っていた。


 笑みを浮かべているが、いつもの笑みとは違うものだと感じた。



(怒っている……?)



 目元は笑っていないが、怒っているとは少し違っているように見える。


 怒りを向けられる覚えはあるが、以前向けられた怒りとはまた違った感じで困惑する。



「お、おはよ……」



 返事をすると、少しだけ目元を緩めたような気がするが、背景の真っ黒い空気は薄れていない。



「最近はその子と一緒にいるんだね」



 と、久留島類は黒い笑顔のまま、錦のほうに顔を向ける。錦は怯んだのか、顔が引き攣っていた。



「ど、どうも。はじめまして」



 錦がどもりながら挨拶をする。この黒い空気を目の前にして挨拶をするとは、案外肝が据わっているのかもしれない。



「……はじめまして」



 久留島類も一応挨拶を返したが、黒い空気はそのままだ。自己紹介するつもりはないのか、久留島類はそれ以上は何も言わず、ただ無機質な青色の瞳で二人を見やっている。



「そ、それじゃ、挨拶も済んだことだし、俺たちも行くか!」


「あ、ああ」



 錦が引き攣った笑みで、咲夜を促す。久留島類の反応に困惑していたので、頷いてその場を去ろうとする。



「あれれ? 咲夜くんはうちのクラスだよ?」



 久留島類に呼び止められて、二人は足を止めた。



「えーっと、それは」



 錦が視線を泳がせながら、その先の言葉を懸命に考えている。だが、あの、その、と言葉を繰り返すだけで、なかなか良い言い訳が思いつかないらしい。


 助け船を出そうと、咲夜も考えようとしたそのとき、錦が言葉の続きを紡いだ。



「ひ、久しぶりに指スマをやろうって話になってだな!」


「は?」



 久留島類が胡乱げな声を出す。


 それはそんな声を出すよな、と久留島類の心情を察して同情した。


 なんで指スマなんだ、もっと良い言い訳があっただろ、と脱力しながら半眼で錦を見据える。



「知らね? 俺たちはバリチッチって呼んでいたけど、指スマのほうが一般的かなって思ったんだけど」


「知っているけど」



 心なしか、久留島類が苛立っているようだ。



「あーっと、えーと、それからな! 立ち相撲大会を身内でやる話になって」


「錦、錦。そろそろ行かないと時間が無くなるから」



 これ以上見ていられなくなって、錦を促す。



「お、おお! そうだな! それじゃ!」



 空笑いを発しながら錦は、咲夜を掴んでそのまま五組へ入った。その間、久留島類はじっと二人を見据えていたが、今度は引き留めなかった。

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