好きか嫌いか
月曜日。いつも通り暦と登校して、校門を通り抜けたとき、背後から聞き覚えのある声に止められた。
「丹羽ー! 木ノ下さん!」
振り返ると、錦が駆け寄って来ていた。立ち止まって、錦が来るまで待つ。
「はよー!」
「おはよう」
「おはよう。錦くんは朝から元気だね」
暦がくすっと笑う。錦もニッと笑い返した。
「二人っていつも一緒に登校しているの?」
「うん。家が近くだから」
「仲が良いなぁ。俺も幼馴染みがいるけど、そこまで仲良くない」
「へぇ。いるんだ、幼馴染み」
軽音部の部員たちは中学は同じという人がいるが、それ以前から一緒の人はいないらしい。
「学校は別だけど。ソイツαで、県外の有名私立学校に行ったんだよ。なんでって訊いたら、お前と顔を合わせたくないからって、蔑んだ目で言われた」
「お前、その幼馴染みに何したんだよ」
「全然心当たりがないから、腹立っている。むしろそれ、俺が言う台詞ってなった」
幼馴染みの顔を思い出したのか、それともその時のことを思い出したのか。両方かもしれない。錦が顔を顰めた。
「アイツ、丁寧語を使うけど口悪いしドSだし、人を見下すからこっちが縁切りたい。俺のこと嫌いなくせにめっちゃ絡んでくるし」
「それはウザいな。別の高校に行って良かったな」
「まったくだよ。アイツの良いところって、女遊びをしないところだけだよ、ホント」
暦が渇いた笑みを浮かべ、ぼそっと呟いた。
「それ多分、素直になれないタイプ……」
「? 暦、なんか言ったか?」
「別に? それなら、京都に行くことがあったら、一緒に縁切りで有名な神社に行かない?」
「お願いします!」
即答だった。
「修学旅行の自由時間のときっていうのが、ベストだよなぁ。修学旅行って、どうやって決まるんだろうな」
「話によると、アンケートらしいよ」
「絶対に京都一択にする」
断言した錦に、よほど幼馴染みが嫌いなのだろうな、と思っていると。
「木ノ下さーん!」
今度は暦だけを呼ぶ声がした。振り返ると、見知らぬ二年生の女子生徒が手を振っていた。
「先輩、どうしたんですか?」
「ちょっと今から美術室の備品を片付けるの手伝ってくれない?」
「えぇ!? 今からですか!?」
「金曜日、何人かが自主的に部活をしていたんだけど、片付けるのを忘れていたらしくて。午前中に授業で使うから、皆でやることになって」
「分かりました。錦くん、咲夜のことお願いね!」
と、先輩と一緒に先に行ってしまった。錦がきょとんと首を傾げる。
「お願いって?」
「多分毎朝、暦のクラスにお邪魔しているから、そのことだと思う」
「あ、久留島避け?」
「そういうこと」
そういうことかぁ、と言いながら錦が後頭部で手を組む。
「丹羽ってそれほど久留島のこと嫌いなん?」
「それは……」
どうなのだろうか。話したら苛立つし、頭痛はする。けれど、嫌っているかと訊かれればよく分からなくなる。
前よりも感情の起伏が穏やかになったのは、自覚している。けれど、だからといって普通になったわけでもない。
(普通……そもそも最初から普通じゃなかった)
最初は頭痛がするから、話し掛けられたくなかった。話したら苛立つし、出来るだけ会話をしたくなかった。
だが、思い返してみると、不愉快な発言とかあっても、久留島類自身に対しては不愉快とは思ったことがないような気がする。
(ん……?)
そこまで考えて、引っ掛かりを覚える。
つまり、初めから好きとか嫌いとか考えたことはなかったということなのか。恐怖を感じるが、嫌いとはまた違っていて。
(あれ? オレ、アイツのことをそこまで嫌っていない……?)
話したくないのも、傍迷惑だと思うのも、原因は主に頭痛であり恐怖からであって、嫌いという感情から来ていない。
「丹羽、やっぱり嫌いなのか? すげぇ顔しているぞ」
「あ、いや」
我に返って錦を見る。
「ちょっと分からないなって」
「分からない?」
「そうだな……」
この感情を表す言葉といえば。
「複雑……?」
「複雑? 好きでも嫌いでもないって感じ?」
「そうなんだけど、なんか白黒ハッキリしないというか」
「そういう感じかぁ」
曖昧な回答だったが、錦は一応納得したようだ。
「ま、避けたいんなら避けるでいいけど。とりあえず、中に入ろうぜ」
「ああ」
促されるままに、歩き出した。




