母と朝ご飯②
「それで入るの? 軽音部」
「考え中。基本練習には参加しなくていいし、悪い奴らいないから」
母が軽く目を見張った。
「咲夜にしては前向きな検討ね。居心地良いの?」
「悪くはない」
「それはよかった」
そう言って、母は安堵した笑みを浮かべる。
「初披露するのは文化祭のとき?」
「そう言っていたけど」
「文化祭っていつ頃だったっけ?」
「二学期の中頃だったような」
学校のスケジュールはあまり見たことがないので、そこら辺は曖昧だ。ただ、体育祭がないのが印象に残っているだけだ。
噂によると去年、他の学校のことだが、体育祭の練習中に倒れた生徒がそのまま帰らぬ人となったニュースがあったので、最近の異常気象に伴い、今年から体育祭をやらないと決めたらしい。
「具体的な日程は分からないの?」
「覚えていない……って、母さん、文化祭に来るつもり?」
「咲夜が作詞した歌聴きたーい」
「頼むから来ないでくれ!」
生徒ならまだ耐えられるが、親に自分が書いた詞を聞かされるのは恥ずかしい。耐えられなくて、想像しただけで発狂しそうだ。
母はぷぅっと頬を膨らませた。
「えー。いいじゃない。ずっと体育祭も文化祭も行けなかったんだから、一回くらいは咲夜が活躍するところ見てみたい」
「活躍しないから歌わないし楽器も弾かないから」
「それでも作詞したのは咲夜なんだから、活躍しているじゃん。恥ずかしいのは分かるけど」
「分かっているんなら来ないでくれ、お願いします」
「ぶー」
「ぶー言わない」
それでもぶーぶー言う母に、溜め息をつく。
(そういえば、久留島のことは暦から聞いているのかな)
疑問が浮かぶが否定した。暦が言うわけがなかった。
「どうしたの?」
「あ、うん。母さんは本当に暦と仲が良いなぁって。息子の友達の距離感じゃないな、とか」
誤魔化すのか上手くいったのか、母は納得した風情で、ああ、と呟いた。
「母さんもちょっと仲の良い友達っていう感覚」
「そ、そういう感覚なんだ」
「暦ちゃんには感謝しているし、咲夜のことを大事に想ってくれているからね。初めて会ったときはどうなるかと思ったけど、杞憂だった」
母は微笑しながら、遠くを見つめた。
「初めて会ったときから、オレの世話を焼いていたよな。あれ、今でも不思議だ」
「ああ、それね。理由があったみたいよ」
「理由?」
理由があったのなら、今よりもっと可愛げがなかった自分に付き合ってくれたことは納得だ。しかし、理由とはなんなのか。
「その理由、知っているのか?」
「噂程度だけど。暦ちゃんの親戚にΩがいたらしいのよ。男性か女性か知らないけど」
「聞いたことがない」
「言いたくなかったんでしょうね? まあ、普通はあまり親戚関係のこと、友達でもあまり言わないから」
確かにそうだ。咲夜だって暦に親戚のことを話したことがない。話すほど、親戚と親しくしていないという理由もあるが。
「その親戚の人、咲夜が転校する直前に亡くなったらしくて。暦ちゃん、その親戚の人に懐いていたみたい」
「なんで亡くなったんだ?」
「さぁ? そこまでは」
母は肩をすくめて、溜め息をつく。
「暦はその親戚の人と、オレを重ねていたのか……」
だから、邪険にしても諦めず声を掛けていたのだろうか。思えば、どことなく必死だったように思える。亡くなってあまり時間が経っていなかったうえ、転校した当時は精神的に不安定だったと、自覚している。だから、余計に咲夜を心配していたのだろうか。
「まあ、当時はそうであっても今は違うわよ」
「それは分かっている」
今の暦は咲夜自身を見てくれる。けれど、合点がついた。
たしかにあの頃の暦は、どこか様子がおかしかったような気がする。あれはきっと精神的な不安の表れだったのだろう。
「こんな話、朝ご飯のときにするものじゃないね」
「いや。話してくれてありがとう」
「私が話したことは、暦ちゃんに内緒にしていてね?」
「分かっている」
咲夜は頷く。咲夜もこの話を暦に訊くつもりはない。暦にとって、この話も地雷かもしれない。
「あ! 昼はどこかに食べに行こう! 夜は母さんが作るから!」
「いいけど、失敗するなよ」
「ひどい! 母さんだってカレーの作り方くらい覚えているよ!」
「カレーなら心配ないな」
「母さんは料理下手じゃないからね! たしかに火柱立ったことがあるけど」
メソメソと泣き真似をしながら、クロワッサンを頬張る母を一瞥して、咲夜も頬張った。ほんのり温かいがちょうどいいくらいに冷めたクロワッサンは美味しかったが、どこか寂しく感じた。




